第3話 シュゼットは、今後について考える
本日3回目の更新です。
その日の午後。
わたしはレナルド様のエスコートでコルネイユ侯爵邸の庭を散策していた。
お父様は侯爵邸を訪れたレナルド様と軽く挨拶を交わしたあと、レナルド様に庭を案内するようにおっしゃった。「あとは若い2人で」ということらしい。
ここまでは記憶通りだ。
侯爵邸にはお母様の好みに作られた薔薇園がある。
多種多様な薔薇が植えられているけれど、その全てがまだつぼみか、つぼみすらつけていない状態だ。
時を遡る前、レナルド様と初めて顔を合わせた時は満開の花盛りだった。
この些細な時期の違いが未来を大きく変えるきっかけのように思えた。
そのため、なるべく時を遡る前とは違う言動をしてみようと思っていたわたしは、歩きながらも積極的にレナルド様に話しかけた。(ちなみに時を遡る前の時は緊張から、ほとんど会話がなかった)
「こちらが当家の薔薇園です。今はまだつぼみですが、満開になるとそれはうつくしいのです。毎年満開の時期には薔薇を鑑賞しながら庭でお茶会をしておりますの。今年はあと2週間ほどで咲きそうですから、今からとても楽しみにしておりますのよ。もしよろしければ、その際はレナルド様もご一緒にいかがですか?」
「ああ、是非」
そう言って微かに笑んだレナルド様を見て内心とても驚いていた。
彼は常に無表情で淡々としており、感情があまり表に出なかったからだ。
整った顔立ちではあるけれど、寡黙で無表情なレナルド様は、話しかけにくい雰囲気だったはずだ。
時を遡る前の時もこうだったのかしら?
時を遡る前はとかく緊張していて、あまり会話がなかったことしか記憶にない。
その後も会話をしながら散策を続け、庭を回り終えてそろそろ屋敷に戻ろうというところで、レナルド様がふいに足を止めた。
どうされたのかしら?
足を止めたレナルドを不思議に思って見上げると、頭1つ分高いはずの彼と目が合った。
お互いに見つめ合うかたちになると、ふわりと彼がまとう香水の香りがした。それは深い森のような落ち着いた香りだった。
「シュザンヌ嬢は、ご家族からなんと呼ばれている?」
「シュゼット、と愛称で呼ばれておりますが……」
「では、私もそう呼んでも良いだろうか?」
「え」
突然のレナルド様の申し出に驚いた。
時を遡る前は婚約してからもずっと「シュザンヌ嬢」と呼ばれていたからだ。
「もちろん、構いませんが……」
時を遡る前とはあまりにも違うレナルド様の対応に驚いてしまい、思考が追いつかない。
「私はかたちだけの婚約者ではなく、君と親密になりたい。君にとって良き婚約者であれるように最大限努めるつもりだ」
「……こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
なんとかそれだけ言葉を返すと、2週間後に薔薇園でお茶会をする約束をして、レナルド様と別れた。
♢♢♢
「疲れたわ……!!」
行儀悪くベッドに倒れ込み、ごろりと転がって仰向けになると、見慣れた天蓋が目に入った。
わたしが行動を変えれば、未来も変わるのではないか。
その仮説を検証すべく、積極的にレナルド様に話かけた結果、初顔合わせは時を遡る前と大きく異なる内容となった。
時を遡る前は会話がほとんどなく気まずかったけれど、今回は終始和やかに進行し、その上2週間後にお茶会の約束をし、愛称呼びを求められた。
それにあの言葉。
時を遡る前の時はあんなことおっしゃらなかったわ。
『私はかたちだけの婚約者ではなく、君と親密になりたい。君にとって良き婚約者であれるように最大限努めるつもりだ』
「レナルド様がそんな風に考えていたなんて知らなかった…」
ぽつりとこぼれたつぶやきが1人きりの広い部屋の静寂の中に吸い込まれた。
時を遡る前のレナルド様はてっきりわたしに興味がないのだとばかり思っていたけれど、もしかしたら今回と同じように思ってくださっていたのかもしれない。
わたしが気がつけなかっただけで。
今回はわたしが積極的に話しかけたから、寡黙なレナルド様も応じてくださったのだろう。
だから、レナルド様から彼の思いを引き出せたのかもしれない。
時を遡る前も義務のように月に1度会うだけではなく、もっとレナルド様に歩み寄っていれば彼の思いに気がつけて、あんなことにはならなかったのかもしれない。
そんな後悔を振り払うようにベッドから飛び起きる。
理由はわからないけれど、わたしは時を遡って過去にきたのだから、これからいくらでもやり直すことができるはず!
行動を変えたことで、未来が変わったことが立証されたのだ。
となれば、あの愚かな未来を迎えないために、今後についてよく考えなければ。
わたしはデスクに向かうと、日記帳の余白ページを開いて羽根ペンにインクをつける。
考えをまとめるために思いついたことをひたすら書きつけていく。
まず、わたしがやりたいことはなにかしら?
それは、なによりもあの地下牢で果てる未来を変えること。
これは今日のことを鑑みるに、時を遡る前と行動を変えればなんとかなりそうな気がした。
リリアーヌのこともあの時はなんとしてでも排除しなければならないという強い焦燥感に取りつかれていたけれど、冷静になった今思い返すと、どうしてあんなにも焦っていたのかわからない。
侯爵令嬢としてのプライドが傷つけられたからかしら?
別にレナルド様を愛していたわけではなかったので、話し合って円満に婚約を解消してしまえば良かったのだ。
今度は学園に入って彼がリリアーヌと親しくなったあたりで婚約解消を申し出よう。
あと、わたしがしなければならないことといえば、やっぱり。
「レナルド様への贖罪よね……」
時を遡ったのだから今のレナルド様に対してはなにもしていない。けれども、自分がしたことがなかったことになるとは思えなかった。
真っ赤な血溜まりの中、倒れ込んだレナルド様の姿が脳裏に浮かぶ。
彼は間違いなくわたしに害されたのだ。
なにをすることが彼への贖罪になるのかしら?
それはやはり、リリアーヌとの仲を取り持つことではないだろうか。
レナルド様とリリアーヌの仲を取り持ち、円満に婚約解消をして身を引く。
これね!
これならばあの愚かな未来を回避してレナルド様にも贖罪することができるわ!
あとは、婚約解消をしたあとの身の振り方も考えておかなければ。うまく次の縁談がまとまれば良いのだけれど、難しい場合は修道院も視野に入れておかなければならないわね。
一般的に貴族令嬢が修道院に入るのは、なにかよほどの事情があるか、もしくは本人の素行に問題があるかのどちらかだ。
そのため世間体はあまりよろしくはないのだけれど、罪人として地下牢で果てるよりもはるかに良いわ。
修道院に入ることも視野に入れて、身の回りのことは自分でできるようになっておいた方が良いわね。
「よし、やるわよ!!」
わたしは日記帳を閉じると、さっそく隣の衣装部屋へと向かった。
次は明日の12時に更新予定です。




