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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
19/51

輝麗編4

 月旦が相反する二つの声と葛藤していた、まさにそのときだった。月旦の背後から第三者の声が聞こえた。野原の大地の一角、月旦と涙由、牙城以外は誰も居ないはずなのに。

 その声は、今の月旦にとって一番耳にしたくない者の声だった。


「あんたには別に守るべき姫が居る。それを放り出してまで、過保護に守らなきゃならないほど、そいつは弱くないと思うけど」


 月旦は弱くない。

 単純な言葉だが、それが何よりも支えになる。涙由の申し出とて、月旦を思ってのことだ。月旦が大事だからこそ、側についていたいのだ。しかし大事に守ってもらえばもらうほど、月旦の心は脆くなる。さまざまな攻撃から心を守る外壁を自分で形成しなければいけなかったのに、外壁を作るために必要な厳しい試練は全て家臣が取り除いてくれた。強くなる機会を奪われ、ただ守られる存在だった今までの月旦は、強くなりたいと願っても、強くなることが出来なかったのではないだろうか。

 一番聞きたくない者の声が、一番聞きたかった答えを月旦に与えた。それと同時に月旦の心の内の黒い塊が、音を立てて崩れ始めた。


「お前が彩色の…」


 涙由は一歩踏み出し、己の背に月旦を隠すようにして、声の主を睨んだ。月旦と話していた時のにこやかな様子は消え失せ、涙由の声は一段低く、まるで今にも相手に罵声を浴びせるのではないかと思われるほど、冷ややかなものへ変貌した。

 冷たく、暗い怒りにも似た感情が、涙由の中に渦を巻く。大事な皇子が故郷から追放され、挙句、根拠もない迷信に付き合って、遠く離れた弦莱まで危険な旅を強いられる。涙由の怒りは馬鹿な占いを信じた花冠皇や、今目の前に居る群青に強く向けられていた。


「そうやって可愛がって、守ってばかりいることが、月旦を見限ってるとは思わないのか?自分が守ってやらないと駄目な奴だって、あんたらみたいな忠実な家臣が決め付けてるんだよ。本当はもっと一人で、何だって出来るはずなんだ。怖がってやらせないからいけない」


 群青の言葉の最後の方は、群青自身にも言えることだった。弦莱に留まって、外の世界に出ようとしない彩色一族。一族の者を外へ出してはいけないという決まりは、彩色一族が外の世界を恐れていたからに他ならない。掟などというのは言い方の問題だ。出て行こうと思えばいつだって出来たのだ。高だか壁一枚の差でしかない。外の世界はずっとそこにあったのだから。


「小さな世界で生きてきた者に、皇族の恐ろしさなどわからない」


 冷ややかに告げる涙由の言葉を聞き終わるや否や、群青は即答する。


「ああ、わからないな。そんなもの、人はいつ危険な目に遭うかわからないし、いつやまいにかかるのかわからないのと同じことだ。花冠皇が狙っているからなんだってんだ」


 群青は涙由に一歩近づいた。群青の背には大きな包みが背負われ、腰にはどこかで見た刀が差さっている。湾曲した広く大きな刃がついた刀は、確か対鶴長の愛刀だったはず、と月旦は記憶をたどる。対鶴長の腰に差さっている時はそれほど大きな刃にも見えなかったが、群青が腰に差すと随分大きく、重そうに見えた。どうして群青が、対鶴長の刀を所持しているのか疑問が月旦の頭をかすめたが、今は険悪な雰囲気の涙由と群青がどう動くかという方が大事で、すぐさまそちらに意識は飛んだ。


「回避できる危険に自ら身を投じるなど、馬鹿のすることだ」

「馬鹿の先に待っているものが有意義なら、俺は動く。俺は俺のしんのために行動する。そのためには月旦に来てもらわなきゃ困るんだ」

「結局は貴様の都合ではないか。皇子は貴様に恩も義理もない。付き合ってやる必要はない」


 群青は一旦問答を止め、ひたと月旦を見つめた。真剣な眼差しだ。射抜くような目で見つめられ、月旦はある記憶を思い出す。かつて、群青と月旦が初めて出会ったときも、群青の瞳に射抜かれ身動きが取れなかった。

 群青の青い瞳には、謎めいた力がある。瞳が伝える、月旦との圧倒的な力量の差。そして、己の真を果たすと覚悟を決めたが故の、己が行動を信じきっている自信に溢れた力強さ。この瞳を前にすると、所在ない自分の心に嘆きたくなる。自分は群青のように自信もない。力もない。果たすべき使命や、己の真もわからない。

 けれど月旦は、気付いた。この圧倒的に強い瞳が求めるもの、切に願うものは自分なのだと。

いまだかつて、ここまで他人に必要とされたことがあっただろうか。切迫した思いは脅迫めいてさえいる。群青の真を果たすには、月旦がいなければならない。他の誰でもない、月旦でなければ意味がないのだ。

 ならばそれが、月旦の真になりえはしないか。群青が果たすもの、求めるものとして月旦は存在する。存在しなければならないのだ。

 なぜだろう、今の今まで、己の居場所はどこにもないと思っていたのに、月旦はすとんと、自分の納まるべき場所を見つけた気がした。腹の内の黒いものは砂塵のように消え失せた。思えば初めから、群青は月旦に跪いて頭を垂れていたのではないか。敵わない力量に強烈な劣等感を感じていた。それに惑わされて、盲目になっていた。


「……運命、か」


 涙由の背後で、月旦は自嘲的な笑みを見せ、小さく呟いた。

 群青が己に跪くのは、月旦が姫君の夢を見るからだ。それというのはすなわち、夢あってこその繋がりであり、月旦自身の持つ何かに惹かれて、群青が頭を垂れるわけではない。夢を見ない月旦は群青にとって何の意味もない人間に成り下がる。

 もし、姫君が舞う夢を見ていなければ、月旦はどうなっていたのだろう。故郷を追われ、追われながらも故郷以外に行ける場所もない。いつまでも山の中をうろついて、人知れず息絶えたのだろうか。誰にも看取られず、静かに息を引き取る己を想像して、月旦は身震いした。

 だからと言って、もしもはもしもだ。月旦は夢を見た。群青は姫君と家臣の伝説を知り、月旦を探し、見つけた。数ある道の中で天帝が月旦に与えた唯一の道が、今なのだ。運も身のうち、運命には大いに感謝せざるを得ない。

 ならば天帝の意のまま、運命にすがり付いて貪欲になればいい。月旦がこの道を行く限り、群青の瞳は自分を追う。流されてここまで来たのではない。流されてやった、そう思えばいい。卑屈な自分にどこまでも厭きれる。けれどそう思わなければ、劣等感で群青の側に居るのも嫌になってしまう。


「涙由…、俺は変わりたい。強くなりたい。お前に守られてばかりではいけないんだ。指先にかすかに触れた運命を、両の手で引き寄せなければ、俺は………」


 天帝が月旦に与えた運命は、きっかけでしかない。きっかけにすがり、掴み取るのは己だ。掴み取ることがおそらく、月旦に与えられた生きる意味、己の真なのだろう。言葉を切った月旦は涙由を見上げ、戸惑いの色をはらんだ漆黒の両眼を見つめた。涙由は、月旦が群青に賛同する意味合いの言葉を発することに驚きを隠せない。親愛なる皇子は不埒な輩の言葉など聞き入れないと思っていた。


「生まれた意味すら、否定しかねない。危険は承知だ。けれどそれでも進まなければ、ただの臆病者のままだ。俺を臆病にしてくれるな。お前の申し出は嬉しい。けれどこいつの言うとおり、お前が俺を守ろうとすればするほど、俺は己の弱さに気付かされ、絶望する」


 月旦の瞳には火が宿っていた。己が進む道を見つけ、安堵し、期待に胸を膨らませ、同時に、幼少の頃からの友人を傷つけている事実に、恐怖と焦りを感じている。


「やっと、自分で進みたい道を見つけた気がするんだ…その先で何が起きても、全ては俺自身の責任だ。ここでお前が俺と縁を切りたいなら、一向にかまわない」

「縁を切る…!?何をおっしゃいます!?」


 涙由は怒鳴った。月旦は涙由の好意を無碍にしたのだから、見放されて勝手にしろと言われても当然だと思っていた。


「皇子が、納得しておられるのなら、私は反対いたしません。縁を切るなどと、嘆きたくなるような言葉を口にしないでください。過ぎたことを申し上げました。涙由の側になどと、勝手な言い草、皇子の真意がこやつを供に旅をすることにあるのなら、私は皇子を応援します。私は皇子の味方です」

「涙由……すまない」


 すまないと詫びた月旦に、涙由は大きく横に頭を振った。


「もしや、私はずっと皇子を傷つけていたのでしょうか…!?私は皇子を大事に思うあまり、守らねばと気を張っていた。それこそが、皇子を悩ませる原因だったのでしょうか。皇子、どうか涙由をお許しください。一体、どうお詫び申し上げればよいのか…!ああ、時間を撒き戻せるのなら、撒き戻して幼少の時分から、もう一度皇子との関係を築き直すものを…!」


 いい大人になった涙由が、子供のように泣き出しそうな顔をしていた。不謹慎と思いながら、月旦は涙由のあまりのうろたえぶりに、噴出しそうになった。思わず右の手のひらを口元へやって、笑いを堪える。群青などあからさまに口を押さえて、小刻みに身体を震わせながらその場に蹲っていた。

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