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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
13/51

炎艇編8

 男の様子が急に変わり、語気が激しくなった。月旦はあちらの状況が悪しくなった様子を見て、再び海岸へ寝転んだ。火の粉が自分に降りかかってはまずいと思ったからだ。


「何!?三人ともやられた!?まずいぞ!受け渡しはもうすぐだと言うのに」


 相功は月旦を外国へ連れ出すと花冠皇と約束しておきながら、その実、任務を他の船乗りに委託するつもりだった。月旦受け渡しの時刻はもうまもなくだったが、群青と牙城が駆けつけるのもまもなくと思われた。三者が鉢合わせれば三つ巴の戦いとなりそうである。相功は群青や対鶴長が月旦を追っていることなど、引渡し先に伝えていない。揉め事はすべて委託先に任せたいのが相功の思惑だった。すでにいくらか、己の戦力もそがれているのだ、これ以上の被害は御免被りたい。

 だが、苛立つ相功に追い討ちがかかる。海岸の遠くから、騎馬で何人かの男たちがこちらへやってきたのだ。


「居たぞ!」

「少年を保護しろ!対鶴長の命だ!」


 騎馬の若者は対鶴長の船の船乗りたちだ。対鶴長は相功の手下を破ると群青の後は追わずに、相功の船の周りを見張っていた己の仲間へ、海岸へ行くように命じた。月旦が海岸に居ると吐いたのは、最期を悟った相功の手下だった。しかして実際は三人とも殺さず、相功の牢へ繋いでおいた。この騒ぎを機に、対鶴長は今までの密輸に密航も、すべて炎艇の上層部へ告発するつもりだった。

 相功は追い詰められ、騎馬の若者に取り押さえられると思われた、まさにそのとき、


「その敵待ったぁぁぁぁ!!!」


 不敵な笑みを浮かべながら雄叫びを上げたのは群青だった。

 通路を抜けると砂浜があった。通路は海を通り砂の下を通って砂浜に扉を開けていた。扉の上に砂をかけてしまえば何の変哲もない砂浜にしか見えない。船の下から海岸まで、ずいぶん長い通路を掘ったものだ。

 群青は砂浜を駆けながら、騎馬でやってくる若者と、相功らしき男の姿を捉えた。波打ち際で松明の炎の下に居るのは月旦だろう。駆け寄るなら月旦に、と思ったのははじめだけで、騎馬の若者にあっけ無く幕引きにされるなら、自分の手で相功を捕らえたい、あわよくば懲らしめてから捕らえたいと、闘争心が心配に勝った。騎馬の若者が何者かはわからないが、相功を捕らえようとしている様から、敵ではないと思えたし、月旦はそちらの若者に任せてよいと群青の勘が言っていた。


「グォン!!」


 吼えて月旦の側へ駆け寄ったのは牙城だ。やっと会えた相棒の元気な姿に月旦は安堵する。拘束されていた手足は、若者たちによって開放され、自由になった手足で飛び込んでくる牙城を受け止めた。耳の傷や顔に伝った血を牙城は懸命に舐め取り、それに笑みを浮かべつつもう一方の相棒を、月旦は見やった。

 穏便に捕らえるという考えは群青の頭に無いらしく、丸腰のまま相功へ突っ込んで行く。あの様子では、自分を心配しているというより、戦いたくて仕方がないというように見えた。


「あれは相当の馬鹿だな…」


 呆れて腹を立てるのも煩わしい。一瞬でも群青の助けを待った自分が馬鹿だった。一気に気が抜けた月旦は、傷の熱か、貧血か、気が遠くなるのを感じ、牙城の首下へ顔を埋めたまま意識を手放した。

 月旦の姿を視界の端に捉えたまま、群青は相功と相対した。相功は腰から細身の刃を抜くと、群青に斬りかかってくる。


「お前が小僧か、何者だ!」

「月旦の用心棒だよ。よくもうちの坊ちゃんを痛めつけてくれたな」


 刃から身をかわしつつ、群青は反撃の機会をうかがった。相功の刃はとても薄いようで、相功が腕を振るうたびに波打っている。これで斬れるものなのか、群青は敵ながら疑問に思う。しかし、対鶴長が相功を手練れであると言っていたのだから、この剣こそ曲者かも知れなかった。


「あのような嫌われ者、庇うだけ無駄だぞ!皇族の証も無い今、ただの小僧に過ぎない」

「ただの小僧でいいんだよ!あれを名君にするのは俺だ!今に見てろ、きっと誰もが羨むいい国を作るぜ!」

「何を馬鹿な!」

「ほら、おっさん!剣先がぶれてるぞ!」


 群青は刃を持つ相功の手首を捉えた。聞乱と戦った時と同じく、相功の手首はぴくりとも動かなくなり、波打つ刃がかすかに空気を震わせ、音を立てた。


「どこが手練れだ、対鶴め」


 対鶴長に悪態をつきつつ、群青は一気に片をつけるため、相功の手首をねじり上げたが、


「後ろだ!」


 鋭い忠告に群青は背後を振り返った。松明の炎に照らされてわずかに光るものが見えた。あれは鋼鉄の糸だろうか、張り詰めた糸が、勢いよくこちらへ向かってくるのがわかった。糸の先に括られた細身の刃が、あわや群青の額のど真ん中へぶつかるところだった。刃に気付いた群青は身を屈めてぎりぎりでかわす。咄嗟のことで、掴んだ相功の手首を離してしまう。


「対鶴め!余計なことを!」

「そいつは暗器の使い手だ!夜目が利かないならうかつに手を出すな!」


 対鶴長は群青に向かって叫んだ。彼もまた騎馬でこちらへやってくる。


「そういうことは早く言え!もう手を出した後だっての!」


 相功は再び刃を構えなおした。暗器がどこから出ているのか、暗闇に紛れてよくわからない。光る糸をかわしても、その先の刃を見つけられなければそこでおしまいだ。群青は背に冷や汗をかきながら、神経と研ぎ澄ます。波音で、刃が飛ぶかすかな音は聞こえない。何を手がかりに攻撃をよければいいのかわからない。


「………」


 焦る群青は何を思ったか、すべての動きをぴたりと止めた。その場で立ち尽くし、相功を見つめる。


「諦めがいいな小僧!そこでじっとしていろ!」


 勝ち誇った笑みを浮かべる相功。けれど群青は諦めてなど居なかった。


「見えた!」


 飛んでくる刃は、最終的に群青を狙ってくる。狙うとするならわかりやすい急所…急所は多々あれど、どこが急所か把握していさえすれば、どこに神経を張り巡らせればいいのかわかる。

 貫かれる寸前で、群青は刃を掴んだ。


「糸の出所がわからないなら、こちらから手繰り寄せればいい」

「馬鹿な…!あの刃を素手で掴むだと!?」


 ひるんだ相功の足を払い、右手で顎へ打ち込む。砂浜へ吹っ飛んだ相功は騎馬の若者に取り囲まれた。更に攻撃を畳みかけようと相功へ駆け寄る群青を、対鶴長が静止した。群青の首へ片腕を回し、軽く首を絞めて怒鳴る。


「止めて置け!捌きは炎艇の爺に任せればいい」

「……っ」


 闘争心の冷めない群青だったが、対鶴長の一言に気持ちは一変する。


「お前の姫様が倒れたぞ。相功の奴、月旦皇子の耳を千切った」

「何だって!?」

「皇族の証の金の輪…値打ちもあるが、あれを奪われた一族は間抜けと世から蔑まれる。すでに一族から外された皇子なら、花冠の名に傷はつかないだろうが、皇族との繋がりを奪われた皇子はさぞ弱っただろうな」

「金の輪って…まさか、船長室にあった…」

「……相功のことだ、各集落の弱みを握りたかったのだろう」


 群青は対鶴長の腕を払って、松明の根元へ駆け寄った。


「月旦!」

「お静かに!これ以上動き回れば血の気が足りず危険です!」

「医者は呼んだのか?」

「もちろん」


 道しるべになるほどの失血量…耳の傷は深いのか、未だ固まりきらない血が月旦の首元を流れ、流れるたびに牙城が舐め取っている。

 戦いに没頭した己を、群青は恥じた。元は群青が月旦を一人放ったことが原因ではなかったか。


「………悪かったな」


 きっと、月旦には聞こえていないのだろう。けれど群青は己の勝手で月旦を弦莱へ連れ帰るつもりなのだから、見返りなど求めず、今以上に月旦優先であろうと心に決めた。二度と怪我などさせまい、その為の策も講じなければならないと、群青は思った。

血の気が足りないほど、耳から血は出ないよ…(苦笑)

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