6話 ライバル
「――ん」
次に目を開くと、そこは武具顕現の儀の会場だった。
俺の手には女神より授けられし神剣、エルヴェリアがあった。
この体にはやや大きいが、不思議と良く手に馴染む。
ああ、早くコイツを使ってみたい。いつだってはじめてのものに触れた人間の好奇心は抑えきれるものではないのだ。
そんなことを思いながら振り返ると、子供たちが若干怯えた様子でこちらの同行を窺っていた。
待機場所よりもかなり後ろに寄っている上、壁際に張り付いている奴もいるな。
ああ、思い出した。エルヴェリアを顕現させたときに発生した謎現象のせいか。
ったく、女神の野郎。くれるなら普通に寄こせよな。この状況どうすりゃいいんだ?
――それじゃ面白くないじゃない。遊び心ってものを知らないの?
「あ?」
どこからか幻聴が聞こえた気がするが、気にするのはやめよう。
さて、無事目的は達成した訳だが、このまま何も知らないふりして退室してもいいだろうか?
頭を掻きながらこの状況の打開策を求めて思考を走らせていると、一人の少年が俺の前へと歩いてきた。
コイツは確か――
「おいお前」
「はい?」
「名前は?」
「え? ああ、レオン・アルヴェインと申します」
「アルヴェイン――伯爵家か。お前の顔、覚えたからな」
「えぇ……?」
つい先ほど聖剣エクリシオンを手に入れた公爵家の少年、アレクシス・フォン・ルクス。
彼は苛立ちを隠そうともせず、整った顔を歪ませながらこちらを睨みつけている。
俺が神剣を顕現させたことが気に入らなかったのだろうか。
それとも余計な演出のせいで場を乱したことに怒っているのだろうか。
「先ほどの剣――エルヴェリアだったか。ふんっ、あんな派手な顕現を果たしたにもかかわらず、それに似合わぬみすぼらしい色だ。だが、僕の聖剣エクリシオンの顕現より目立ったのは気に食わない」
「そんな事を言われましてもね……」
「本来ならば今すぐ決闘を申し出るところだが、お互い武器を得たばかりの身だ。この状態で戦っても、元来の剣術の才能の差で僕が勝つに決まっている。それでは意味がない」
おぉ、すげえ自信だ。まあ体つきを見ればそれなりに鍛えているのは分かるが、俺だって負けないくらい鍛えているぞ?
そんな事を思っていると、アレクシスは思いっきり人差し指をこちらへと突き出した。
「いいか、レオン! 今日からお前を特別に僕のライバルにしてやる。だからその剣を必ずや使いこなし、いつか僕と決闘しろ。完膚なきまでに叩きのめしてやるから、その日までにお前はせいぜい僕の輝ける人生を彩るために相応の実力を身に着けておくんだな!」
「そ、そんな無茶苦茶な……この剣はランク測定不能なんですよ??」
「ふん。どうせ秘めたる力が強すぎて測定できなかったと言ったところだろう。それこそSランク武器であるこの聖剣エクリシオンを超え得るポテンシャルを秘めた、な。気に食わないけどな」
「――!!」
こいつ、どうやらただのバカという訳ではないらしい。
エルヴェリアがただのイレギュラーな武器として片付けるのではなく、そのポテンシャルを見抜いたか。
確かにこれは女神より授かりし神剣。前世の俺の力の結晶なのだ。もちろん弱いわけがない。
言い方は悪いが、子供ならランク測定不能のよく分からない剣をSランクより上と見ることは無いだろうと思って言ってみたのだが、俺はどうやらこのアレクシスという少年を侮っていたらしい。
「だが必ずや証明して見せよう。聖剣エクリシオンを手にした僕の方が上だとな」
「…………」
「ふっ、それじゃあな。また会おう。次は学園でな」
言うだけ言って、アレクシスは会場を後にしてしまった。
周りの子供たちはポカンとした顔でこちらを見ていたが、すぐにざわつきだした。
こちらを見ながら、あれこれ好き放題言っているようだ。
やれ公爵家に目を付けられたならアイツは終わりだとか、本当にSランクオーバーなのかとか。
このままでは居心地が悪くて仕方がないので、俺は司祭に軽く頭を下げて彼と同じくこの会場を後にすることにした。
「レオ! おかえり! もう終わったの? さっきすごい地震があったけど大丈夫だった?」
「エリシア姉さま! 一応無事……と言えるかは分からないけど、終わりました」
「そう。なら良かったわ。それで、その剣。顕現で手に入れたのね?」
「えっと、はい。名前はエルヴェリアと言うそうです」
「へぇ……地味だけど美しい剣じゃない」
部屋の外へ出ると、引率として付いてきてくれていたエリシア姉さまが出迎えてくれた。
お父さまがわざわざ付き人を用意してくれたというのに、心配だからあたしも付いていくと言ってわざわざこの時のために数日間学園を休んできてくれたらしい。
端正な顔立ちで気が強そうなイメージを受けるエリシア姉さまだが、中身は兄さまたち同様とても優しいのだ。
差し出した神剣エルヴェリアをひと通り見終えると、丁寧に俺へと返してくれた。
そして、中で起きたことをある程度掻い摘んで伝えると、姉さまは少し驚いたような、困ったような表情で首を傾げた。
「ランク測定不能の剣、そしてルクス公爵家のご子息に目を付けられた、ね。まさかそんな事が起きてたなんて」
「えっと、すみません。僕のせいで面倒なことになっちゃって……」
「いいのよ。レオが悪いわけじゃないんだから。でも少し困ったわね。そのアレクシス様は、学園で会おうっておっしゃったのよね?」
「えっと、はい」
「……レオには申し訳ないんだけど、お父様は多分、アレクシス様と同じ――つまりあたし達が通ってる学園にレオを入れる予定は今のところないはずなのよね……」
「あっ、そういう……」
確かに、次男、長女まではともかく、三男坊まで高額の学費を払ってまで王都最大の学園に通わせる必要性は薄い。
そうなるとアレクシスとの約束(?)を果たすのは無理ということになるが、果たしてどうしたものか。
エリシア姉さまは少しの間頭を悩ませていたが、考えるのをやめたのか、俺の頭にポンと手を置いて笑顔でこういった。
「まあいいわ。とりあえず帰ってからお父様に相談しましょ」
「そ、そうですね!」
「ひとまずお疲れ様、レオ。帰りに何か甘いものでも食べていきましょ」
「いいんですか! ありがとうございます!」
学園に通えないなら通えないで俺としては一向に構わないと思っていたのだが、公爵家に目を付けられるというのがどういう意味を持つのか、この時の俺はまだ理解できていなかった。