1話 幸福な転生
次に目を覚ますと、銀髪の若い女性が真上から俺を覗き込んでいた。
女性というものに疎い俺でもわかるほどの美女だ。
更にあとから筋肉質な茶髪のイケメンが反対側からこちらを覗き込んできた。
珍しい奴らだ。俺の顔を見た人間は大抵気味悪がるものだが、不思議なことにこいつらはどこか慈愛に満ちた表情をしながら俺を見ている。
「------」
「------------」
「--------」
ん、何かしゃべっているが、なんて言っているのか分からねえ。
神霊召喚の手がかりを集めるためにあらゆる国を巡った俺は、現存する大半の言語を覚えたのだが、もしかしてここは俺が行ったことのない超辺境の国なのか?
そんなことを考えていると、女性のほうが俺の体を持ち上げて抱きかかえた。
更にその豊満な胸を露出させて俺の顔を押し付けてきた。
いきなり何をするんだと思ったが、俺の体は俺の意思に関係なくそれを吸い出し始めた。
(……そうか、俺、転生したんだ)
ここになってようやく気付いた。
今の俺の体は赤ん坊。道理で体が思うように動かないわけだ。
だが、あの女神はどうやらちゃんと仕事をしてくれたらしい。
幸いなことに生まれてすぐ捨てられることもなく、気味悪がられてもいない。
これだけでも若干満足しかけている自分の幸福ラインが低すぎて泣けてきた。
「------」
「------------!!」
相変わらず何言ってるかさっぱり分からないが、言語はゆくゆく覚えていけばいいだろう。
これでも魔法使いの端くれ。勉強は得意なんだ。
♢♢♢
あれから7年が経ち、俺は7歳の誕生日を迎えた。
前世でもそうだったが、何かに夢中になっていると時の流れというのは早いものだ。
ハイハイを卒業し、ある程度自由に動き回れるようになった俺は、両親の目を盗んで本を読み漁ったり使用人たちに怪しまれない程度にいろいろと質問をしてみたりすることでこの世界の情報を少しずつ集めていった。
言語に関しても、耳に入った言葉を赤ん坊のころから分析し続け、2歳になるころにはほぼ完全に理解できるようになり、3歳になるころにはちゃんと話すことが出来るようになった。
幸い、前世の俺の忌まわしき右半身や周囲から魔力を奪い取る性質などは一切引き継ぐことなく、ごく普通の人間として生まれ変わることが出来たおかげで両親に追い出されることなく今日まで生きることが出来ている。
そんな俺の今生の名前は、レオン・アルヴェイン。
王都近郊に領地を持つアルヴェイン伯爵家の三男に生まれた。
つまりは貴族の息子ということで、確かに女神の言う通り比較的恵まれた生まれと呼べる転生を果たすことが出来たわけだが、三男坊である俺は家督を継ぐこともなく、特段将来を期待されているわけでもない。
このまま順当に育てば、王国に仕える騎士か役人になる予定らしい。
まあ正直なところ、俺の目的は幸せなセカンドライフを送ることだけなので、面倒な立場も肩書もいらないんだ。
貴族故に飢えなどに苦しむこともなく、兄弟の中で最も自由な生き方が出来る可能性が高いことからある意味最上級の当たりと言える転生だな。
そして何より、俺が既に今回の転生に満足している最大の理由がある。
それは――
「やあレオ、ここにいたんだ」
「あっ、ジーク兄さま。もう帰っていたんですね」
「ああ。少し早めに帰ってきたんだ。なんと言っても今日は大事な弟の誕生日なんだからね」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「それじゃあ俺は、一度父上のところに挨拶に行くから、またね。あんまり本を読み過ぎると頭が痛くなるから、ほどほどにするんだよ」
「はい!」
明るい茶髪が特徴的な好青年、ジークフリート・アルヴェインは、俺の8つ上の兄にあたるアルヴェイン公爵家の次男だ。
その温厚そうな顔立ちに違わず、とっても家族思いで優しく、それでいて優れた槍術の腕を持つ将来有望な戦士でもある。
現在は王都の学園に寮生活をしながら通っており、今日は特別な日ということで一時的に帰宅してきたようだ。
年が離れた兄ではあるが、俺のことをとても可愛がってくれているため、俺も困ったことがあれば真っ先に頼りにするようにしている。
「あら。こっちからジークの気配がしたから来てみたのだけど、行き違いになったかしら」
「お母さま。ジーク兄さまならお父さまに挨拶に行っちゃいましたよ」
「あらそうなの。ところでレオはまた難しいご本を読んでいるの?」
「はい。この前読んだ本の続きを見つけたので、読ませていただいてます」
「もしかするとヴァルター以上に賢くなっちゃうのかしら」
「そんな。僕なんてヴァルター兄さまには遠く及びません」
「ふふっ、その年で謙遜なんて、いったいどこで覚えたのかしら。我が子ながら成長の速さに驚いちゃうわ」
ジーク兄さまの後を追うように現れた白銀の髪を持つ美女、彼女こそが今生の母親であるセラフィーナ・アルヴェインだ。
子供5人を生んだとは思えないほどの若々しさを持つ彼女だが、俺を見る眼には慈愛が満ちており、間違っても俺を捨てるような人には見えない。
普段から笑顔を絶やさない人だが、それでいてどこかミステリアスな雰囲気を持つ不思議な人で、やや異常ともいえる速度で成長しているはずの俺にも、どこか余裕がある様子で接してくれる。
ちなみにヴァルター兄さまというのは、アルヴェイン伯爵家の長男であるヴァルター・アルヴェインのことで、ジーク兄さまとは対照的に冷静沈着で知略に長けた優秀な次期領主候補筆頭である。
「さて、私は準備の続きがあるから行くわね。勉強熱心なのは偉いけれど、疲れないようにほどほどにするのよ」
「あはは。さっきジーク兄さまにも同じこと言われました」
「あらそう。ふふ、それじゃあ夜、楽しみにしているのよ」
「はいっ!」
そう言って去っていく母の背中を眺めながら、手元の本をぱたりと閉じる。
こんななんてことのないやり取りでも、気が付けば俺の頬は緩んでいた。
前世では俺に好意的に話しかけてくれる人などいなかったので、これだけでも十分に幸せを感じてしまうのだ。
……いや、一人だけいたか。こんな俺にも分け隔てなく話しかけてきた奇妙なヤツが。
今になって思えば本当に変なヤツだった。何度俺が追い払っても、キミのことが心配だとか、魔術教えてくれとか抜かして迫ってきたんだからな。
「……いや、よそう」
やめだやめだ。今の俺は家族に愛されすくすく育つ7歳の少年、レオン・アルヴェインだ。
くだらない前世のことなど思い出すのはやめよう。それに紐づいて嫌なことを思いだしたら、せっかくの記念日の飯がマズくなる。
俺は夜までしばらく時間を潰してから、指定された時間に家族の下へと顔を出した。
そして俺を出迎えたのは、
「レオン! 7歳の誕生日おめでとう!!!」
兄二人、姉一人、妹一人、そして両親の計6人による祝いの言葉だった。
普段はあまり大きく感情を動かさないヴァルター兄さまも、優しくも厳しいお父さまも、今日はとても上機嫌だ。
机の上を見ると、普段はお目にかかれないとても豪華な料理が並んでおり、全員でも食べきれるか分からない大きなケーキも強い存在感を放っている。
我がアルヴェイン家は中堅貴族で、所謂お金持ちではあるが、普段の食事は比較的質素なものだ。
父曰く、我らは領民の血税の上で生きている。故に特別な日以外の贅沢は可能な限り避けるべし、とのことで、こう言った日にしかお目にかかれない料理が並んでいるととてもテンションが上がる。
「レオももう7歳かぁ。早いものね」
「うむ。私の弟に相応しい精悍な顔つきになりつつある」
「レオにいさま! はやくたべよーよ!」
お母さま譲りの美しい銀髪を持つ知的で明るい4つ上の姉、エリシア・アルヴェイン。
次期領主としてお父様の下で領地運営を学ぶ12歳上の長兄、ヴァルター・アルヴェイン。
ジーク兄さまよりも明るい髪色を持つ、天真爛漫な1つ下の可愛い妹、フェリシア・アルヴェイン。
皆俺の大切な兄弟だ。
前世では血の繋がりを持つ人間と接したことがなく、家族を持ったことがない俺にとってはかけがえのない宝物。
俺が欲しかったものの全てがこの場所に詰まっている。
願わくば、死ぬまでこの幸せな空間が維持できますように。それが今の俺の夢、願いだ。
普段は食べられない豪華な食事を楽しみながら、家族全員で盛り上がった後、ある程度場が落ち着いた段階で、父が大きく咳払いをした。
それにより、場が一瞬静寂に包まれる。
この時ばかりは元気が有り余っているフェリもじっと口を閉じて父の言葉を待っていた。
「さて、我が子、レオン・アルヴェインよ」
「はい、お父さま」
「アルヴェイン家の当主として、無事7歳の誕生日を迎えたお前にこれを贈ろうと思う」
我が父、ガラハッド・アルヴェイン。
名君とも呼ばれ、民から慕われる優秀な領主だ。
彼の手には鞘に納められた、この体にはやや大きい一振りの剣が握られていた。
お父さまはそれをゆっくりと俺に手渡す。
前世では体の弱さから全くの無縁だった剣という存在は、この小さな体躯も相まってとても重く感じる。
だが決して落とすなと父の目が訴えているので、精一杯力を込めて腕に乗せる。
前世ではまともに持つことすらできなかったが、今はこうして両手でしっかりと握っている。
こうして剣を渡されたことで、俺もようやくこのアルヴェイン家の一員として認められたような気がして、どこか誇らしい気持ちになった。
「これを渡す意味、お前ならばわかるな」
「はい。アルヴェイン家の子として、民を護るための力を磨くべし、ですよねお父様」
「そうだ。お前は将来騎士になるのか、役人になるのか、はたまた別の道を歩むのかは分からない。だが、貴族の子に生まれた以上、いざというときには民のために前へ出て戦わなければならない。我が一族は、7歳の誕生日を迎えた子には剣を贈り、剣術を教えることを家訓としている。よって翌朝からお前に剣術を教える。良いな」
「はい。分かりました」
ひと通り言い終えると、お父さまは俺の頭に優しく手を乗せ、ゆっくりと撫でた。
「立派に成長してくれることを期待しているぞ。レオ」
「はい! ありがとうございます!」
もう既に厳格なアルヴェイン家の当主の影は薄れ、ただただ優しく我が子の将来に期待する一人の父親の姿だけが残っていた。
それと共に、みんなから大きな拍手が贈られた。
ああ、前世で大きく開いた心の穴が埋められていくのを感じる。
幸せだ。この光景が見たくて、この喜びを得たくて、俺は何十年もの間孤独に研究し続けたんだ。
それが報われていることに大きな達成感を覚えながら、何か言葉に出来ない胸騒ぎを抱えつつも女神へ感謝した。
だが、この記念日に剣を与えられたことが、後々俺の人生を大きく狂わせることになるとは、今の俺には想像も出来なかった。




