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鳴き止んだ夜の底で  作者: 無響 朽真


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2章7話 『神』という構造

もはや馴染んでしまった白い空間。

思考のスイッチとなるコーヒーの香りと相まって輝志の黒で満たされた頭も落ち着いていった。

そんなタイミングを見極めたようにルピナが話始めた。


「さあ、話してみよっか。幸い愚痴じゃなく建設的な会話も出来そうだしね!」


輝志の精神を気遣ってなのか、何も気にしていないのか、軽い口調で流れを作るルピナ。

輝志は前者と受け取り、その流れに乗った。


「ああ…。何もかもが裏目で彼らがただ死んで行くのは正直キツかった。人間社会の構造って根本はいつの時代も同じようなもんなんだな。」


「僕の思うところに触れてくれたみたいで何よりだよ。結局愚痴になってるところも可愛いけどね!」


「口説いてんのかよ。」


「そりゃ口説くさ!輝志は僕の思考を形にしてくれるかもしれない存在。口説き落としに行くのは当然じゃないか。それにこれくらいで君なら切り替えには十分でしょ?」


「…さすがカミサマだよ。なぁ一つ聞きたいんだがいいか?」


「どうぞ?」


「ルピナは過去の偉人と呼べるような人間に俺と同じように関わったりしてないのか?」


「してないよ。してたらもうちょっとまともになってたんじゃないかな?」


輝志は一瞬固まり、次の言葉を探した。

コーヒーカップを手に取り、おそらく答えの返ってこない別の存在を問う言葉を一緒に飲み込んだ。


「そうか…。なら神ってなんなんだ?支配の為に人間の作り出した偶像、理解もコントロールも出来ない物事を神と呼んだ、この理解でいいと思うか?」


「輝志…君の立場、つまり無宗教の現代日本人。その視点から見る分にはその理解でいいと思うよ。賢い輝志ならこの回答で充分だと思ってるんだけどどうかな?」


そういうとルピナは足を組み替えてコーヒーカップへと手を伸ばす。

向かいの輝志の視点はどこか遠い。


思考の静寂。


コーヒーを飲む音、カップが置かれる音。

響くのはそれだけ。

思考の世界で硬直する輝志を眺めるルピナの目は全てを見通す、それだった。


思考の世界から現実に戻った輝志も言葉を吐き出す前の助走にコーヒーへと手を伸ばした。

一口含み、カップを置いた。

その目にはしっかりと力が灯っていた。


「わかったよ。ルピナの言いたい事も俺のなすべき事の方向性も。」


「なら教えてよ。輝志の望む世界へ至るための道筋をさ!」


「ああ。結局は出来上がってしまった構造を壊して再構築しなきゃ何も変わらないんだ。」


「そしてその構造が神、そう言いたいんだね。」


「そうだ。今回のこの時代の時点でかなりの積み重ねがある構造ではあれど、結局支配者のための構造だ。それを破却するのが俺のやるべきとこだ。」


「つまりは神を否定するわけだ。僕を前にして堂々それを言って何かされるとか思わないのがもはや驚きだよ。」


「別にルピナを否定するわけじゃないしな。人の支配のための偶像、俺の相手はこれだ。」


「言ってくれるねー。でもそうなると相手に姿形はないわけだけど具体的にどうするんだい?」


「直接的な介入をする…。だけど具体的なとこは正直…。」


「止まってる、と。直接的って言うなら片っ端から支配者層消してしまえばいいんじゃないの?」


「それをやっても構造は変わらないままだろ?別の人間が同じことをやるだけだ。」


「じゃあいっそのこと輝志が神になっちゃえば?それか僕の宗教でも立ち上げてくれてもいいんだぜ!」


渾身のドヤ顔で要は自らを讃えよと言い切るルピナ。

本気か冗談かはさておき、人間味のあるそんな流れに輝志は呆れ顔で返した。


「ドヤるなよ…。神にもならんし宗教も立ち上げるつもりはないが、現行の神に置き換わるものを創るって視点で見れば近しいアプローチはありだよな。」


「で、それをどうやろうかって考えたとき、神になる以外に何か道があるかい?」


「…派手な事やる以外には正直思いつかないな。」


「なら派手にやっちゃいなよ!僕も観てて楽しめそうだし!この世界はトライ&エラーし放題、結果失敗ならまたやり直せばいいだけなんだし。」


「なぁ…ルピナは俺を神にしたいのか?」


「観てみたいだけだよ。神を否定する人間が神を演じる。何か新しい価値観が生まれそうじゃない?」



瞬間、輝志の思考に一筋の光が走った。

大きく目を見開き、正面にいるルピナを見ているようで見ていない。

視界は全て思考の世界になった。



音もなく、他に誰もいない。

輝志のための、輝志だけの世界。



そんな数瞬を経て、輝志は言葉を紡いだ。


「誰もが神の所業としか思えない事象が、『神』を否定すれば新しい構造を産み得るんじゃないか?」


「面白そうだね!例えばどんなことをやってみるつもりだい?」


「降臨…よりは後に残るものだな。それこそ(いかずち)を落として文章を残す、なんてとこか。」


「それに象徴的な場所とタイミング、ってのもあればよりドラマチックで素敵じゃない?」


「ドラマチックってのは置いといたとしても、周知させるためにも場所とタイミングは確かに大事だな。選べるとしたら2つ…か。」


「裁判か処刑ってとこかな?僕は処刑後なんてのもありだと思うけどなー。」


「それは無しだ。処刑後だと彼が神になる流れは止まらない。それに…彼には生きてもらいたいから。生きた先を見せてもらいたいんだ。」


そう言うと輝志は少し俯いてカップへ手を伸ばす。

その一瞬、時が止まったような静寂が流れ、ルピナの目から感情の色が消えていた。


「情でも移ったのかい?」


冷たい一言だった。

輝志もその冷たさに、顔を上げてルピナを見る。

その目は、すでにいつも通りだった。

合理的が故の冷たさ、そう捉えて輝志は言葉を返した。


「情…それもある。それに生きた先で何を成すのか興味もあるし、期待してるからだな。」


「期待…期待ねぇ。うん!まぁ面白そうだし、その先が輝志の望む世界になるかどうか楽しめそうだからやってみなよ!」


感じたのは明らかな意図のズレ。

輝志はそれに踏み込む勇気は、まだなかった。

踏み込んでしまったらそれで全てが終わってしまうような深淵。

そんな闇を感じてしまったがゆえに、何事もなかったかのように取り繕って先を続けた。


「ならタイミングは十字架の判決の時にしようと思う。集まるべき人間が全てそこにいるはずだし。」


「そこまで決まればあとはやるだけだね!すぐに行くかい?」


「決意が鈍らないうちに、な。」


ルピナも輝志も示し合わせたかのように同時に立ち上がった。


ルピナの指を鳴らす音。

現れる扉。

もはや見慣れた儀式。


いつものように、家のドアを開けるように、慣れ親しんだかのように、輝志はそのドアの先へと飛び込んだ。



その光景の後に残されたルピナ。

その目はまたも光を閉ざす。



「人間…なんだな。感情、非合理…。」



誰にも届くことのない独り言だけが響き渡っていた。

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