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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
23/51

翁円編

※このお話より第二部開始となります。

 雲間から山頂が突き出た岩山。まるで仙人でも住んでいそうなくらいの、その高い山の名は刀石山とうせきさんという。刀剣を作るために必要な鉱石がふんだんに採れる山で、刀石山で採れた金属を使った刀は、純度の高い、質のよいものになると有名だった。

 刀石山を有する集落・翁円の名うての刀鍛冶、名を秀目しゅうもくという老人は、金をつまれても素直に刀を打つような人間ではなかった。刀が欲しければ石を持って来い、火を起こせ、水を汲んで来いと次々に注文をつけ、気がつけば一行はいつの間にか秀目と生活を共にしていた。


「つまり、あのじいさんは雑用をこなす助手が欲しかったってことか…?」


 群青の呟きに月旦は苦笑する。その後方で、噂の秀目が次は灰の掃除だと喚いていた。

 輝麗の港を船で発っておよそ二月。二月も船の上に居た群青と月旦は、危うく陸の感覚を忘れかけた。

 二月も海の上の過酷な旅がやっと終わったと思いきや、対鶴長がこう言い出した。


『俺の刀を手放したのはお前だからな。落とし前はつけてもらおうか』


 輝麗皇族ゆかりの刀・白刀を皇族へ返還したのは、対鶴長が揉め事を起こしたことが原因なのだが、そんなことは棚に上げて、勝手に刀を手放した罰だとでも言わんばかりの口調で、群青へ詰め寄った。


『番司でまず馬を買え。馬で鎖草の森を抜け、隣の翁円に行け。翁円には俺の刀を作った刀鍛冶の秀目という爺さんがいるから、その爺を訪ねて刀を打ってもらえ』

『刀一本のために集落を三つも渡れってのか。俺たちは弦莱に行くって何度も言ってるだろう』

『秀目にお前の刀も打ってもらえばいいだろう。翁円の刀石山はいい石が採れると評判だ。その辺の武器屋で刀を得るより、お前の怪力でも刃こぼれしない刀を作った方が賢い。ここまで送ってやった礼だと思え』


 確かに、船に乗せてもらい、剣術まで教えてもらった身で、礼の一つもなしというのは礼儀知らずかも知れない。しぶしぶだが対鶴長の提案に頷いた群青は、二度目の寄り道のために馬を買った。

 番司で馬を買い、鎖草の森を抜けるのにおよそ一月。鎖草の森は案外深く、案内人もなしに知らない森に入ったのがいけなかったのか、一行は何度も道を間違えた。森へ入って随分経ったあと、引き返して森に詳しい人物に案内人を頼もうと言い出す月旦と、おそらくあと少しで森を抜けるはずだからと、勘を頼って先を急ごうとする群青で言い争いはあったが、天帝は群青に味方をし、争いの数日後、迷いに迷った挙句、森を抜けることが出来た。森の先にあった小さな村で村人に、二人だけで森を抜けたと告げると、前世でよほど善を尽くしたのだろうと驚かれ、幸運を羨ましがられた。姫君と彩色一族の家臣は徳を積んだ人物だったに違いない。鎖草の森は、地元の人間には冥途の森と呼ばれているらしい。

 森を抜け、この先翁円へ行くなら馬では無理だと村人に教えてもらい、買った馬を預けて徒歩で翁円へ赴いた。鎖草と翁円をつなぐ門を抜けると、すぐに刀石山が見えたが、予想以上に断崖絶壁の岩山を目の前にして、村人の言うとおり馬では無理だと二人は肩を落とした。

 そうして、岩山を進むのに二月。初めの一月は鎖草と刀石山を往復して、鎖草の村人に山の登り方を教えてもらった。森を抜ける際、準備もなしだったことを教訓にしたつもりだったが、今度は準備に手惑いすぎた。


『この様子じゃあ、坊ちゃんは山をこえられねぇ』


 村人にそう言い切られた月旦は、火がついたように毎日岩山と格闘した。群青一人で先に山を進む手もあったのだが、悔しさをばねに張り切る月旦を応援したい気持ちもあって、しばらく待ってやろうと村に腰をすえた。気付けば一月の時が経ち、けれど待った甲斐があったのか、月旦はどうにか山を登れるようになっていた。群青とは比べられないが、白い肌は薄く褐色がかり、細かった食も人並かその少し上ほどになっていた。何より月旦本人が以前よりも生き生きして見えるのが、群青は嬉しかった。この頃からか、月旦から不機嫌そうな顔が消え、逆に微笑むことが多くなったのは。

 山を越えると、すでに番司を出立して三月が経っていた。ようやく秀目に出会ったはいいが、この爺さんがまた曲者で、彼を説得して刀を作ってもらう約束を取り付けるのに何ヶ月もかかった。

 自ら石を採掘し、鍛冶屋に土下座をして刀を作ってもらうような者は未だかつて一人も居なかった。秀目は石を発掘してきた二人にようやく首を縦に振った。説得しているうちに一行と秀目は寝食を共にするようになり、二人はまるで秀目の孫か弟子にでもなった気分だった。

 秀目の元に住みついて早九月。対鶴長の刀を打ってもらったのはその一月前で、最近になってようやく秀目は群青の刀を打ってくれるようになった。しかし、打っても気に入らなければ壊してしまう秀目だ。彼の納得のいく仕事が出来るまで、また時間がかかるのだった。そうしているうちに、月旦も群青ももう十七だ。群青が弦莱を飛び出して、およそ二年が経ってしまった。


「おい、爺さん。まだ出来ないのかよ」


 灰の掃除をしながら、群青は焦れたように秀目へ声をかけた。同じような問いをもう何回繰り返したかわからない。


「焦りは禁物。じっくり腰をすえてやらねば、魂の抜けた粗悪品になる。これだけ待って悪いものをつかまされたのでは貴様こそ納得がゆかぬだろう。九月も待ったのだ。あと少しくらい待てんのか」

「理屈はもういい。つまりはまだ出来ないってことだろ」


 屈んで、月旦が集めた灰を袋へ詰めながら、ため息を吐く群青に、秀目は意地の悪い笑みを見せた。


「いいや。もう出来た。貴様の暑苦しい頭で試し斬りをしてやろうか」


 秀目は出来たばかりの刀を構え、群青の鼻先へ振り下ろす。出来たと言う秀目の言葉に顔を上げた群青だが、切っ先が目の前に飛んできて、身じろぎ一つ出来ずにごくりと生唾を飲み込んだ。爺さんにしては動きがすばやい。鍛冶屋の癖に、秀目は剣術も出来るのか。


「冗談。こいつは願掛けなんだよ」


 群青は輝麗を発ったとき以来、髪を伸ばし始めた。浅葱のように長髪にするつもりはなかったが、弦莱に無事帰り、目的を果たすその日まで、願をかけようと思い立った。伸びた髪は肩ほどだったが、邪魔なのか紐で後ろに括られている。


「どれ」


 秀目は刀を下ろすと、左手で群青の髪紐を奪っていった。奪ったついでに紐を柄の先に結び、総の代わりにした。群青は解けた髪を両手で押さえて束ねている。首に髪がかかるのが、気に食わないらしい。


「ふん…これでよろしい」


 拵えてあった鞘に刀を納めると、秀目はそれを群青の前に突き出した。髪を押さえるのは後回しにして両手で刀を受け取ると、群青はそのまま刀を鞘から抜き出した。刃に自分の顔が映っている。まるで鏡のようだと群青は思った。


「これが…俺の刀か」


 群青は呟いた。長らく待った甲斐があったのか、その呟きには満足そうな響きが込められていた。傍らの月旦はその様子をにこやかに見つめいていた。


「こちらは主のもの」

「……は…?」


 秀目は群青の刀に瓜二つの刀を、一太刀取り出した。いつの間に打ったのか、呆然とする月旦に差し出し、憮然としている。


「早う受け取れ。いらぬなら捨てる」


 捨てるという言葉に、慌てて刀を受け取る月旦だが、秀目の意図がわからない。


「九月の間、貴様らには世話になった」


 秀目は礼だとはっきり言わなかったが、おそらく礼や侘びの意味を込めて、月旦にも刀を作っておいたのだろう。秀目と生活を共にするようになってから、群青は月旦と毎夜剣の稽古をしていた。失敗作となった秀目の刀で打ち合い、月旦もかなり剣の扱いが上手くなった。彼らの様子を秀目はしっかり把握していて、月旦にも刀を作ったのだ。


「……ありがとう」


 自分が刀を拵えるにはまだ早い。群青と毎夜打ち合ったとは言っても、遊び程度の剣術しか身につけていない。そう思っていた月旦は、まさか自分の刀を手にするとは思ってもいなかった。

 秀目の様子から、何か問えばすぐにでも作った刀を捨ててしまいそうな気がしたので、有無を言わず、素直に礼を述べた。


「急ぐ旅なのだろう。早く行け」


 互いに秀目から刀を受け取った二人は、顔を見合わせた。完成したらしたで、早く行け、だ。九月も共に生活したのだから、もう少し別れを惜しんでもよさそうなのだが、山に閉じこもって一人で刀を打っていた爺のことだ。あまり惜しむと照れくさく、別れ難くなりそうだと思ったのかもしれない。急かす秀目に、灰の片付けを放りだして荷造りを始めた二人だった。

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