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第2話 シュゼットは、振り返る

本日2回目の更新です。

 まるで水底から引き上げられるように、意識が浮上した。


 ゆっくりとまぶたを持ち上げると、豪奢な装飾の天蓋が目に入った。それは見慣れた自室のものだった。


 わたし、地下牢から出られたの!?

 いえ、そんなはずはないわ。だって、わたしは……


 (かぶり)を振って自身の身に起きたことを振り返る。



 ♢♢♢



 あの日は婚約者であるレナルド様の卒業式典の日だった。

 式典後の卒業生と在校生が出席するパーティーでわたしは凶行に及んでしまった。


 わたし、シュゼットことシュザンヌ・コルネイユには婚約者がいる。


 筆頭公爵家の嫡男、レナルド・ベルクール様だ。


 他の貴族の例にもれず、わたしとレナルド様も政略結婚だったため、お互いに恋情はなかった。


 半ば義務のように親睦を深めるために月に1度お茶会をする程度の関係だった。会話が弾むわけではないので少々気まずいけれど、それでも仲が悪いわけではなかった。


 わたしが学園に入学するまでは。


 1つ年上のレナルド様から1年遅れて学園へ入学すると、ある令嬢がよくレナルド様や王太子殿下の側にいることに気がついた。 


 それがリリアーヌ・バリエ男爵令嬢だった。 


 2年生の筆頭公爵家の嫡男に王太子殿下と、1年生の男爵令嬢。学年だけではなく、身分も大きな隔たりがある両者は、普通ならば接点はないはずだった。


 しかし、学問に秀でたリリアーヌは入学後の最初の試験で首席を取り、生徒会役員に抜擢された。生徒会長は王太子殿下、副会長はレナルド様が務めていた。

 そこから生徒会活動と称して彼らは次第に親密になっていく。 


 リリアーヌは男爵家に引き取られてから日が浅いらしくマナーに未熟な点があり、同級生にうまく馴染めていなかった。そのため、授業以外では同級生よりも生徒会の面々と過ごす時間が多くなる。


 それが彼女の立場をさらに悪くすることとなった。


 次第に「マナーも覚束ない平民上がりのくせに」「男爵令嬢のくせに身分を弁えず生徒会の方々にまとわりついて図々しい」との声が上がるようになる。その中には「婚約者であるシュザンヌ様を蔑ろにするなんて」という声もあった。 


 その声が大きくなるにつれ、わたしがそれらの不満の旗印にされるようになる。王太子殿下にはまだ婚約者がいらっしゃらなかったことも一因だろう。

 わたしは次第にその声に呑まれていった。


 わたしを蔑ろにするなんて。


 ひと度「蔑ろにされている」と思うと、レナルド様の全ての言動がそう見えるようになってしまった。

 月に1度のお茶会も相変わらず会話は乏しいまま。婚約して1年以上経っても変わらない。


 レナルド様はわたしに興味がないのね。


 友人であるアニエス・オベール子爵令嬢も「シュゼット様、リリアーヌさんをこのまま放置しておいてよろしいのですか?」と度々心配してくる。


 もやもやした不満と焦りが少しずつ積もっていく。 


 決してレナルド様に恋情があるわけではないけれど、蔑ろにはされたくはない。

 婚約者として必要最低限の礼節は守ってほしい。


 今から思えば、月に1度は会っていたのだから、お茶会の時にそう言えばよかったのだ。


 けれど、わたしは積もりに積もった不満を解消することができず、爆発させてしまった。


 その結果が卒業パーティーでの凶行だ。


 パーティーでレナルド様や王太子殿下と親しげに談笑するリリアーヌを見て、最後の(たが)が外れた。


 少しずつ積もっていった不満は、レナルド様の卒業を迎える頃には、どうしてもリリアーヌを排除しなければならないという強い焦りに変わっていた。


 衝動的に手近にあったカトラリーのナイフを掴むと、リリアーヌの背後から勢いよく振りかぶる。


「あなたがいるせいよ……!」

「きゃあ!?」


 手応えは確かにあった。

 けれど、その場にくずおれたのはリリアーヌではなく、レナルド様だった。リリアーヌは少し離れた場所でへたり込んでいる。どうやら隣にいたレナルド様がリリアーヌを咄嗟に突き飛ばして庇ったようだ。


 ナイフの突き刺さった胸元を押さえたレナルド様がくずおれると、あたりに血溜まりができる。


 それを呆然と眺めているうちに、王太子殿下の命により捕らえられたわたしは地下牢へと入れられてしまった。


 季節はまだ肌寒さの残る春の初め。

 陽の光が届かないしんしんと底冷えする地下牢で、防寒具をまとわないドレス姿でいたため、いくらも経たないうちに高熱を出してしまった。


 そうして起き上がれなくなったまま、次第に意識が遠くなっていった。

 てっきりそのまま生を終えるのだと思っていたけれど、次に目を覚ましたら、なぜか自室のベッドで寝ていた。


 レナルド様は王太子殿下の従兄弟であり、王位継承権を有する筆頭公爵家の嫡男だった。だからこそ侯爵令嬢にもかかわらず貴族牢ではなく地下牢に入れられたのだ。

 裁判が開かれたとしても極刑は免れないはず。間違っても自宅に帰れはしない。


「どういうこと? わたしは確かに地下牢にいたはずなのに」


 いつの間に自室に移動したのだろう?

 それに、高熱に浮かされて鉛のように重かった体が嘘のように軽い。


 ふと、ベッド横のサイドテーブルを見ると、日記帳が目に入った。幼い頃から毎日つけていたものだ。

 何とはなしにそれを手に取って記入された最後の日の日付を見てわたしは固まった。


「2年前……?」


 日記帳の最後のページの日付は2年前、リヴィエール王国歴984年4月だった。

 卒業パーティーは王国歴986年3月の最初の日。この間もずっと1日も欠かさず日記をつけてきたはず。

 一体どういうこと?

 今はいつなのだろう?


 コンコン


「どうぞ」


 聞こえたノックの音につい条件反射で返事をしてしまった。


「失礼いたします。おはようございます、シュゼット様。朝のお支度のお手伝いにまいりました」


 扉からしずしずと入ってきたのは、わたし付きの侍女の1人のエメだった。わたしよりも2つ年上で、最も信頼している侍女だ。そのため、家族と同じように愛称で呼ぶことを許可している。


「エメ、わたしはどうしてここにいるのかしら? それと今日はいつかしら?」

「どうして……でございますか」


 困惑した表情のエメをじっと見つめて答えを待つ。


「昨夜、シュゼット様がベッドにてお休みになられたからかと。そして、本日は984年4月末日でございます」


 984年4月末日。卒業パーティーの約2年前だ。

 

 エメがわたしに対して不要な偽りを述べることは絶対にない。となれば、考えられるのは1つ。

 にわかには信じがたいけれど、時が遡っているらしい。


 一体どうしてそんなことが起きたのかしら?


「……シュゼット様? お加減が優れないのでしょうか?」


 黙って思案に暮れていたわたしを訝しんだエメが心配そうに尋ねる。


「……いいえ! なんでもないわ。寝ぼけてしまったみたい。それよりも、支度を手伝ってくれる?」

「かしこまりました。本日は午後よりベルクール公爵家のご令息レナルド様のご訪問がございますが、お召しものはいかがなさいますか?」

「え!? レナルド様が今日いらっしゃるの!?」


 レナルド様と初めて顔を合わせたのは確か初夏頃だったはず。婚約自体は彼の学園入学前に済ませていたけれど、入学直後は慌ただしいため、顔合わせは落ち着いてから行った記憶がある。


 時が遡ったからといって以前と全く同じとは限らないのかしら?

 取り敢えず、落ち着いて考える必要がありそうね。


「シュゼット様? いかがなさいました?」

「……なんでもないわ。今日は先日新調したクリーム色のドレスにしてちょうだい。朝食は要らないからお茶だけお願いできる? そうしたらしばらく1人になりたいから下がって大丈夫よ」



 ♢♢♢



 1人になったわたしは、エメが入れてくれた紅茶を飲みながら、日記帳を読み返した。

 レナルド様と婚約した日。

 顔合わせ用にドレスを新調したこと。


 2年前のことなので正確な日付は覚えていないけれど、おおよそ記憶通りの時期だった。

 今のところ異なるのは今日のレナルド様との顔合わせの時期だけだ。


 過去に戻ったのは疑いないとして、その過去は以前わたしが経験したものと完全に一致するわけではないのかしら?


 もしそうだとしたら、今後わたしが行動を変えれば、あの愚かな未来を変えられるのかもしれない。


 変えられるのだとしたら、なんとしてでも変えたい。


 まずは今日のレナルド様との顔合わせで時を遡る前とは違う言動をして、未来が変わるのか試してみましょう。


 そう決めると、開いていた日記帳を閉じて、ぬるくなったティーカップの紅茶を飲み干した。


本日18時にも更新予定です。

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