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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
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輝麗編5

 月旦一行は久姫と貴姫の屋敷に招かれた。というのも、久姫が貴姫の手を引いて、丘の上の野原に居る涙由や月旦、群青を追いかけて来たからだ。彼女らはその場に群青が居合わせていることには驚きもせず、むしろ久姫と貴姫が彼らを追いかけてきた目的は群青と再び会うことにあったようだった。


「冷静に考えた結果、あなたの行為は子供じみた憤りが成す、無意識の行為であると判断しました。いいでしょう、お姉さまの言うとおり、あなたに小石を投げたこと、掴みかかったことは謝ります。ごめんなさい」


 久姫に背中を押し出されるようにして、貴姫は言った。言われた群青は丁寧だが棘のある、子供らしからぬ口調に「はぁ」と間抜けな声を上げるしかなかった。


「もう一度、我が屋敷にお招き申し上げます。そちらの方は涙由のお知り合いのようですし、お茶でも飲んでいってくださいまし」


 ふてくされたように唇を上向かせる貴姫の背後から、久姫がにこやかに告げ、その言葉に群青がはたと何かに気付いて、背中の包みを下ろした。


「茶請けならあるぜ。栗饅頭好きか?」


 群青は包みを解き、箱の一つから一つずつ紙に包まれた饅頭の一つを取ると、貴姫に手渡した。貴姫はずいと差し出された大きめの饅頭に、おずおずと手を差し出し、受け取る。


「…ええ、甘いものは好物ですわ…」

「そっか。そっちの姉さんの分もあるから、土産にもらってくれ」


 栗饅頭と聞いて月旦は気付いた。群青の背の包みの中は同じような栗饅頭の箱がいくつも重ねられている。大食い大会のあまり物、もしくは景品か何かだろう。箱の上には分厚い手紙のような封もあり、そちらは賞金に違いない。あれだけ昼飯を腹に収めた後でも、群青は大会に勝つことができたのだ。予想通りで、ある意味恐ろしくもある。


「久姫さま、貴姫さま、この小僧とお知り合いなのですか」


 群青と知り合いの様子で、この場に彼が居合わせることに、何の疑問も感じていない様子の二人の姫君に涙由は眉根を寄せながら問いかけた。


「ええ。昼間少し。それに、先ほどあなた方の行方をお尋ねに、我が屋敷を訪れになられたのです」

「それで我らの居場所が…」


 にこやかな様子の久姫とは裏腹に、涙由の顔は険しい。月旦が認めたとはいえ、おいそれと涙由の中で群青の評価が変わるわけではなかった。

 屋敷に招かれ、風通しのよい客間に通された群青と月旦は、見るからに船の設備とは違って貴族らしい麗しい内装、出された茶器の高価そうな様子に、ある種の居心地の悪さを感じた。慣れない者には少々息苦しい空間だ。その点月旦はかつては皇族、礼儀作法はそれなりに身につけている為、昔を思い出すだけでよかったが、弦莱の地で自由奔放に振舞ってきた群青は、学術館の授業で学んだ事柄を必死にさらうしかなかった。経験値の差で、所作の自然さは月旦の方が上だった。


「まぁ、随分物々しい装備ですね…船旅とはそのように危険なのですか」


 屋敷の使いの者が群青の腰のものを預かろうと手を伸ばしたときだった。興味津々と言った様子で、久姫が対鶴長の愛刀に感想を述べた。久姫は己でそう言い放った直後、あけすけな物言いだったと気付き、顔を赤らめながら「つい、気になったものですから」と小さく弁解した。それに何食わぬ顔の群青は、一度久姫に微笑んで見せ「これは預かり物なんだ」と答えた。


「うちの船長の所持品でね。あいつがなんであんなに仰々しい刀を使ってるのかは知らないけど、まぁ、権力誇示とか牽制の意味もあるんじゃないか?細身の刀でも、むしろ短剣一本でも、俺は船旅には十分だと思うけど」


 まぁ、と感嘆の声を上げる久姫にそれとなく知れないようにして、月旦は小声で群青に問う。


「どうしてお前が対鶴の刀を持っている」


 月旦の問いに群青は怪訝な顔つきになって答えた。


「それが、俺にもよくわからない。何か急いでいるようにも見えたし…、大食い大会が終わるや否や、あいつが俺に獲物を放ったんだ。とにかく町の中心から離れろ、俺のことは気にするなって」

「気にするな…?」

「気にするっつーのな。それだけ言うと町の中に消えちまうし。あの人混みじゃ、俺の脚でも追えなくて、とにかく山の方を目指してきたんだ。お前が涙由とかいう奴に会うってのは知ってたし、そいつの屋敷で会うってのも知ってたからな。屋敷の名はお前と対鶴の会話で、なんとなく」


 聞き耳を立てていたことに少しは罪悪感があるのか、群青の言葉尻はもごもごとまごついていた。飄々としているし、場の空気を読まない群青のことだから、そのように月旦と対鶴長の会話に聞き耳を立てていたこと自体、月旦は驚きだった。無関心のようでいて、月旦の動向はちゃっかり把握しているのだ。

 月旦は群青の不正に関心のないふりをして、様子のおかしい対鶴長へ話題を戻した。


「刀を持っていては不味いことでも起きたのだろうか…」

「さーな…。危険が迫ってるってよりは、悪戯がばれて咎めが怖いからって逃げてる子供みたいに見えたけど」


 悪戯という群青の発想に、月旦は腑に落ちるものがある。悪戯にしては大掛かりで、随分長い期間だが、対鶴長はもとはこの輝麗の皇子。再び故郷に足を踏み入れたからには、かつての知り合いに出くわしたり、皇族の誰かに身元がばれる可能性もある。もっとも、彼が輝麗を後にしたのは幼少時だ。三十路も過ぎた男を前に、何か勘付くとも思えない。

 だとすれば、あの刀が、彼の身元を証明する何かであるのかもしれない。この輝麗に由来する品か、もしくは皇族の所蔵品かもしれない。第三者である群青に放ってよこすということは、おそらくそうであると見てよいだろう。


「お姉さま、表が騒がしいようです」


 月旦、群青と席を同じくして、静かにお茶を手にしていた貴姫は、追加でお茶を運んできた姉に声をかけた。

 言われてみればといった様子で、久姫は玄関扉の方へ顔を向けた。久姫の目配せに気付いた涙由は、小さく頷いて扉に手をかけた。


「失礼仕る。こちらに皇家の財宝を手にした小僧が居ると聞いたのだが、無理は承知の上、輝麗皇の名のもとに、御屋敷を捜索させていただきたくお頼み申し上げる」

「…その旗は……」


 涙由が扉を開けるや否や、矢継ぎ早に述べ立てた男の背後には、輝麗皇家の紋章が入った旗を掲げた若い武人が立っていた。旗持ちの上司なのだろう、言い分だけ言うなり、返事も待たずに屋敷に侵入した男は、涙由の制止も振り切って、一行の居る部屋へ足を踏み入れた。どう見ても中年の大人といえる武人であったが、礼儀など省みない。それほど危機迫る状況なのだろうか。

 様子のおかしい対鶴長、その次は輝麗皇の使いが屋敷へ侵入…、これはどう考えても何か起きたに違いない。月旦や姫君たちはもしかしたら免れるかもしれないが、群青はおそらく、事の中心人物として大きく関わらざるを得ないだろう。

 他人事と割り切ることも出来ず、のんきに饅頭を口に含んだ群青を見ながら、月旦は小声で対鶴長の秘密を群青に暴露した。もちろん貴姫には悟られないよう、耳打ちで伝える。二人の様子に貴姫は怪しげな視線をくれたが、群青が驚きのあまり饅頭を喉に詰まらせかけ、茶をくれと急かした為に、貴姫の意識はそちらに移ったようだった。


「何をなさいます!」


 屋敷の使用人の女が、武人の乱暴な様子に悲鳴を上げた。武人は旗持ちを背後に侍らせながら、対鶴長の刀を片手で鷲摑みにする。


「この刀…間違いないぞ!」


 武人は興奮した様子で旗持ちに告げた。旗持ちも頷いて確信する。


「お止めくださいまし!そちらは我が家の客人の…」


 使用人の女は、果敢にも武人の腕から刀を奪い返そうと掴みかかった。しかし、武人は腕を振るって女を振り払い高らかに告げる。


「この刀は輝麗皇家に伝わる白刀はくとう、一般人の手に渡る代物ではない。客人とは何者だ、この刀をどこで手にした!」

「俺のだよ」


 饅頭を飲み下した群青が、一歩前へ進んで言い放つ。


「武器屋で手に入れたんだ。皇家のものだなんて初耳だ」

「武器屋だと!?戯言を吐くな、この刀は皇から皇子に受け継がれた品、そなたのような小僧に扱えるものではない」


 嘘を吐くことは群青にとって慣れたものであったが、今さっき知ったばかりの事実で付け焼刃の嘘をついたためか、武人にはあっさりと却下された。しかし、そこで食い下がる群青ではない。状況はよくわからないが、自分はどうやら皇家の刀を盗んだか不正に手にした小僧とみなされているようであるし、そんな根も葉もない話を受け入れられるほど群青は人のいい人間ではない。責任は全て対鶴長にあるはずで、自分たちは関係がないのだ。咎めるなら自分のところの皇子さまを咎めろと大声で怒鳴ってやりたいくらいだ。


「扱えるさ。俺のものだからな」

「何だと…!?」


 武人は驚いた様子で群青を見た。動揺や戸惑いを綺麗に隠して、群青は冷静に述べる。その傍らで月旦は、武人と同じく群青の言葉に驚いていた。扱えるなどど大口を叩いたら、どうなるのか目に見えている。


「その刀は五年も前から俺のものだ。嘘だと思うなら刺客を寄越せ。片っ端からのしてやる」


 自ら窮地に立つような真似をしてどうするのか。ここには居ない対鶴長に、今の群青について愚痴を言いたい気分に月旦はなった。

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