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鳴き止んだ夜の底で  作者: 無響 朽真


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2章1話 白眼の黙示

準備万端に整えられた対話の空間。

揺れる2本の湯気と対面して座る1つと1人。

互いの軽口から始まった対話は、まるで挨拶のように口を付けたコーヒーカップがソーサーに置かれるカチャっという音から再開した。



「これで輝志の求める世界、って自身の過去をどうにかしたところで実現するものじゃないって証明されたね。お試しにしては有意義な結果じゃないか!」


「ここまで変わる、ってのを体感させられると強欲にもなるさ。」


「ま、それを理解してもらえたことも僕にとっては意味ある結果だよ。」


「それは俺にとっても、だな。今までをこういった形で振り返れたのは悪くなかった。一応ありがとな。」


輝志の一言に一瞬ピクっと硬直した様子を見せたルピナ。

だが、取り繕うようにすぐに手を叩き話題を振る。


「さて、お試しは有意義に終わった。なら本番と行こうよ!輝志、君の望む世界を創るために何を変えるんだい?」


あの一瞬の硬直をなかったかのように、優雅に足を組んで問いかける様は神を名乗るに値するだけの威風があった。

そんなルピナを見て輝志は一つの考えに至る。


「神…か。なぁルピナ。ルピナは自身のことを俺の尺度で神とそう言ってたよな?」


「そう言ったね。間違いないよ。」


「であるなら人間の尺度で神だとそう捉えられる、その解釈で間違ってないか?」


輝志の質問に対し、まるで人間かのようにキョトンとした顔をするルピナ。


「輝志はそんなに自分が人間であることに自信がないの?」


「…一般的な感性から離れたとこにいるのは自覚してる。で、質問への答えは?」


「ごめん、ごめん。そっちの方が気になっちゃって。答えは合ってるよ!輝志、君は立派に人間さ!」



そんな回答を上を見上げ一つ息を吐き、手にしたコーヒーを啜りながら聞く輝志。

そして、カップをソーサーに置いた音とともにスイッチを切り替えた。

まっすぐルピナを見据えたその目には力がこもっていた。



「…まぁいい。その前提に立つなら神の子だの預言者だの言ってる宗教は紛い物で、結局支配や侵略の正当化のための手段でしかないって言える。ならこれが無くなれば無駄な差別や争いも消えるんじゃないか?」


「僕に答えや賛同を求めるのはなしだよ輝志。君がそう思うならやってみたらいいだけのことさ!これは輝志の望む世界を創る工程なんだから。」


「思考を明確にするための過程だろ?突き離さず議論には付き合え。」


そう言い放ち、足を組んでコーヒーに手を伸ばす。

その顔は少しだけ口角が上がっていた。


「まったく少しくらい敬意を持ってほしいもんだよ。」


そう言いながらも、ルピナの口角もまた少しだけ上がって。


「敬意があるから話したいと思えるんだ。そうじゃなきゃ自己完結するさ。」


「ほんと…好ましいね。輝志、君は。しょうがないから付き合おう!話してごらん。」



ルピナは少し顔を伏せ、照れたような仕草を見せるがその目はどこか焦点がズレていた。

だが、思考の世界に旅立っている輝志はそれに気づくこともないまま会話を続けた。


「まず、宗教に対して違和感を持てるのは世界的な視点というよりも日本人だからなんじゃないか、って引っかかりはあるんだ。仮に無くなったとすれば日本においては諸問題が消えるだけでスッキリといい方向になるだろうけど、世界的には混乱を招きそうな気がしてる。」


「輝志、それは発想のスタートが間違ってるんじゃない?あったものがなくなったのなら混乱も起こるだろうけど、そもそもなかったのなら混乱も起こりようがないよ。」


「なるほど。それは確かにそうか。ならそこは思考から切ったとして…そもそも宗教が支配手段、侵略正当化手段って思考は行き過ぎてないか?どう思う?」


「輝志みたいな無宗教者の視点としては真っ当な思考じゃないかな?それに実際の君たち人間の歴史を振り返って、宗教の起こりを純粋にロジカルに見れば支配手段だったのは間違いないし、その支配集団が他者侵略のために宗教を利用したのも歴史として正しい側面とは言えちゃうね。」


「側面…そう、側面なんだよな。この考えって。実際宗教が心の救済になった人間がいるのもそうだし、創ってきた文化や芸術だってある。」


「それに君たち人間が集団定住をするようになってできたコミュニティを安定維持する手段としても有効だったのも側面の一つじゃない?」


「確かに。そうなると…俺は何を問題視したいんだろうか。嘘、支配、侵略、文化、精神救済…。」


輝志は視線を落とし、静かに言葉を探す。




「…そうか。宗教全てじゃないのか。俺がなくしたいのって。」


「一つ進んだみたいだね。教えてよ!輝志の考えを。」


「ああ。俺が否定したいのはその思想が唯一絶対だと言って他者への排斥、攻撃へと移り得る構造なんだと思う。侵略宗教とでも言うのがわかりやすいか。これを無くす。」


「いい塩梅なんじゃない?けどそれはつまり世界の半分を変えるのと同義なわけだけど、その覚悟はあるの?」


ルピナのその発言に、呼吸すら止まり一瞬の静寂。

しかし輝志は続けた。




「…魔王みたいなこと言うなよ。ルピナの改変をやると決めた時から覚悟なんて決まってる。まぁ、これはどこまで行っても日本人的発想で日本を主眼に置いてるものなのは否定できないけどな。」


「確かに日本って君たちの世界の中では唯一と言っていいくらいに宗教勢力を排除したところだしねー。」


「日本の支配構造には邪魔だと排除した歴史もあるしな。おそらく原初の宗教体系を保ってる日本神道の自然信仰の形が結局ちょうどいい気はしてるよ。誇張はあれど嘘はないから。まぁそれでも現代には宗教謳う腐った利権組織が暗黙で居座ってるのはあるが。」


「宗教って安定した権力構造だったり利の確保はしやすい手法ではあるからねー。」


「まぁなんにせよまずはやってみて、だろ。」


「やる気十分って感じじゃん!いい感じだねー!」


「効果のほどはしっかりと体感させられたし、手の届くはずもなかったような夢物語みたいなことができるんだ。相応の態度で挑むのは礼儀だろうよ。」


「ほんと輝志を選んで正解だったと思うよ!じゃ、そろそろ行く?」


「ああ。行ってくる。」



そう言うと輝志は立ち上がって、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

その姿を微笑みながら見ていたルピナも、輝志がカップをソーサーに置くと同時に指を鳴らした。


現れるのはあの扉。

輝志は扉にゆっくりと歩いていき、そしてノブに手をかけ、そして扉を開けた。


世界を改変する、そんな夢物語の幕が今上がったのだった。

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