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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
16/51

輝麗編1

 輝麗こうれいは名の通り煌びやかで華やかな町だ。港を中心に賑わい、物流が盛んで流行の発信地にもなっている。大陸側には豊かな森林を有し、才華州最大の植物公園がある。薬草の類から果実、観葉植物、材木用の木々まで、植物に関するものはおおよそすべての試料がある。学者の町とも言われ、薬師や医者が多いのも特徴で、大病をした患者が最後に縋ってくる地でもある。神殿が多いのもその辺りが影響しているのだろう、派手な色味に金の装飾をあしらった神殿や神像に手を合わせる姿は町中でよく見受けられた。土地の面積はそれほど広くないのだが、才華の南部半島の主要集落となっている。

 才華最大の植物公園と聞けば浅葱が生唾を飲み込むだろうと群青は思う。空のように明るい青色の長髪を持つ群青の従兄弟は、植物の葉を収集することが趣味である。長い旅の土産に、珍しい植物の種でも持って帰ってやろうかと、群青は思った。


「名は青彩、生まれは要郭、歳は多分、……十六?」


 指折りで歳を数えてから、曖昧に首をかしげる群青に、怪しげな者を値踏みするような意味合いの冷ややかな目線が向けられた。対鶴長の勧めで港の大食い大会へ参加申請をしようとした群青だが、大会役員へ告げられた彼の情報は年齢以外すべて嘘である。名も生まれも、本当のことを申し出ることは出来ない。言えば弦莱の長老か、その他従兄弟や兄弟に連れ戻され、咎めを受けるに違いないからだ。咎めが怖いわけではない、一年以上探し回り、やっと彩色一族を解き放つ術、かもしれないものを見つけたというのに、成果を挙げられないまま帰るのが嫌なのだ。帰るならば月旦とともに、その後でなら牢にでも何でも、入る覚悟は出来ている。


「まぁ、いいでしょう。大食い大会に身元は関係ありませんからね」


 大会役員は書類へ群青の名を書き込み、開始は午後二時からだと告げた。船が着いたのは丁度真昼、正午であり、大会受付締め切りはもう一寸で終わるところだった。船が着くなり誰よりも先に駆け下りたのは功を奏したらしい。

 身元は関係ないと言いつつ、何ゆえ参加に名と生まれを聞くのだと疑問に思う群青であったが、大会が始まってすぐにその疑問は解決した。


「本当に出るのか、冗談のつもりだったが」


 苦笑しながら船を降りてくるのは対鶴長だった。他の船員も、早々に町へ繰り出したのか、甲板には月旦と牙城がたたずむのみで、対鶴長は降りながら「橋を上げるから早く降りて来い」と彼らに声をかけた。


「腹いっぱい食えて金くれるなんて、夢のようじゃないか」

「じゃあ大会に備えて昼飯はいらないな。月旦皇子、飯屋にでも行かないか?涙由には夕刻会う約束なのだろう」


 渡った月旦を見届け、対鶴長は橋を上げた。これで船の中には戻れない。


「そうするか…」


 月旦は町の様子を見ながら言う。輝麗に初めて来たのは群青も月旦も同じで、発展具合は花冠よりも数段上と一見してわかるからか、興味津々に辺りを見回している。牙城は自慢の鼻をひくつかせ、見知らぬ土地の香りを存分に吸い込んでいた。


「いいや、俺も飯屋に行くぞ」


 群青は抜け者にされた腹いせに、地面へ転がる小石を蹴飛ばした。怪訝な表情で対鶴長を睨み、尊大に腕を組む。


「大会まで辛抱すれば、お前の飯代が浮くだろう。我慢しろ」

「大会で出るのは栗饅頭なんだよ。どう考えたって菓子じゃないか。飯は飯、菓子は菓子だ。賞金はどうせ俺の飯代になるんだから、今食うのも明日食うのも同じ」


 理屈をこねる群青に月旦は苦笑した。対鶴長はあきれてものも言えないらしい。一瞬眉根を寄せたかと想うと大きなため息を一つ吐き、観念したのか「何が食いたい」と群青へ尋ねた。


「お止しなさい、貴姫きひ!」


 突然だった。三人と一匹は、女の声に気付き、そちらへ顔を向けた。切羽詰った若い女の声だった。貴姫という者に止せと制止の叫び声を上げている。品のよい、身分の高い女の声に聞こえた。案の定、声の主は成人したばかりと見える若い女で、その背後に使いの女を侍らせている。使いの女は布に包まれた荷物を両の手で抱え、声の主の女は薄い絹の肩掛けを胸元で掻き合わせ、着物の長いすそを翻しながら一歩その場を踏み出した。が、駆け出すようなお転婆な真似はせず、困ったような顔をしてある一点を見つめていた。

 女の視線の先には子供が居た。歳の頃は七、八歳ほどの女の子だ。眉を吊り上げて恐ろしい顔をしている。子供はつかつかと月旦の前を通り過ぎ、対鶴長の横をすり抜けると群青の前でぴたりと歩みをとめた。どうやら女の子、名は貴姫と言うらしいが、彼女は群青に用があるらしい。


「な、なんだよ」


 わけのわからない群青は、貴姫に問うた。自分の胸にも満たない背丈の、幼い女の子に詰め寄られ、群青はらしくも無くうろたえた。これが戦闘で大男にひるみもせず飛びかかっていく男だろうか。


「わたくしの着物の袂へ、あなたが蹴った小石が当たったの」

「小石?」


 先ほど腹いせに蹴った小石のことなど群青の頭からは消えていた。というよりも、小石を蹴ったのは無意識のうちであり、無意識の動作を記憶してなど居なかったのだ。すぐには思い当たらず、ぽかんと口を開けた群青に腹を立てた貴姫は右腕を振りかぶると、手のひらの中の小石を群青へ投げつけた。そこはすばしっこいのが取り柄の群青である。難なく小石をかわし「危ないだろ」と貴姫を嗜めた。


「申し訳ありません。私の妹が」


 怒った貴姫は群青へ掴みかかろうと腕を伸ばしたが、それは姉の着物にさえぎられ、そのまま身体ごと姉の背へ追いやられてしまい、かなうことはなかった。姉というのは先ほど叫び声を上げた絹の肩掛けの女だった。使いの女も姉同様に困った顔をして三人の前へやってきた。


久姫くひお姉さま、この方に謝っていただかなくては、わたくしの機嫌はなおりませんことよ!」

「お止めなさい、貴姫。着物に当たったくらいで事を荒げては角が立ちます」

「悪いのはこの方です!小石が顔に当たったらどうするのです!」


 わめく貴姫の言い分は最もにも思える。白い目で群青を見る月旦と対鶴長の視線から「早く謝れ」という言外の言葉が聞こえた気がして、群青は嫌々ながらも腰を屈めて貴姫に視線を合わせた。


「悪かったよ。こいつらに抜け者にされて腹が立ってたんだ」


 謝った群青を見て「ほら、機嫌をなおして」と言って、姉の久姫が貴姫の頭を撫でた。とりあえず口を閉じた貴姫は怒りの余韻が残っているのか、上目に群青を睨みながら鼻を鳴らした。


「申し訳ありません。この子は我慢が苦手で」

「いや、うちの坊ちゃんにそっくりだから。短気には慣れてる」


 謝る久姫に群青はおどけて見せた。が、今度は月旦が群青を睨み、鼻を鳴らした。対鶴長は顔を背けて肩を震わせていた。少しの間があって、こちらへ向き直った後もまだ、対鶴長は口元を押さえて瞳を半月型に歪ませていた。


「昼食はお済みですか?よろしければ皆様、ご一緒に我が家へ…お詫びの印にもてなさせてくださいませ」


 久姫はにこやかにそう言った。不機嫌そうな貴姫は久姫の着物にしがみついた。


「じゃあ遠慮な…」


 くご馳走に、と群青が言い終わらないうちに、対鶴長が群青の口をふさぎにかかった。取り繕うのは月旦だ。


「馳走になどもったいない申し出だ。野蛮な男三人に獣、姫君の屋敷へなど恐れ多い」


 ぶっきら棒な言い方だが、月旦の中では謙った物言いだった。とにかく群青に飯をおごるなどと言ってはいけない。底なしの胃袋はたとえ金持ちの家の蓄えでも食らい尽くしてしまう可能性がある。今の群青の辞書は言葉通り、遠慮の文字が消えている。まして今までは船上だからと我慢をしてきただけに、反動でどれだけ食うかわからない。


「止しましょうお姉さま。彼らの言うとおりにして差し上げたらよろしいではないですか」

「貴姫、そのような言い方はおやめなさい」

「だって」


 怒られてばかりで気が滅入ったらしい。姉の制止に反論することも止め、貴姫は使いの女の側へ駆け寄り、早く帰ろうとせがんだ。


「姫君が臍を曲げてはそちらもお困りだろう。俺たちにはかまわず、行ってくれ」

「では、せめてお名前を…」


 久姫は口を塞がれている群青を見た。月旦は名前くらいはいいだろうと、名を教えた。が、群青の名はもちろん偽名である。


「では、またの折に」


 三者が建物の影で見えなくなったころ、ようやく対鶴長は群青の口を開放した。


「何だよ!飯代がどうのこうのと言ったのはお前じゃないか。せっかくタダで食わせてもらえたのに」


 開放されるなり吼えた群青の襟首を掴んで、彼女たちとは反対方向へ、対鶴長は歩き出した。月旦もそれに倣い、牙城とともについていく。


「遠慮なく食う気だったろう。小石一つで何百、何千もの銭と同等の飯をおごるなど、割に合わない。あの者たちにお前を印象付けることにもなりかねないだろう。早く牢へ入りたいのなら別だがな。俺は言ったはずだぞ。むやみに目立つなと」


 目立って困るのは群青だ。それに納得したのか口を閉じた群青は大人しく対鶴長に引きずられていた。

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