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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
21/51

輝麗編6

 野次馬がこんなに集まるとは予想しなかった。そう悪態をついた群青は、対鶴長の言葉を思い出していた。


「目立つきっかけをくれといて、目立つなってのは矛盾してる」


 対鶴長が素直に皇家に顔を出すか、そもそも初めから皇から受け継いだ刀を持って逃げ出すような真似をしなければよかったのに。自分とて弦莱ゆかりのものなど何一つ持ち出していない。髪の色まで偽っているというのに、対鶴長は甘い。


「おい、これで納得したか?」


 群青は皇族所有の武闘場で五人の刺客と戦った。使用する武器はもちろん対鶴長の刀だ。毎晩船上で教えを乞うていただけあったのか、見慣れたその刀は始めこそ扱いにくいと思いはしたものの、何度か振るううちに手に馴染んだ。特に不審な点はないだろう。この刀を五年も前から所有していたと大嘘を述べた手前、後には引き下がれなかったが、そういった窮地に自分を追い込むと、逆に群青は燃えるのである。

 案の定、礼儀知らずな中年の武人は困った顔をしていた。背後の旗持ちもおろおろとうろつきまわっている。


「この刀が本当に輝麗の皇族のものだとして、あんたらは一体どうするつもりだったんだ」


 群青は武人に問うた。重い刀を肩に担ぎ上げつつ、ため息交じりだ。


「刀の出所がわかれば、皇子の行方がつかめるやも知れん。我が輝麗の第四皇子、大千さまが神隠しにあわれたこと、そなたは承知しているか?」

「まぁ、大体は」

「その刀、どこの武器屋で手にした」


 武器屋のくだりをまだ覚えているとは、この武人もまた荒々しさの中に冷静さを持ち合わせている。次の嘘を考えあぐねていると、野次馬の一人が群青に声をかけた。


「青彩!見事だな!食い意地が張っているだけではなかったか!」


 群青に声をかけたのは見るからに大食いそうな船乗りだった。大食い大会の良き好敵手である。


庄雄しょうゆうのおっさん!」


 群青は野次馬の一角に手を振った。


「小僧!はぐらかすではない!」

「わかってるって、武器屋だろ。五年も前だから名前までよく覚えてないだけ」

「覚えていない!?」

「旅が多かったもんだから…。才華の中をうろついて、その途中で、いや、要郭にいた頃だったかな…?ちょっと待ってくれ、旅仲間と相談したい」


 群青は言って野次馬に埋もれている月旦を指差した。


「そなた、もしや何か悪企みでも…」

「今の見てただろ?あの刀は俺のもの。じゃなきゃ扱えるわけないって。本当に、武器屋の名前がわかんないだけだよ」


 武人は腕を組んで早くしろと言った。群青は見張りを付けられなかったことに安堵して、駆け足で月旦の元へ行った。走る群青に野次馬は労いの声をかけ、野次馬には大食い大会で群青の名を知っているものやら、飯屋での一件を知っているものやらが多く居て、「要郭の青彩、天晴れなり」と声をかける者までいた。目立ちすぎていると、群青は自身でも思ったが、知れているのは要郭の青彩の名であり、その点は大食い大会に出て正解だったと、群青はほくそ笑んだ。大会では実況放送が高らかにその名を幾度も呼んでいたのだ。


「ゥオン!!」

「牙城、月旦はどこ行った!?」


 黒い獣、牙城が野次馬の間から頭を出して一声鳴いた。野次馬たちは力強い船乗りたちばかりで、日に焼けた褐色の肌を晒し、腰に獲物を携えた者が多かった。生っ白く華奢な月旦などそれらの男たちの中に居れば一際目立ちそうなものであるが、その姿は見えない。


「おい坊主、大丈夫か?」

「…俺にかまわないでくれ」


 先ほど群青に声をかけた船乗りの庄雄が白い手を引いている。いつしか身を乗り出すようにして群青の戦闘を観ていた男たちに無遠慮に圧し掛かられ、月旦は席から転げたまま立ち上がることも出来ずにいたようだった。踏みつけられた髪が痛むのか、後頭部を擦るような仕草も見せる。庄雄に引かれた手を振り払うと、月旦はようやく深い息を吐いた。


「悪いな、庄雄のおっさん。こいつ感謝って言葉を知らなくて」

「いや、圧し掛かって謝りもしないあいつらにも非がある。後できつく叱ってやろう」


 庄雄は豪快に笑うと、立ち尽くす月旦の頭をわしわしと撫でた。首が沈むほど強い力で撫で回され、月旦は大いに顔をしかめた。このような雰囲気には馴染めない。


「ああ、あいつら、おっさんの船のやつなのか」

「まあな。野蛮な輩が多くて、俺でも手を焼いている。お前の船はどうだ?」

「ウチ?ん、まぁ平均年齢はいくつか若いだろうけど、そんなに変わらないだろ」

「はは、こんなに白い坊主が居るくらいだ。うちよりも麗しい風が吹いていそうだな」


 庄雄はまた大声で笑った。つられて群青も笑ったが、月旦は顔をしかめたままだった。

早く本題を片付けようと、武闘場の上に降り立つ。月旦が降りると、牙城もその側にするりとやってきた。


「そろそろ夜だ。船出は今日のうちなんだろう」


 月旦の問いに群青は頷いた。もともと輝麗に長居をするつもりはなかった。番司までのおよそ二月ふたつき、途中で寄る港はない。ここで買出しやら所用を済ませて、速やかに出港する予定だ。群青一行の旅はまだ始まってもいないに等しい。出港は早いに越したことはない。


「気にするなってことは、多分予定どおりに立つつもりなんだろう。ここは適当にごまかして切り抜けるか。何ならあの刀、皇族に返還するか?身元を証明するようなものをいつまでも持ってるのは不都合以外の何物でもない。皇子は死んだ、だから刀が流れて俺の手元に来た。それがいいか」

「……確かに、それくらいの覚悟もなしに、故郷を捨てたりはしないだろう」

「じゃあ、適当に言っとくぞ」


 群青は身を翻すと仁王立ちをした武人の前に駆け戻った。一言、二言言葉を交わすと、武人は肩を落とした。群青の嘘で落胆させるのも気が引けたが、皇子は死んだものとして今や対鶴と名乗り、船乗りをやっているからには、対鶴長はそこに何が生まれるのか承知しているはずだ。ここで刀を失っても、想定の範囲と考えてくれるだろう。


「じゃあ、あんまり気を落とすなよ」


 群青は武人に告げ、形見代わりにと刀を渡した。急いた様子で事を済ませたのには訳があった。先ほど月旦に言われて初めて気がついたが、もう夜と言ってもよい時刻なのだ。店は閉まっている可能性が高い。しかし、真夜中に出入港する船を思えば、夜でも開いている店があるかもしれない。


「月旦!先に戻ってくれ!伊杏の頼まれ物、忘れてた」


 食材の買出しを頼まれたことを、群青はすっかり忘れていた。ここを過ぎれば他の港に立ち寄る予定はないというのに。飢えた船乗りの恨めしそうな目が、料理長の伊杏の冷ややかな視線が想像に易い。

昼間、あれだけ食べたにも関わらず、自分の腹の虫が鳴き始めていることにも気付き、群青は腹を擦りながら夜の町へ繰り出した。

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