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鳴き止んだ夜の底で  作者: 無響 朽真


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1章3話 覗き込んだ現

白い光だ。

ただそれはカーテンの合間から漏れ出るものであの空間のものではない。

あれが夢だったのか。


いや、違うだろう。

あれが夢ならリアル過ぎだ。

どうせ今日の夜になればハッキリもする。

その前提で時間を使うべきだ。


寝起きではあるが、頭が覚醒し切っている。


納品を終えた直後で抱えてる仕事はこれと言ってないが、いつも通りの朝支度を済ませて家のドアを開けた。

帽子を被り、耳にはイヤホン。

見たくないものも、聞きたくないものもいつでも遮れる人間社会へ乗り込むための装備もいつも通りだ。


外は冬の足音が聞こえ始める少し肌寒い空気が辺りを満たす。

空は快晴。


そんな気持ちの良い朝の住宅街で鍵を締める音と共に、何かシャッター音のような音が鳴った。

音が遮断された耳にはその音が届く事は無かったが。


いつもの道を歩き駅へ向かう。

少し人通りも車も少ない気がするがそんな日もある。

駅前はいつも通りの人混み。


名前と政党名を繰り返すだけの無意味な政治屋。

その数メートル先には戦争反対といったことを掲げている、他国に攻め込まれても戦争は起こるということを忘れた集団。

タクシー乗り場近くに目を向ければ理解不能な教えが並んだ紙面をばら撒く宗教信者。

地下へと続く階段の脇には托鉢行中の修行僧。

こんなに色々集まる日は初めてかも知れない。


どれもこれも同じ顔をしているようにしか映らない。


そんなカオスな駅前を何事もなく、何に気を止めるわけでもなくただ歩き抜けて行く人の群れ。


彼らの思惑や主張はその誰にも一切響かない。



そしていつもの満員電車に詰め込まれる。

誰も彼もがどんなに超満員でもスマートフォン。

動画、SNS、業務メールに資料確認。

誰の目にも入るのに無防備にそれらを晒す。

停車しドアが開けば降りるも乗るも我先に。

その流れに逆らい吊り革にしがみつく者も。

譲り合いなどない宛ら資本主義の縮図のような光景がいつもそこに。


いつもの駅に到着し、いつものカフェでコーヒーを。

ここに至るまでのストレスを飲み込みスイッチを切り替える時間。

いつもの店員、いつも同じ席に横並びに座っている夫婦がいないのには少しだけ不意を突かれた気分だが、何に影響するわけでもない。


カフェを出てオフィスへ向かう。

なんだか日差しがやけに強い気がする。

そんな日差しの下を歩く事5分、作業用に借りたレンタルオフィスへ到着。

パソコンを起動しメールチェック。

無茶振りオーダーがひとまず無いことに安堵し、いつもなら抱えてる仕事がないので案件確保に動くが今日はそんな気になれなかった。

そんなことよりも仮想空間から見える世界を見たかった。


モニター越しの現実。

これもまた今の世界だなのだから。



真実と虚偽

表と裏

右と左

青と赤



全てが真理であるように綴られるこの仮想空間。

その正誤の判断はAIに放り投げられ、その回答こそが正だとして自己の思考を放棄。

その先の意図など考えない。

ただの迷惑を滑稽だと勘違いし醜態を晒して人生をも放り投げる若年者。

株価や為替はあるべき姿を離れてマネーゲーム。

実体なき通貨は後ろ暗い用途にも使われマネーウォー。


見れば見るほどにこの空間の裏にあるのは自己の利益の追求。

それは決して悪ではない。

それが肯定される世界なのだから。

合理的な手段でしかない。


それらに感じたことのない虚しさを感じるのはきっと斜に構えてしまっているからだ。

ただ、考えれば考えるほどに。

自分の思考に、意識の底に潜れば潜るほどに、今感じているこの虚しさが自らの根底から湧き上がる感情であることを否定できないでいる。


この感情を消し去ることのできる世界。

望む…世界。


そんな世界なら、切り捨てたはずの色んな理想を取り戻せるんだろうか。

人間として人間らしく生きる事が許されるのだろうか。


そんな希望を、今更持ってもいいのだろうか。


揺れてるのがよく分かる。

無駄だと切り捨て、蓋をしたはずの感情たちがその蓋をこじ開けようとしてるのが自覚出来てしまってる。


夢を見ようとしてしまっている。

理想を求めようとしてしまっている。


夢を見るなど、理想を求めるなど、そんなの合理的じゃない。

ただ、非合理を合理に変えてしまうであろう甘い誘惑がそこにある。

最初からそうであったのであれば、それはもはや合理と言えてしまう。

自称神の何もかもを見透かした笑みが思考を支配していく。



自分の今までを否定するようで受け入れられない感情。

蓋が開いてしまったことを認められない感情。

それが本物かもわからない甘い誘惑。

さぁ早くおいでよとそう呼ばれているような、まるで誘導されているかのような感覚。


もう全てを否定する材料がどこにも見当たらない。


虚像かもしれなくても

その先にあるのが終わりのない落とし穴かもしれなくても

いいように使われるだけの駒なのだとしても


そのリスクを取ってでもあの甘言に乗ってしまうのはもはや合理だ。




パソコンの電源を落とし外へ出た。

気付けば太陽の時間は終わりを迎えようとしている。

月の時間と共に賑わい始めるのは繁華街。

縁のない場所ではあるが。

あの角の店、初めて見る気がするが人気店のようだ。

いや気がする、じゃなく初めてだ。

世界を見てみようと決めて出てきているから今日は違和感が多いんだろう。

意識が変われば世界は広がる。


きっとそういうことだ。


そんな風景を後ろに置き去り足早に駅へと向かった。



いつもの帰り道。

やっぱり今日は人が少ない。

それでも行先を決めた足は軽快に進む。

まるでスウィング・ジャズのように。

もう期待は隠せない。

待っているのは隠したところで何も意味がない相手だ。


空ではもう月が笑ってる。

鈴虫の歌声もリズムを刻む。


ドアの前に立ち呼吸を整え、そして開けた。

部屋の中を進みリビングへと繋がる引き戸に手をかけたとき、そこに明確な気配があった。

意を決して開ける。


「思ってたより早かったね!さて良い回答聞かせてもらえるかな?」


笑顔のルピナとソファーと椅子。

昨夜見た光景がそこにあった。


「ちょっとくらい、くつろがせてくれよ。」


そんな言葉とは裏腹に期待に満ちた輝志の顔がそこにあった。

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