7.
舞踏会が開かれている王宮のホール。
そこまで辿り着いたリオは、目を丸くしていた。
煌びやかな盛装に身を包んだ貴族たちが、所狭しと待ち構えていた。
とはいえ、せいぜい五十組たらずだ。
小さなホールに、重臣たちとそのパートナーだけが呼ばれていた。
リオたちが姿を見せると、彼らの視線が彼女に集まる。
視線が自分に集中していると分かり、リオの背中を嫌な汗が伝っていった。
「ねぇミルス、どうして私はこんなに見られてるのかしら」
「お前を披露する夜会、つまりお前が今夜の主役なんだ。
注目を浴びるのは当然だろ。
これでも、参加者数は少ない方だぞ?
――父上にお前を紹介したら、すぐに部屋に戻る。
それまで我慢していろ」
履き慣れない靴でよたよたと歩くリオを、必死に同伴するミルス。
その姿を見て陰で笑う者の気配を、リオは敏感に感じ取っていた。
「なんか、気分が悪いわね」
「諦めろ。例外も居るが、大抵の貴族はああいう生き物だ。そう思っておけ」
ホール中央まで辿り着いたリオとミルスに、一組の男女が近づいていった。
「ミルス、それがお前の番の巫女か」
背後からかけられた声に、リオとミルスが振り返る。
そこには琥珀色の髪を撫で付けた、碧い瞳の男が立っていた。
厳つい容貌と立派な体躯、王者の風格を漂わせ、傍には黒髪の女性を従えている。
リオはその男性に、ミルスと似た空気を感じ取っていた。
瞳を瞬かせて、ミルスに尋ねる。
「これがミルスのお父さん? ――にしては若いわね」
ミルスが苦笑しながらリオに応える。
「紹介しよう。ヤンク兄上だ。
こう見えて、俺たちの二歳年上だ」
リオは唖然とした。
目の前の男が、本当は十七歳の青年と知らされて、信じられなかったのだ。
どう見ても二十代後半に見える。
それほどの威厳と貫禄を、彼は備えていた。
「嘘……これで十七歳?
何かの間違いじゃなくて?」
リオの目の前の男――ヤンクも、苦笑を浮かべてリオに応える。
「これでも一応、気にしてるんだ。
老け顔のことは、余り言わないでくれると助かる」
リオもその言葉で我に返り、慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 信じられなくて、つい。
でも、それなら本当に十七歳なのね。
王様と言われても納得してしまいそうな風格を感じるわ」
ミルスが自慢げにリオに応える。
「そうだろう? 次代の王はヤンク兄上しか考えられない。
兄上になら全てを託せる。
俺はそう思ってる」
ヤンクは寂しそうな瞳でミルスを見つめた。
「ミルス、お前はまだそんな事を言っているのか。
王者の器なら、お前だって私に負けないものを持っている。
私はお前と本気で勝負がしたいのだ」
「――そうよ! 戦う前から怖気づいて勝負を放棄するだなんて!
王どころか、男の資格もないわ!
しかもこれ程の人に勝負を望まれていて、それでもわざと負けようだなんて!
恥ずかしいとは思わないの?!」
ヤンクの言葉に乗っかるように、リオがミルスを責め立てた。
ミルスはバツが悪そうに顔を背けて応える。
「……俺は、敬愛するヤンク兄上と殺し合いなどしたくない」
リオは呆れ返り、黙ってため息をついた。
ヤンクがそんなリオに告げる。
「すまないが、ミルスの番の巫女よ。
名前を教えてもらえないか」
リオはヤンクに顔を向け、笑顔で名乗りを上げる。
「私はリオ。リオ・マーベリックよ。
よろしくね、ヤンク王子」
ヤンクはリオの笑顔を見つめて目を細めた後、微笑んで応える。
「……リオ。お前なら、ミルスを立ち直らせる事ができるかもしれないな」
リオはきょとんとして尋ねる。
「立ち直る? 昔は違ったの?」
ヤンクはうなずいて応える。
「二年前までは、ミルスはよく私に挑みかかってきていた。
『兄上を超えるのは俺だ』と、口癖のように言っていたくらいだ」
リオには全く想像できなかった。
二年前と言えば、ミルスは十三歳のはずだ。
そんな幼い時から、おそらく今と大差なかっただろうヤンクに挑みかかる。
勝ち目など、ある訳がない。
それなのに勝負をふっかけるような気概など、今のミルスには欠片も見当たらないからだ。
「どうしてそんな元気な子が、今みたいな腑抜けになってしまったのかしら」
「二年前、エルミナが成竜の儀に参加してからだな。
エルミナは姑息な手段でもためらわず使ってきた。
そんなエルミナの姿を見て、成竜の儀に嫌気がさしたのだろう。
ミルスはエルミナも敬愛していたからな」
ミルスが苛立ちながら声を上げる。
「ヤンク兄上! 余計なことは言わなくていい!
――俺はあなたに負ける。
それで俺の成竜の儀は終わりだ。
それでいいんだ」
気まずい沈黙が辺りを支配した中、老年の男性の声が静寂を破る。
「ミルスは相変わらずか」
リオが声に振り返ると、ヤンクとよく似た老年の男性がそこに立っていた。
だが王者の風格はヤンクを遥かに上回る。
年老いても屈強な体躯は衰えを知らず、若いヤンクですら霞みそうな程だった。
リオは直感で、これが国王だと理解した。
周囲の人間が国王に向き直り礼を取っていく。
リオはその中でただひとり、頭を上げて真っ直ぐ国王を見つめていた。
「あなたが国王陛下ですか?」
国王が鷹揚にうなずいた。
「ああそうだ。私が当代の竜将、つまり国王のワイトス・ウェラウルムだ。
君がミルスの番の巫女、リオだね。
新しい義娘という訳だ」
リオは肩をすくめて応える。
「私はリオ・マーベリックよ、国王陛下。
ミルスのような腑抜けた男のお嫁さんになんて、なるつもりはないわ。
例え神様の言いつけだとしても、私はそこを譲るつもりはないの」
呆気に取られる周囲をよそに、国王は大笑いをしてみせた。
「ハハハ! 元気なお嬢さんだ!
君を見ていると、二年前のミルスを思い出すよ。
どうか君が、ミルスを導いてやってくれ」
それだけ言うと国王は身を翻し、その場から離れていった。
――私がミルスを導く? どういう意味かしら。
リオから離れた場所で、国王は王妃や重臣たちと懇談を始めた。
そんな国王を遠目で眺めていると、背後から男性の声が響き渡った。
「せっかく得た番の巫女から、早速の絶縁状か?
滑稽だな、ミルス」
――エルミナ?!