4.
リオが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
周囲を見渡すとベッドの周囲には、夕日に染まったカーテンが引かれている。
そこは、学院の養護室の様だった。
リオはゆっくりと上体を起こし、重い頭を押さえる。
記憶を手繰り、気を失う直前の出来事を思い出していた。
「……なんだったのかしら。
成竜の儀って、兄弟で殺し合いをするものなの?」
「目が覚めたのか?」
カーテンの向こうから、ミルスの声が聞こえた。
すぐに彼が目の前に姿を現す。
「急激に強い力を使った事による、軽い魔力酔いだそうだ。
お前、巫女の力を使ったのは初めてか?」
リオは赤い瞳を瞬かせ、小首を傾げてミルスに尋ねる。
「ねぇそれよりも、あなたは誰なの? 足の傷は大丈夫だったの?」
ミルスは苦笑を浮かべて応える。
「自分の事より他人の心配か。
――俺はミルス・ウェラウルム。この国の第三王子だ。
お前は編入生なんだってな。リオといったか。
今朝はお前のおかげで助かった。礼を言う。
足は応急処置をした。痛みはあるが、もう問題はない」
リオが再び赤い瞳を瞬かせた。
「……王子様?」
ミルスはバツが悪そうに目をそらして頷いた。
「そうだ。一応、王族で末弟をやってる。
よく『王族らしくない』とは言われる。
驚かれるのも、慣れている」
リオがミルスの足の傷に目をやると、血がにじんだ包帯が巻かれていた。
「ねぇ、ここは養護室なのでしょう?
治癒の魔導術式を使える養護教員は居ないの?」
ミルスはため息をついて口を開く。
「やっぱり、成竜の儀のことを何も知らないんだな。
成竜の儀で負った傷を、番の巫女以外が癒すのはルール違反だ。
養護教員ができるのは、魔導を使わない応急処置ぐらいなんだよ。
――それとも、お前が癒してくれるのか?」
リオは小首を傾げて尋ねる。
「私が癒すって、どういう事かしら。
私はまだ、治癒の魔導術式を習ってないわよ?
それにさっきから口にしてる『巫女』って、どういう意味なの?」
ミルスはベッド脇の椅子に腰を下ろし、説明を始める。
「お前みたいに、強い創竜神の加護を祈れる女を『竜の巫女』と呼ぶんだ。
成竜の儀に参加する王族の男子は、竜の巫女と番になって戦い抜く。
最も強く創竜神の加護を受けた王子が『次の竜将』、つまり王になる。
――それが成竜の儀だ」
リオが三度、赤い瞳を瞬かせた。
「今、番と言わなかった?
それって、王子様のお嫁さんを決めるって事?」
ミルスが黙ってうなずいた。
リオは呆気に取られ、ミルスを見つめた。
「この国って随分変わってるのね……。
その竜の巫女って、とっても大変そう。
あなたが素敵なお嫁さんと出会えるように、祈っておくわね」
ミルスが白い目でリオを見つめた。
「何を他人事みたいに言ってやがる。
お前が俺の番の巫女なんだよ」
「は?! そんな事を承知した覚えもないし、申し込まれた覚えすらないんだけど?!」
未だ事態を理解していないリオに、大きなため息をついたミルスが説明する。
「――あのな? よく聞けよ?
竜将候補である王子に力を貸せるのは、番になった巫女だけなんだ。
お前は俺に力を貸して、エルミナの攻撃を防いだ。
お前と俺の意志に関わらず、あの時点で創竜神が俺たちを番として認めた事になるんだよ」
「神様が勝手に番を決めちゃうの?!」
ミルスが不本意そうにうなずいた。
「俺たちの意志は全く関係ない。
王子に相応しい巫女を創竜神が選ぶんだよ。
俺は『巫女探しの儀』をやってこなかった。
だから巫女が居なかったんだ――朝まではな」
リオが恐る恐るミルスに尋ねる。
「その巫女って、途中で辞める事は――」
「できない。神の決定に逆らえるわけがないだろう?
成竜の儀が強制参加なのと一緒で、巫女にも拒否権はない」
リオがまた赤い瞳を瞬かせた。
「成竜の儀が強制参加?
その言い方……もしかしてミルス、参加したくないの?」
ミルスが再び苦笑を浮かべて応える。
「やっぱり、自分の事より他人の事が気になるのか。
――そうだよ。俺は参加する気がなかった。
兄弟で殺し合うなんて、俺だって嫌だよ。
巫女が居ない状態で、適当に大怪我を負って脱落するつもりだった」
「大怪我?! そこまでしないと負けたことにならないの?!」
「正確には、魂が持っている竜将の証を奪われたら負けだ。
相手を殺すか、魂から直接奪い取るかすればいい。
奪われる方は大怪我は免れない。
俺は高等部に上がったらすぐにヤンク兄上に負けるつもりでいたからな。
エルミナ兄上はそれを防ぎたかったんだろう。
竜将の証を奪う程、力が強くなるからな」
夕日に染まる養護室で、リオはミルスから言われていたことを整理していた。
成竜の儀が実質の王位争奪戦で、兄弟で殺し合いをする凄惨な戦いである事。
ミルスは第三王子で、成竜の儀の参加者で在る事。
リオはそれに巻き込まれ、ミルスの番とされた事。
竜将候補の傷を癒せるのは、番の巫女だけである事。
「……まだ理解が追い付かないけど、私にならミルスの足の怪我を癒せるということよね?
やり方は知ってる?」
ミルスは肩をすくめて応える。
「俺も知らん。
朝、お前が防御障壁を張った時は何をしたのか覚えてるか?
同じようにやってみろ」
――朝は確か、創竜神様に祈りを捧げたのよね。
つまり、ミルスの傷が癒えるように祈りを捧げればいいのかしら。
リオは手を組み、目をつぶって創竜神に祈りを捧げ始める。
――創竜神様、どうかミルスの足から痛みを取り除く加護をお与え下さい。
祈りと共にミルスの足が光り出し、瞬く間に消えていった。
リオがそっと目を開けてミルスに尋ねる。
「……どう? 怪我は治った?」
ミルスが半笑いで足から包帯を取って見せる――そこには、傷一つない足があった。
そしてミルスは、手近な所にあった手鏡を取り上げ、リオに手渡す。
「ほら、自分の瞳をよく見てみろ」
リオが手鏡を受け取り覗き込んでみると、そこには金色の瞳を持つ彼女の顔が映っていた。
「……なにこれ。
なんで瞳の色が変わってるのかしら」
「竜の巫女が力を使うと、瞳が竜の瞳――つまり金色になるんだ。
それが竜の巫女の証でもある。
巫女が力を使える対象は、自分自身か番の竜将候補だけだ。
つまり今、お前は俺と番であることを確認した。
――その意味は分かってるか?」
リオが固唾を飲み込んで応える。
「……私、ミルスのお嫁さんになるの?」
「正確には、もう『なってる』んだ。
創竜神が番と認めた時点で、お前は俺の妻、つまり第三王子妃だ。
お前も不本意だろうが、俺も不本意だ。
だがこれは、法律でも定められている。諦めろ」
夕方の養護室に、リオの絶叫が木霊した。