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鳴き止んだ夜の底で  作者: 無響 朽真


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1章5話 甘苦

一歩、二歩、三歩と進んだ瞬間、背後で扉が閉じ、そして消え去った。


そうすると目の前が渦巻き、その渦に飲み込まれるとその先には懐かしい、記憶にこびり付いた場面が待っていた。




そこは中学校の廊下の教室の引き戸の前。

隣に立っていたのは当時の友人。

発せられる言葉は覚えている。


「あの子?輝の好きな子?」


友人と2人で教室の外からからその子を指差しこの会話。


ー ルピナ…こんなとこからかよ。


そんな恨み言は誰にも届かない。

記憶を頼りに会話を成立させよう。

そう切り替えて言葉を捻り出す。


「そうだけど…そんな意外?」


ー 確かこれだったはず…。


「いやそんなことねーよ!俺クラス一緒になったことねぇからどんな子なんだろうなーってさ。」


「なんて言うか似てる感じすんだよね。考え方とか。」


「はぁー言うこと相変わらず大人みてーだな。まっ頑張れよ!」


そう言うと友人は自分のクラスへと歩いて行った。


ー だいたいこの会話はこんな感じで良かったはず。


そんな事を考えながら輝志も自分の席へと戻った。


休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、懐かしの授業を受ける。

黒板を走るチョークの音が意識の遠くで響く中でふとルピナとの会話を思い出した。


『仮想でありなんでもできる』


そう、今更退屈な授業を真面目に受ける必要などどこにもない。

やるべきをやらなければこんな非現実に飛び込んだ意味がなくなってしまうのだから。


懐かしさに浸りかけた脳を叩き起こすために両手で頬を叩く。

授業中だということを失念して。

そんな様子を隣の席のあの子に見られるであろう可能性も考慮せずに。


案の定しっかりと見られていてこちらを見てクスッと笑っているのを感じた。

恥ずかしさに自分の顔が紅潮するのもまた同時に。


ー どうしたよ俺。やってることまんま中学生じゃないか。


と、自らの行動を恥じていると隣で何かを書くペンの走る音。

そしてトントンとペンで机を軽く叩く音が聞こえた。

その音を『見て』というメッセージと解釈してあの子のノートの端を見ると、そこには


『眠いの?』


とだけ書いてあった。

目線を上げるとあの子は目線は黒板に向いたまま、その口角はほんのり上がっていて。


中身も純粋な中学生であったのなら、このやり取りとその表情だけで恋に落ちるには十分だ。

そんな中身が異物である男の思考は


ー こんなやり取り…無かった。もう変わり始めてるのか。


この一点だった。

これがただの現実の出来事なら男子中学生として舞い上がっていただろう。

余韻にも浸りたいとも思っていたであろう。


そんなあるべき純粋な感情よりも、ほんの少しの行動の変化が起こした歴史の差異への驚きが全てを塗りつぶしてしまっていた。


今、この視界に入るものは全てまやかしに過ぎない。

作られたものに過ぎない。

それはわかってる、理解している。

所詮はものすごく良くできたシミュレーション。

そんなことはわかってる。


それでもこんなちょっとのことで、ここまで心揺さぶられるほど変わるものなのか。

自身に都合良すぎるアクションが起こるものなのか。

言い切ってしまえば、これはルピナの手が入っていて誘導されてるものじゃないのか。


わからなかった。

思考は強烈に渦を巻いて、脳が焼き切れそうだった。


だから思った。



ー 時間…止まってくれ。



そう頭の中で呟いた瞬間、それは実現した。

実現、というべきかは曖昧ではあるが。

少なくとも今この瞬間で世界は止まった。


口角をほんのり上げた、至高の瞬間をくれたあの子も、その他の全てのクラスメイトも、教壇に立つ教室も、窓の外に映る全ても止まっていた。


ただ1人を除いて。


即座には気付けなかった。

この、より大きな異常に。

黒板を走るチョークの音も教師の声もクラスメイトのノートを取る音も全て消え、完全な無音に突然なったにも関わらず。


しかし蝋人形のように表情の変わらないあの子の顔を見てようやく事態に気付く事ができた。


ー 脳内で呟くだけで…これか。


意図はしていなかった。

ただ、それでも目の前に明確な結果がある。

非現実の中で起こしたより大きな非現実を目の当たりにしたことは、暴走する脳を冷ますには十分だった。


ー ひとまず整理だ。まずルピナの手が入っているかどうかだが…答えにたどり着く手段はないな。考えるだけ無駄だから思考から排除。


ー 次にあれだけのことで都合の良すぎる変化があったこと。これは俺の記憶からのシミュレートでありお試しと言っていたルピナの言葉からすれば判定が甘い可能性もあるか。これは聞けば素直に答えそうではあるな。


ー 最後に今何をすべきか。これなんて返すかだよな。あくまで当時の俺なら、でだ。というよりこれ上手くやれば案外…。


腕を組んで少し考え、そして体勢を戻して今度はちゃんと口にした。


「時間、進み始めろ。」


すると、固まっていた全てに動きも音も戻った。

まるで動画の再生ボタンが押されたかのようだった。


輝志はその事態をそのまま素直に受け入れ、ノートの端にペンを走らせる。


『だいぶ夢の中にいるっぽい』


ー 当時の俺ならこんな感じか…?


そんな少々の不安はあの子のクスッと笑った声が聞こえてかき消された。

おそらく彼女はまた何かメッセージを書き込んでくれるのだろう。

そんな気配を感じる。


トントン。


その音を合図に目線を彼女のノートの端へと持って行くと、


『それってどんな夢?』



トントン。


『言えなかった事を言う夢とか?そんな感じ』

トントン。

『どんな笑 じゃあ私にも言えなかった事言えた?』

『まだ言えてないかも』

『言ってもいいんだよ?』


気付けば2人して目線はもう動かずノートの端に集中していた。

輝志は次の一言への気恥ずかしさから天を仰いで一つ息を吐いた。

そして意を決して一気に書き込んだ。


トントン。


「好きだよ。俺と付き合って』


書き終えて彼女がその文字を見つめる顔から目線が動かせない。

彼女が顔を上げると目が合った。

そして手が動く。


『私も好き。嬉しすぎるよ』


それを読み、顔上げてまた目が合った。

そして自然と机の上で2人の手は重なっていた。



気付けば就業のチャイムが鳴っていた。

すると彼女がノートの端のメッセージが書かれた部分を綺麗に切り離していた。

意図を察して輝志も自分のノートのメッセージ部分を手で切り離す。


そしてお互いのそれを無言で見つめ合いながら交換した。


「今日一緒に帰ろうね!」


「わかった!楽しみだよ。」


そんな会話をしながらも輝志は




ー これ以上は…心が囚われそうだ。




そう思い、ここでの時間を終える決意を固めた。

その手の中に確かな結果の証を握りしめたまま。

そしてゆっくり目を閉じた。




目を開けるとそこは見慣れた自宅。

さらっと見渡してみても変わった点は見当たらない。

いつもと変わらない独りの部屋。


ー 戻ってきたのか…?


状況がいまいち掴めなかったが、少なくとも独り身なのは理解できた。

つまり、初恋は成就した。

が、今現在に影響を与えるような結果にはならなかった。

これが結論なのであろうと整理はできていた。


ー 思い出が一つ増えた、そう考えれば悪くもない…かな。


そんなセンチメンタルな気分に浸っていると、聞こえるはずのない声が突然響いた。


「やっほー!輝志!甘酸っぱい青春の時間楽しめた?」


「ルピナ!?なんでだ。ここは現実じゃない…のか?」


「そだよ!ここは仮想地球の続きさ。言ったじゃないか!お試しだって!ひとまずやってみてどうだった?」


「…まぁいいか。良いものだったとは思えたよ。何か結果があったかと言われればそれは微妙だけどな。」


「ま、中学生の恋愛なんて思い出くらいがちょうどいいじゃない!さ、次いってみよー!」


「おい、次って…」


そう輝志が言い掛けた声を遮るように指を鳴らすパチンという音が聞こえた。


するとまたも白い渦が現れ、全てが吸い込まれていく。




引き出しの奥深くに眠っていた、あの日のあの思い出の紙片は見つけられることのないまま。

全てはこの白い流れの中へと消えていった。

読んで頂きありがとうございます!

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まだまだ続けて行きますので宜しくお願いします。

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