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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
24/51

番司編1

「まずい、間に合わないぞ!」


 馬上から月旦は叫ぶ。青毛の馬の傍らで牙城も全速力で駆けていた。


「わかってる!」


 群青は手綱を打って馬を急かす。日は傾き、空は朱色に染まっていた。番司の街道を騎馬の二人が風のように進んでいく。旅人や商人が時折「危ないだろう!」と怒声を飛ばすが、二人の耳には入らない。人も歩く道である。本来ならあまり飛ばしてはいけないのだが、二人には急がねばならないわけがあった。秀目が拵えた対鶴長の刀を、彼の乗る船まで届けなければならないのだ。門限は今日の夕刻。朝から馬を飛ばしていたおかげで、番司の港はもう間もなくだったが、対鶴長の船は夕刻には出ると文にあった。刀を届けられなければ、一行はまたも足止めを食らうのである。


「あいつのせいで、また番司に逆戻りだ…!」


 群青は悪態をつく。ついてもどうにもならないとわかってはいるのだが、長すぎる寄り道を誰かのせいにしてしまわねば心の整理が出来ないのだ。

 翁円は海に面している。船が翁円に着ければ来た道を戻る必要はないのだが、翁円の海岸は岩場で構成されていて、港など初めから作られてもいない。海はあれど、船を泊める施設がないのだ。


「見えた!」


 懐かしい、対鶴長の船。それを目にするのは一年ぶりだが、船は変わらず威厳を保ったままだった。大きな帆船の帆が張られ、今にも出港し出さんばかりである。

 手綱を器用に操って、港の一角に馬を乗り捨てると、馬の見張りを牙城に任せて二人は船へ一目散に駆け出した。


「間に合ったか」


 二人の姿を見とめると、対鶴長は桟橋を降りて行った。対鶴長は相変わらず妙な髪形で、顎鬚を生やしていた。もう一歩遅ければ条約違反だと番司の港から叱りを受けるところだったが、群青と月旦はどうにか船の出港に間に合った。対鶴長と共に、話を聞きうけている船乗りたちは胸を撫で下ろした。


「足が速くなったな、月旦」


 桟橋へ着いた二人は、息を整えながら対鶴長を見上げた。二人はほぼ同時に馬から飛び降り、ほぼ同時に橋へついた。群青に遅れることなく橋へたどりついた月旦は、以前よりかなり足が速くなったと言えるだろう。言われるまで自分の成長に気がつかなかったのか、月旦は自分でも驚いた顔をしていた。不満顔なのは群青で、再会して早々、対鶴長に食ってかかる。


「俺だって成長してるぞ!伸びしろが大きいからって月旦ばかり褒めるな!」

「贔屓をしたつもりはない。率直な感想だ」

「相変わらず嫌味だな、対鶴…!」

「船長もつけろと、何度言ったらわかるんだ」


 以前と同じく言い合う群青と対鶴長に、月旦は微笑んだ。


「と、ゆっくりしている暇は、残念ながらない。ほら、向こうで港の管理人が目を光らせているだろう。俺の船の評判を落としてくれるな。迅速かつ安全がうちの謳い文句だ」


 対鶴長が告げると、群青は背負った刀を包みごと対鶴長へ手渡した。


「名前はないらしい。前みたく変な刃にしておいたからな」

「どれ」


 変な刃と言われたことに一瞬顔を歪めた対鶴長だが、問答している暇はないと思い直したのか、文句を言う間に包みを解いた。


「さすが、秀目の拵えだ。いい品に仕上がったな」

「そいつはよかった。一年もかけた甲斐があったな、月旦」

「ああ、全くだ」


 刀を見分していた対鶴長は、二人の言葉に苦笑した。


「まさか一年もこの辺りをうろついているとは、俺も予想外だった。一体何に時間を食ってたんだ」

「何って、そりゃあもう、あんたの想像以上に色々あった…。今度会ったら武勇伝を聞かせてやる」


 群青はふと対鶴長の肩ごしに甲板を見上げ、船乗りが怖い目つきでこちらを睨んでいるのに気がついた。振り返って港を見ると、管理人がこちらへ歩いてきていた。そろそろ時間切れだ。話したいことは山ほどあったが、それはまたの機会にせねばならない。


「達者でな。お前たちの願い、旅の果てに叶うことを祈っている」


 対鶴長はそう言い置くと桟橋を戻って行った。


「ああ、またどこかで会おう」


 群青は橋を上る対鶴長の背に向かって叫んだ。船の碇が上げられ、船が港を完全に離れるまで、二人はずっと見守っていた。

 懐かしい再会も一瞬で終わってしまう。朝から駆けてきた疲れが出たのか、日が沈んだせいなのか、群青は大あくびをする。


「さぁて、今日は番司で一泊か?」

「これから冥途の森を抜ける気にはなれないな…明日の朝発とう」

「さんせーい」


 月旦の言葉に伸びをして賛成し、群青はくるりと海へ背を向ける。しばらくの間、波に視線を落としていた月旦も、牙城と群青の呼ぶ声にようやく海を離れた。


 *


 夕食のあと、今後の進路について群青と月旦は話し合った。が、やはり当初の通り、鎖草の森を抜け、要郭を通り、弦莱へ行こうという結論に至る。再び翁円の山を越えるのは気が滅入る。一方、要郭を行くならば古いが巨大都市を通ることになる。身のまわりのものも、食料も宿も手に入れるのは易い。代わりに人口が多いので人目に晒されるが、観光がてらに珍しい建造物を横目に旅が出来る。森や山はもういいと、群青が音を上げた。


「馬はどうする?」


 街道や森を抜けるには至極便利な馬だが、要郭では特定の者以外騎馬は禁止されている。入り組んだ小道が多い為、物理的にも徒歩での移動が強いられる。そのうち手放さねばならないだろうとは思うのだが、月旦は群青に問うてみた。


「鎖草の東の果てに町がある。そのあたりで売り払おう」

「やはり、そうか…」


 翁円の山を下山してから、再び共に駆けてきた馬だ。月旦は馬たちに愛着も湧いていたのだが、群青はあっさり売り払うと言ってのけた。旅の先導は群青が取っているため、月旦は無理に馬を連れて行きたいとは言い出せない。そうなればあと少しの間で彼らとは離れ離れになる。今のうちに馬との別れを十分に惜しんでおかねばならない。

 思い立ったら馬の顔が見たくなり、月旦は眠そうな顔の群青を置いて、宿の厩へ赴いた。


「今日はご苦労だったな…」


 朝から駆けてきた馬は、群青と同じく疲れた顔をしていた。餌も水もたっぷりもらって、眠気が襲っているのかもしれない。厩の床に膝を抱えて腰を下ろした月旦は、馬の息遣いにしばらく耳を澄ませた。

 厩の外から慣れ親しんだ声が聞こえたのは、しばらく経ってからだった。


「……お前も、疲れただろう」


 厩の扉の外で、牙城が小さく鳴いていた。馬ばかり気にかける主人へ、自分も甘えたくなったのかもしれない。月旦の足元へまとわりつく牙城。その頭を撫でていると、久しぶりに牙城の毛皮に包まって眠りたい気持ちになった。そういえば、群青と出会ってから、彼の毛皮の世話になることは皆無だった。対鶴長と再会し、懐かしんだついでに、月旦は以前のように牙城の毛皮に顔を埋めた。


「何だ、もう足が届かないな」


 牙城と共に草むらに寝転ぶと、以前は足元までくるりと包まれた毛皮が少し短いことに気付く。いつの間にか月旦の身長が伸びたのだろう。


「変わらないものなど…この世にありはしないのだろうな」


 月旦は誰ともなく呟いた。変わらないものはない。ならばどうか衰退ではなく進化の道へと発展して欲しい。この先の旅がよいものであるように、目蓋が閉じる寸前に月旦は願うのだった。

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