03.幼稚園の女王に君臨する①
2回目の幼稚園の面接の日、コバヤシ家を含めて4家族が参加していた。女の子が1人と男の子が2人。男の子は2人ともやんちゃ盛りで活発であった。対するもう1人の女の子は大人しそうな雰囲気であった。私は、面接が始まる前から女の子をマークしており、2次試験ではその女の子と一緒に遊ぶことを決めていた。
面接に行く前に、父と母からは「お行儀良くするんだよ」「楽しくお友達と遊ぶのよ」とインプットを受けている。周囲に迷惑をかけないようお利口にし、前回の敗因であるお遊びを完遂すれば、託児所からは解放される。私はぎゅっと拳を握り、己を鼓舞した。
「さあ、それでは始めましょう!皆さん本日はお集まりいただきありがとうございます。自己紹介からしていきましょうかね」
園長先生らしき人が出てきて、大きな声で呼びかけた。家族ごとに順に座らされ、それぞれ自己紹介をした。目をつけていた女の子はアカリちゃんというらしい。私もできるだけ元気に自己紹介をした。
4人とも、名前は無事に言うことができ、その後年齢や好きな食べ物、好きな遊びなどいくつかの質問に答えた。前回はひと家族ずつ個別に面接をしたのだが、今回は同じ部屋で合同で行われた。企業面接でいうところの、合同面接形式であった。
「皆さん、上手にお名前は言えましたね。それでは、先生はお父さん、お母さんとお話がありますので、みんなはこっちで遊んでいてください」
園長先生はそう言うと、親を子どもから引き剥がした。私はアカリちゃんの元に真っ先に向かい、「あーそーぼ!」と呼びかける。
「いいよっ」
と小さく返してくれた。それからアカリちゃんとはしばらく人形を使ったごっこ遊びをした。しかし、アカリちゃんは急に私の太ももをつねって「これ、私の。返して」と私が使っていたうさぎのぬいぐるみを奪い取った。それからというもの、自分が少しでも気になったものは全て私から「返して!」と言い理不尽に怒ったりと、打ち解けてから急に本性を表したタイプの、かなり内弁慶な子であった。というか、凄く嫌な奴であった。
ちなみに、男の子2人は終始部屋の中でかけっこをしていた。能天気に楽しんでいる2人を恨めしく思いながらも、意地悪ばかりしてくるアカリちゃんの機嫌を取りながら遊び続けた。
「はい!先生とお父さん、お母さんのお話は終わりです。皆さんお疲れ様でした。今日はこれで終わりで、今度の4月から皆さんはこの幼稚園に通ってもらいます。一緒に遊べるのが楽しみですね」
そう園長先生は言った。後から聞いた話だったが、4人しか受験生がいなかったのでよっぽどの事がない限り落ちることはなく、合格は最初から決まっていたらしい。面接とお遊びの実技試験は、子どもの特性を把握するためであったようだ。
「ごーかく?やったああ!」
私の両親よりも喜んでいる私の姿を見て、園長先生も微笑んでいた。私は、託児所に行かなくて良くなったことがたまらなく嬉しくかった。決して、幼稚園に行けることを喜んだ訳ではなかったが、誰よりも喜んだ。
「今後ともよろしくお願いしますー」
4人の子どもたちは同級生になる。親達は、面接後の幼稚園の園庭で挨拶を交わしていた。ふと園庭を見ると、先程面接で一緒に遊んだアカリちゃんが、ダンゴムシを観察していた。
私はアカリちゃんに近寄り、「アカリちゃん!」と言って握手の要領でアカリちゃんの左手を両手で掴んだ。私がニコリと微笑むと、アカリちゃんも動揺しながらも少し微笑んだ。私は、アカリちゃんの左手を両手で持ったまま回れ右をした。そして、アカリちゃんを腕ごと左肩で担ぎ、背負い込んだ。人生で初めての背負い投げである。
背負って投げるというよりは、強引に引っ張り投げるに近い不格好な背負い投げであったが、それでもアカリちゃんは完全に不意打ちをくらい前方へ転がり飛んでいった。
「つねられて、痛かった。しかえしだよ!」
私はアカリちゃんにそう言い放った。
アカリちゃんは何が起こったのか分からないというようにキョトンとしたのち、目から大粒の涙を流し「あぁーーーーん!」と大泣きした。ざまぁみやがれ。そう思った瞬間、私は全速力で駆けてきた母の平手でぶっ飛ばされていた。
途中入園だったこともあり、友達は全くおらず不安ではあった。しかし、入園式の日から私が投げ飛ばしたアカリちゃんは金魚のフンのように私にべったり引っ付いて離れなかった。どうやら、入園前から舎弟を作ることに成功していたらしい。
幼稚園の園庭には人気の遊具がいくつかある。その中でも、汽車の遊具は人気があった。汽車はいつも活発な子たちに占拠されており、途中入園の新参者には入り込む隙はないように感じられた。
しかし、入園前に『アカリちゃんを懲らしめた』という良くない成功体験を積んでしまった私は、怖いもの知らずだった。『私は強い子』という思い込みが強烈な動力となり、私は汽車の遊具で遊ぶ子どもたちを押しのけ、車掌になることに成功していた。もちろん、舎弟……もとい、副車掌のアカリちゃんも私の腰巾着となり他の子どもたちによる汽車の利用を妨げた。
流石は私立の幼稚園、ハードボイルド託児所と違い通っている子どもたちもお利口な子が多く、私が強く言うとみんな抵抗はしてこなかった。入園から程なくして、私には使えないおもちゃ、遊べない遊具はなく、まさに幼稚園の女王、逆らう者はいない無敵の状態となるのであった。