第8話 シュゼットは、初デートをする 3
馬車に戻ると、レナルド様は
「もし、まだ時間に余裕があるのならば、良かったら、昼食を共にしないか?」
と、わたしに尋ねた。
もちろん今日はレナルド様のために1日予定を空けてある。
「是非、ご一緒させてください」
そう答えると、レナルド様は「良かった」と淡く微笑んだ。
なんだか今日のレナルド様は笑顔が多い気がするわ。
どうなさったのかしら?
レナルド様に案内されたのは、王都一との呼び声も高い、有名レストランだった。
予約を入れてあったようで、お店に入ると2階の眺めの良い席に通される。
通りに面した大きな窓からは、王都の東広場と東教会のアーチが見える。
ずいぶん先まで予約が埋まっていると聞いたことがあるけれど、さすが筆頭公爵家だわ。
感心しつつあたりを見渡すと、わたし達以外のお客がいなかった。
不思議に思ったわたしがレナルド様に尋ねると、彼はなんでもないことのようにあっさりと言った。
「ああ、2階は貸切にしてもらったからね」
このなかなか予約の取れない有名店を貸切に?
レナルド様と出かけることが決まったのはつい先週末のことだ。
そんな短期間でこのお店を予約した上、貸切にできてしまうなんて……。
我が家もそこそこの高位貴族ではあるけど、とても真似できないだろう。
「どうかしたのか?」
驚きのあまり言葉を失ったわたしに、レナルド様が尋ねる。
「いいえ、驚いてしまいましたの。わたし、1度はこちらに来てみたかったのです」
「それは良かった」
レナルド様はまたも淡く微笑んだ。
気のせいではなく、本当に今日のレナルド様は笑顔が多いわ。
ガラスの器に盛られたうつくしいアミューズから始まったメニューは、その全てがうつくしく、とてもおいしかった。
わたしはレナルド様との会話と食事を楽しみながら、とても贅沢な時間を過ごした。
レナルド様もいつもよりか心なしか口数が多い気がして、それがなんだか嬉しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、最後のデザートを食べながら、わたしはこの時間が終わってしまうことを少し淋しく感じていた。
「レナルド様、今日はありがとうございました。刺繍糸を買っていただいた上に、こんな素敵なところへ連れてきていただけて。わたし、とても嬉しいです」
「礼を言うのはこちらの方だ。君のお陰で母の贈りものを買えたし、なによりもこうして2人きりで楽しい時間を過ごせた」
楽しかったのはわたしだけではなかったようで、それがとても嬉しかった。
けれど。
この楽しさに身を委ねてはいけないわ。
なぜなら、わたしはレナルド様に贖罪をしなければならないからだ。
「レナルド様、わたし、あなたにお返ししなくてはならないものがたくさんあるのです。今日はそれを少しでもお返しできればと思っておりましたのに」
得たものが多いのは、結局わたしの方だった。
「このままではそれが増えるばかりで、全くお返しができませんわ」
時を遡る前のわたしの凶行を知らない今のレナルド様に「贖罪」と言ってもわからないだろう。けれど、申し訳なくて言わずにはいられなかった。
「……君が、私に返さなければならないものなどなに1つない。もしあるとすれば、それは全て私の責任だ」
「レナルド様は少々わたしに甘すぎますわ」
「君は婚約者なのだから当然だろう」
これが普通の婚約者同士ならば、レナルド様のご厚意に甘えても良いのかもしれない。
けれど、わたしはそういうわけにはいかないのだ。
時を遡ったとはいえ、わたしがしたことがなかったことになるわけではない。
レナルド様が苦しんだことがなかったことになるわけではない。
彼を苦しめた分、わたしは彼に対して罪を贖わなければならないのだ。
他ならぬ彼が覚えていなかったとしても。
レナルド様とリリアーヌの仲を取り持ち、婚約を解消して身を引くこと。
それまでの間、彼の良き婚約者であること。
この日、わたしは改めてそう決意した。
———小さな胸の痛みに気がつかないまま。




