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プロローグ 神域の魔法使い

「はぁ、はぁ……げほっ……」

「さっさと消えろ悪魔の子! お前に売るモノなんかねえよ!!」

「なん、で……ぼく、なにも、わるいこと、してないのに……」

「はっ! 恨むんならそんな見た目に産んだ親を怨むんだな! それか神様にでも祈ってみろよ! 次は幸せな人生を送れますようにってな!」

「ぎゃははははっ!! 悪魔の子に来世なんかあるわけねえだろ!!」

「おっとそれもそうだったな! はははははっっ!!」


 ぼくは生まれながらにして、呪われし悪魔の子として忌み嫌われていた。

 右半身全体に悍ましい模様のようなアザが深く刻まれ、右目だけ結膜と瞳孔が逆で、それ以外にも人間を逸脱した様々な特徴を持っていたことから、生まれてすぐに両親に捨てられたらしい。


 その後、ぼくは魔女様に拾われた。

 魔女様は言った。

 お前は良い実験材料になる。だから大きくなって使えるようになるまで育ててやると。


 でも、魔女様は死んだ。

 ぼくが10歳の時に、干からびるようにして死んだ。

 凄い魔術を使う人だったはずなのに、あっさりと死んだ。

 あとで分かったことだけど、どうやらぼくは生きてるだけで近くの人の魔力を吸い取ってしまう化け物だったらしい。

 あの時は魔女様に罰だと言われて何日もご飯を貰えなくて、お腹が減ったぼくはついつい眠っていた魔女様に触れてしまった。

 何度も触るなと言われていたのは、きっとぼくの変な力のせいだったんだ。

 老いた体を魔力で強引に支えていた魔女様は、ぼくに魔力を吸い尽くされて死んでしまった。


 それからはずっと一人で生きてきた。

 どこへ行っても疎まれ、お金があるのにも関わらずものも売ってもらえない。

 ぼくは体が弱く、力も強くなかったから、いっぱい殴られ、蹴られ、奪われ、そして追い出された。

 いっそ死んでしまおうかなと何度も思った。

 でも、あの時吐き捨てられた言葉が、いつまでも僕の耳から離れなかったんだ。


「神様なら、次はもっと、幸せな人生、送らせてくれるのかな……?」


 あの時、ぼくを蹴った人は言った。神様に祈れと。

 でも、ぼくなんかが祈ったって、きっと神様は気づいてくれない。

 だから、ぼくはその日から、神様を呼び出す方法を考えることにした。


 ♢♢♢

 

 あれから、何十年経っただろうか。

 魔女の家で見つけた奇跡の魔法――神霊召喚を実現するために、ありとあらゆる手を尽くしてきた。

 幸いにして、俺には魔法の才能があった。

 この呪われた体は、徹底的に鍛え上げることで無限にも近しいほどの莫大な魔力を扱うことが出来るようになった。

 弱り切っていつ死んでもおかしくない、やせ細ったボロボロの体を魔術で無理に延命しながらも徹底的に研究を重ね、ついに今日、その最後の魔法を行使するためにある場所を訪れていた。

 

 荒廃した大地。天と地を繋ぐような、ボロボロなくせに圧倒的な存在感を放つ巨大で神秘的な遺跡。

 神去(かむさり)の地と呼称されるこの地は、その名の通り神の恵みを失い、もはや人類が生存できる空間とは言えない場所になっていた。

 だが、この地にはまだ地上にいたころの神々が暮らしていた場所らしい。

 今となっては地上を離れ、天へと昇ってしまった神々だが、この地がその天界と地上を繋げる唯一の場所と成り得るだろうと、長年の研究から俺は確信していた。


 俺はくたびれたの大地に超巨大な魔法陣を描き、柱状の魔導具を指定の場所に設置する。

 そして中央に立ち、膝を付き、右手を魔法陣の中心に添える。

 もう何度失敗したか分からない。だけど今回は絶対に成功するという確信がある。

 否、失敗したらもう次はない。次に失敗したら俺の体は耐えきれず、死んでしまうだろう。

 だから絶対に成功させなければならないのだ。


「神霊召喚――頼む!!」


 ほぼすべての魔力を注ぎ込むことで、魔法陣は蒼く輝き始める。

 七色の柱もそれぞれの色を主張するように激しく光りだし、天に向けて激しい稲妻が()()()()()のが分かった。

 精霊すら寄り付かない虚無の大地で魔力を循環させるのは非常に難しい。

 本来ならば複数人で分担してやるべき作業を、俺はたった一人でこなしていた。


「――っあ!?」


 マズい! 魔法陣が暴走し始めた。

 稲妻の勢いが強すぎる。

 このままでは魔法陣が焼き切れて術式が崩壊する。

 俺は飛びそうな意識を強引に引き留めながら、最後の力を振り絞って修正する。

 そして俺の視界が真っ白に染まっていくと同時に、体が急激に軽くなるのを感じた。


(……どうだ? 成功、したのか……?)


 ああ、意識が遠のいていく。

 ダメだ、体がもたなかったんだ。

 もう、指一本動かせない。


「く、そ……おれの、たった、ひとつの、ゆめ……かなえ、たかったなァ……」


 後悔ばかりが募る。いっそあの時死んでしまったほうが良かったのかもしれない。

 それでも、こんなに辛い人生を送り続けてきたんだ。来世の幸せくらい、保証してほしかった。

 そんな想いを抱きながら、俺は意識を失った。


 ♢♢♢


 ――目覚めよ。

 ――目覚めよ召喚者。


 声が、聞こえる。

 なんだ、死後の世界にでもきたのか?


 ――いい加減起きなさい! いつまで寝てるつもりですか!


「はいぃっ!?」

 

 急に激しい声が叩きつけられたことで、慌てて俺は返事をしてしまった。

 ってあれ、体が変だ。手の感覚も、足の感覚もなく、あれだけ体を蝕んでいた全身の痛みも感じない。

 それどころか、何故か体が浮いているような感覚すらある。

 そして目(?)を開いてみると、そこには煌びやかなドレスのようなものに身を包んだ、長い金髪の女性が立っていた。


「もうっ、勝手に召喚しておきながら、いきなり目の前で死ぬなんて、どんな無礼者ですか!」

「え、えっと、すみません……?」

「まったく、今の地上に()()使()()()()()に至る人間がいること自体驚きでしたが……」


 流れがよく分からないが、こいつは一体誰なんだ?

 って待てよ、さっき召喚って言ってなかったか?

 ってことはもしかして、こいつ、神様!?


「仮にも女神に向かってコイツ呼ばわりとは良い度胸をしていますね。まあ、私は寛大なので許してあげましょう」

「心読めるのかよ! 気持ち悪いな!!」

「ほんっっと無礼ですね! 少しは跪いて敬う姿勢くらい見せたらどうなんです!?」

「跪くって言ったって、どうすりゃいいんだよこんな体で!」

「……そう言えば、アナタ霊魂の姿でしたね。はぁ、仕方がありません」


 不機嫌そうなオーラを隠そうともしない自称女神様。

 ということは俺、本当に神霊召喚に成功したのか。

 魔法使いに、なれたのか。


「――で、早い所願いを言ってください。分かっていると思いますが、神霊召喚の魔法で呼び出された神は、召喚主の願いを1つ叶えないと元の場所に戻れないんです。あぁ、その霊魂の姿は特別サービスですからね! そのまま死なれたら願いを聞くことも出来ずにこっちが困るので!」


 人間が魔力を用いる一般的な術を魔術と呼び、魔術を扱う人間を魔術師と呼ぶ。

 それに対して、魔法とは現代の人間では再現不可能と言われている、失われし古代の奇跡のことを指す。

 これを行使する者を特に魔法使いと呼ぶ。

 神霊召喚は既存の魔術では絶対に不可能なので、魔法の領域に分類されるわけだ。


 そして、願いか。そんなものとっくに決まっている。


「転生させてくれ。クソみたいな今世とは比べ物にならないくらい、とびっきり幸せな人生が歩める体に」

「……転生、ですか」

「出来るんだろ? 神様なんだから。俺はそのために何十年もずっとずっと研究し続けてきたんだから」

「……ええ、出来ますよ」

「じゃあ頼む! すぐにでもやってくれ!」


 女神は困ったように顎に手を当てたかと思うと、どこからともなく一冊の分厚い本を取り出して、何かを調べ始めた。

 だが、俺は聞き逃さなかったぞ。女神は確かにできると言った。ならばどんな事情があろうとも絶対にやり遂げてもらわなければ困る。

 これだけのために俺は今日まで生きてきたんだから。


「……そうですね。ここがいいでしょう」

「おっ、転生先が決まったのか!」

「ええ、比較的条件が良く、死産に魂を潜り込ませられる体がありました」

「おお!」

「ですが、その、とびっきり幸せになれるかどうかの保証はできません」

「は? なんでだよ!」

「幸せの定義というのは人によって異なり、それを掴めるかどうかもまたその人間次第だからです。恵まれた生まれだとしても、その後の人生が幸せになれるとは限らないでしょう?」

「…………」


 それは確かにそうだ。

 だが、少なくとも恵まれた生まれだとすれば、クソみたいな生まれの俺よりははるかにましな人生を送れる……はずだ。

 って、待てよ? もし仮に転生先で幸せな人生を送れたとして、俺はそれをどうやって知ればいいんだ?

 転生したら前世の記憶なんて残らないし……そうだ!


「だったら俺の記憶と力を維持したまま転生させてくれ。恵まれた生まれに、俺の知識と経験と力があれば自分で幸せな人生を掴むことだってできるはずだ」

「記憶はともかく、力をそのまま引き継ぐのは無理です。転生先の肉体が耐え切れず崩壊してしまいます」

「じゃあ俺の力をアンタに預けて、堪え切れる年齢になったら返してもらうってのはどうだ?」

「――アンタ、神のことを何でもできる便利屋だと思ってない?」

「違うのか?」

「断じて違うわ! いくら神だって全知全能って訳じゃないのっ!! はぁ……なんでこんな面倒なのに呼ばれたの私……まあいいわ。どのような形になるかはまだ未定だけど、何らかの形で叶えてあげる。言っとくけどこれホントに特別なんだからね!」

「さっすが神様! 命懸けで呼んでよかったぜ」

「はぁ……無礼過ぎて一周回ってどうでもよくなってきたわ……」


 もはや威厳を出すのすら面倒になったのか、やけに砕けた口調になった女神。

 大きなため息をついて頭を抱えつつも指すら触れずに本をペラペラとめくると、どこからともなく表れた羽ペンを走らせて何かを書き込んだ。

 そして本を閉じて放り投げると、それはどこかへと消えてしまった。

 そのままこちらに向かってゆっくりと歩いて寄ってくる。

 これまでの経験から少し警戒してしまうが、残念ながらこちらは移動することは出来ない。

 そして細長い手がこちらに伸びてきた。


「では早速転生させるわよ」

「えっ、もう?」

「なに? 霊魂の姿になってしまったというのに、何か未練でもあるっていうの?」

「未練か。前の体には未練しかないが、今は転生が楽しみで仕方ないよ」

「そう。じゃあさっさと終わらせてしまいましょう。私も早く帰りたいの」


 適当な仕事をされないか心配になってくる物言いだが、今はこの女神を信用するしかない。


「ではいってらっしゃい。あなたの人生が、望み通り幸福を掴める素敵なモノでありますように」


 俺の意識は再び闇に包まれた。

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