仮想現実の残響
ネトコン14事故物件、出品作品です。
第一章 異質な没入感
「うわ、マジでリアルじゃん……」
健太はVRヘッドセットを装着し、目の前に広がる光景に息を呑んだ。そこは、薄暗く、湿っぽい廊下だった。壁には剥がれかけた壁紙、床にはシミ。鼻をつくカビ臭さ。すべてが、現実の事故物件を忠実に再現していた。
最新VRホラーゲーム『事故物件:無限回廊』。その最大の特徴は、過去に凄惨な事件が起きた実際の事故物件を、VR空間に完全再現していることだった。プレイヤーはVRヘッドセットを装着し、薄暗い廊下、血痕の残る壁、そして誰もいないはずの部屋で、過去の惨劇を追体験する。
健太はホラー好きの友人美咲に勧められ、軽い気持ちでゲームを始めた。しかし、VRの世界に足を踏み入れた瞬間、彼はこれまでのゲームとは全く違う、異質な没入感に襲われた。
「うわっ、マジで怖い……」
廊下を歩いていると、背後から何かが近づいてくる気配がした。健太は振り返ったが、そこには何もいなかった。しかし、背筋には冷たいものが走った。
「気のせい、気のせい……」
健太は自分に言い聞かせ、再び歩き始めた。すると、今度は前方からすすり泣きが聞こえてきた。健太は恐る恐る声のする方へ近づいていく。
声は、ある部屋の前で止まった。健太は意を決し、ドアを開けた。
部屋の中は、薄暗く、物が散乱していた。そして、部屋の隅には、血まみれの女性がうずくまっていた。
「ひっ……!」
健太は悲鳴を上げ、後ずさった。女性はゆっくりと顔を上げた。その顔は蒼白で、目は虚ろだった。
「私は佐倉奈緒。助けて……」
女性はか細い声で言った。健太は恐怖で体が震え、一歩も動けなかった。
数日間、健太は寝食を忘れ、『事故物件:無限回廊』をプレイし続けた。ゲームを進めるうちに、彼はあることに気づいた。VR空間で体験する出来事が、現実世界でも起こり始めているのだ。
最初は些細なことだった。部屋の隅に黒い影が見えたり、誰もいないはずの場所から物音が聞こえたり。しかし、その現象は徐々にエスカレートしていった。夜中に金縛りに遭う、幻聴が聞こえる、そして何よりも恐ろしいのは、ゲーム内で見た血痕が、自分の部屋の壁にも現れ始めたことだった。
「これは、ただのゲームじゃない……」
健太は恐怖に駆られ、ゲームを中断した。しかし、一度始まってしまった現象は、止まることを知らなかった。彼は現実と仮想現実の境界が曖昧になる中で、次第に精神を蝕まれていった。
第二章 悪夢の拡散
「実は……VRゲームで、変なことが起こってて……」
健太は美咲に、『事故物件:無限回廊』で体験した奇妙な現象について打ち明けた。最初は信じていなかった美咲も、健太の憔悴しきった様子を見て、事の重大さに気づいた。
「それって、もしかして……ゲームの呪い?」
美咲は真剣な表情で言った。彼女はオカルトにも興味があり、過去に同様の事例をいくつか知っていた。
「ゲームの呪い……?」
健太は聞き返した。
「うん。VRゲームって、脳に直接働きかけるから、現実と仮想現実の区別がつかなくなることがあるらしいの。特に、ホラーゲームは、人間の恐怖心を煽るから、悪霊を呼び寄せやすいんだって」
美咲はそう言うと、スマートフォンを取り出し、いくつかの記事を見せた。そこには、『事故物件:無限回廊』をプレイした人々が、現実世界でも奇妙な現象に遭遇しているという報告が多数掲載されていた。
「やっぱり、俺だけじゃなかったんだ……」
健太は愕然とした。
「ねえ、健太、このゲーム、もうやめた方がいいよ。このままじゃ、本当に取り返しのつかないことになるかもしれない」
美咲は心配そうに言った。
「でも……」
健太は言い淀んだ。彼はゲームの中で、悪霊に「助けて」と懇願されたことが忘れられなかった。
「でも、どうしたの?」
美咲が尋ねた。
「あの悪霊……助けを求めていたんだ。俺は、彼女を助けたい」
健太は真剣な表情で言った。
「健太……」
美咲は健太の優しさに心を打たれた。しかし、同時に、彼の身を案じた。
「わかった。私も協力する。一緒に、このゲームの呪いを解き放とう」
美咲はそう言うと、健太の手を握った。
二人は、『事故物件:無限回廊』に隠された秘密を解き明かそうと、独自に調査を開始した。
その結果、ゲームの制作に関わったスタッフの中に、過去の事故物件の事件関係者が含まれていることが判明した。
その中には、佐倉奈緒の元恋人、若き天才プログラマーの田中浩二も含まれていた。
二人は当初は仲が良かったが、浩二がゲーム制作に没頭するようになり、二人の関係は冷め、別れた。
しかし、その後、佐倉奈緒は謎の死を遂げた。当初、事件と事故の両方の可能性が示唆され捜査されたが、外傷がなく、田中浩二も捜査線上に浮上したが、処分保留となり、釈放された。
佐倉奈緒の自殺を裏付ける遺書が発見されたためだった。
第三章 無限回廊の終焉
健太は深呼吸をし、再びVRヘッドセットを装着した。暗闇が視界を覆い、数秒後、彼は再び『事故物件:無限回廊』の世界に足を踏み入れた。
以前にも増して、VR空間は不気味さを増していた。廊下の壁は血で染まり、床には無数の手形が残されている。遠くから聞こえるすすり泣きは、より一層大きく、そして悲痛なものになっていた。
健太は震える足で、廊下を進んでいく。すると、前方から人影が現れた。彼は無表情で健太を見つめ、ゆっくりと近づいてくる。
「田中浩二……なぜ、こんなことを……」
健太はVR空間で、田中浩二の姿を見つけた。彼はモニターの前で、不気味な笑みを浮かべていた。
「俺は、奈緒を許さない。俺は奈緒に裏切られた」
浩二はそう言うと、モニターに映し出された奈緒の映像を睨みつけた。
「浩二、もうやめてくれ!奈緒さんは、もう十分苦しんだよ!」
健太は叫んだ。
「黙れ!お前も、奈緒と同じように、苦しんで死ね!」
浩二はそう言うと、健太に襲いかかった。
健太は必死に抵抗したが、浩二の力は想像以上に強かった。彼は何度も地面に叩きつけられ、意識が朦朧としていく。
「くそっ、こんなところで終わってたまるか!」
健太は最後の力を振り絞り、浩二に立ち向かった。彼は浩二の腕を掴み、力いっぱい引き剥がそうとした。
健太はありったけの力を振り絞り、浩二に語りかけた。
「もう復讐はやめてくれ。奈緒さんももう十分苦しんだはずだ。奈緒さんが遺書を書いたのは、お前を愛してたからじゃないのか?」
すると、浩二の表情がわずかに和らいだ。
「 奈緒……」浩二の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「奈緒……ごめん……」
「 俺は奈緒を愛していた。肉体が滅んでも永遠に一緒に居られるようにとVR技術の開発に没頭してしまった。俺から離れて行ってしまう奈緒を許せず、俺だけのものにしようと、当時開発中のVR技術で実験も兼ねて、奈緒を亡き者にしてしまった。遺書を書いていたのは知らなかった。その後に知ったが、どうせ俺への恨みを書いてるんだろうと遺書は見なかった。しかし、警察から釈放されたということは、今考えれば、俺の名前も出さずに、俺を庇ってくれてたんだな、奈緒」
浩二はそう呟き、その場に崩れ落ちた。
健太は浩二に近づき、手を差し伸べた。
「一緒に、奈緒さんの魂を弔おう」
健太はそう言うと、浩二の手を握った。
その瞬間、VR空間に、奈緒の姿が現れた。彼女は微笑みを浮かべ、健太と浩二を見つめていた。
「ありがとう……」
奈緒はそう言うと、光となって消えていった。
VR空間は光に包まれ、崩壊していく。健太は意識を失い、現実世界へと帰還した。
第四章 仮想現実の残響
健太が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。美咲が心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。
「健太、大丈夫?!」
美咲は涙目で言った。
「ああ、大丈夫だよ。心配かけてごめん」
健太はそう言うと、微笑んだ。
「もう、無茶しないでよ。本当に心配したんだから」
美咲は健太を抱きしめた。
***
数日後、健太は退院し、美咲と一緒に奈緒の墓参りに行った。
墓石の前で、二人は静かに手を合わせた。
「奈緒さん、安らかに眠ってください。もう、誰もあなたを苦しめません」
健太は心の中でそう呟いた。
事件後、『事故物件:無限回廊』は販売中止となり、田中浩二は自首し、逮捕された。
健太は、VRゲームを通じて、過去の怨念を鎮めるという、貴重な経験をした。
彼はその後、VR技術を社会貢献に役立てることを決意し、新たな道を歩み始めた。
そして、時折、あの事故物件の夢を見る。
夢の中で、奈緒はいつも微笑んでいる。
彼女は、もう苦しんでいない。
健太は、そう信じている。




