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第7話 シュゼットは、初デートをする 2

 レナルド様の手を借りて馬車に乗り込み彼の隣に座ると、わたしはあることに気がついた。


 レナルド様からふわりと柑橘系の香りがしたのだ。確か前は森林のような落ち着いた香りだった気がする。


「レナルド様、香水を変えられましたの?」


 彼は気分で香水を変えるようなタイプには思えなかったので驚いた。


「ああ、君は柑橘系の香りを好むと聞いたのでね」


 うん? それではまるでわたしの好みに合わせたみたいに聞こえるわ。


 思いがけない返答にどきりとした。


 驚くわたしに、レナルド様はさも当然だとばかりに言う。


「婚約者の好みに合わせたいと思うのは当然だろう?」

「…………」


 当然……なのかしら??

 それではまるでわたしのことが好きなように聞こえるわ。


 いいえ、そんなはずはないわ。

 きっとエメがデートだなんて言うものだから、変に意識してしまうせいね。


 だって、レナルド様は命懸けでリリアーヌを庇ったのですもの。

 リリアーヌのことが好きなのは疑いようもないわ。


 そこで、わたしはふとあることに思い至った。


 今の時点ではレナルド様はまだリリアーヌに出会っていないのだ。


 レナルド様がリリアーヌに出会うのは、来年わたしとリリアーヌが学園に入学して、リリアーヌが初めての試験で首席を取って、生徒会役員に抜擢されてからだ。


 それに、レナルド様はわたしにとって良い婚約者であるように最大限努力するとおっしゃっていた。


 なんて真面目なのかしら。


 現時点のレナルド様は婚約者として誠実にわたしに向き合おうとしてくださっている。


 もしかしたら時を遡る前もそうだったのかもしれないけれど、彼と上手く打ち解けられなかったわたしは、そのことに気がつけなかった。


 なんて愚かだったのだろう。


 いいえ、今さら後悔してもどうにもならないのだから、前向きに考えないと。


 レナルド様がリリアーヌに出会うまで、あと1年弱。それまでの間は、わたしも彼にとって良い婚約者でいなければならないわ。


 そのためには、まず公爵婦人のお気に召すような贈りもの選びのお手伝いね。


 レナルド様からの初めての依頼なのですもの。

 彼への贖罪の意味も込めて、わたしを頼って良かったと思っていただかなくては!


 そう意気込むのとほぼ同時に馬車が止まった。

 どうやら目的地に着いたらしい。




 本日訪れたのは、王都の中心部に店を構える老舗の手芸用品店だ。王都一の品揃えを誇り、貴族も多く利用する格式高い店であり、わたしも何度か訪れたことがある。


 レナルド様のエスコートで店に入ると、人好きのする笑顔の年配女性が出迎えてくれた。


「ようこそお越しくださいました、コルネイユ侯爵令嬢」

「ごきげんよう、マダム。本日はわたくしの婚約者の母君のベルクール公爵婦人への贈りものを探しにまいりましたの。刺繍糸を見せてくださるかしら?」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 案内されたのは、色とりどりの刺繍糸が並べられた棚だ。


「凄い種類の数だな……」

「当店では400色のご用意がございます」


 呆然とつぶやくレナルド様に、マダムは誇らしげに答える。


「わたくしもそうですが、普段から刺繍を嗜まれているのなら基本的な色味は所持していらっしゃるでしょうから、感覚的には追加で色を買い足す感じで選ばれてはいかがでしょうか。今から作品を作るのでしたら、夏を想起させる鮮やかな色合いのものがよろしいかもしれません。後はエメラルド色が流行り始めていますから、それもよろしいかと」

「ありがとう。わかりやすくて助かる」

「それでしたら、こちらはいかがでしょうか? 夏向きの色味を100色合わせたセットでございます。そして、こちらは新色のエメラルド色でございます」


 マダムが見せてくれたのはうつくしい装飾の施された箱に入ったひと揃えの刺繍糸だった。

 新色のものもまるで本物のエメラルドのように鮮やかでうつくしい。


「まあ、素敵ね」


 思わず本来の目的を忘れて、見惚れてしまった。


「では、こちらを2つずつ。1つはベルクール公爵家へ、もう1つはコルネイユ侯爵家へ届けてほしい」

「え!?」

「ありがとうございます。すぐに手配させていただきます」


 刺繍糸の箱をうっとりと眺めていたわたしは、レナルド様の言葉に思わず彼を仰ぎ見る。


「今日、付き合ってもらった礼だ。君も刺繍を好むのだろう? 君はいつも好きなものには饒舌だ」


 確かにそうかもしれない。

 つい先ほど、刺繍糸について饒舌に語ったばかりだ。


「……レナルド様、どうしてお気づきになりましたの?」

「いつも君のことを見ているのだから当然だろう」


 わたし自身ですら自覚がなかったことを言い当てたのに、彼はなんでもないことのように言う。


 いつもお茶会ではたくさん話すわたしに、レナルド様は相槌を打ちながら聞いてくださっていたけれど、話題の長短で好きなものがわかるほど気にかけてくださっていたなんて。


 いやだわ、なんだか顔が熱いわ。

 きっとこれもエメがデートだなんて言うものだから、変に意識してしまうせいね。


「あの、レナルド様、ありがとうございます!」


 顔の熱を誤魔化すように慌ててレナルド様にお礼を言うと、彼は淡く微笑んだ。


「君が喜んでくれたのならなによりだ」


 彼が感情を表に出すことは稀なので驚いた。


「あらあら、まあまあ! ずいぶん仲がおよろしくていらっしゃいますのね!」


 品物の手配を終えたらしいマダムから微笑ましそうな眼差しを向けられる。


 エメや使用人達といい、マダムといい、なんだか今日はよくこんな眼差しで見られるわね。


 なんとなくいたたまれなくなったわたしは足早にお店をあとにした。

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