1.
赤い絨毯が敷かれ、綺麗に清掃された廊下。
春の陽射しが差し込む中を、一人の少女と大人の女性が歩いている。
紫紺の髪の女性が少女に語りかける。
「リオ・マーベリックさん、こんな時期に編入生だなんて珍しいですね。
今は三月、進級後の新学期からでも良かったのではありませんか?」
赤い髪の少女――リオがはにかんで応える。
「私はこの国に来て、間がありません。
叔父が『この国の事を知りたければ、この学院に通うのが手っ取り早い』と言うものですから。
イグレシアス先生は、それがどういう意味か分かりますか?」
女性――イグレシアスがそれに微笑んで応える。
「そうですね……この学院は我が国の王族が通う学院。
確かに、このウェラウルム王国を知るには、一番の近道でしょう。
あなたの叔父であるエウルトル卿が言う事は間違っていません。
ですが、きっと驚かれると思いますよ?」
リオはその赤い円らな瞳をぱちくりと瞬かせ、きょとんとした顔で尋ねる。
「驚くとは、どういう意味でしょうか?」
イグレシアスが優しい笑みで言葉を紡ぐ。
「この学院には三人の王族が所属してらっしゃいます。
その三人の王位継承順は全員が一位です。
これだけで、他の国と異なるのが分かるでしょう?」
王位継承順は通常、高い者から優先的に王位が継承される権利を持つ。
それが全員一位では、誰が次の王位を継ぐのか、事務的に決めることが出来ない。
再びリオが、赤い瞳を瞬かせ、小首を傾げる。
「それはいったい、どういう事なのですか?
それでは国王陛下に何かが起こった時に、困るのではないですか?」
イグレシアスは楽しそうに微笑みながら応える。
「その為の『成竜の儀』です。
リオさんは平民だと聞いています。
きっと成竜の儀のことも知らないでしょう?」
リオの叔母が隣国の伯爵に見初められ、嫁いだ先がエウルトル伯爵家だった。
平民のリオは、隣国の事など噂でわずかに聞いたことがあるだけだ。
だがその中に、『成竜の儀』などという言葉は含まれていなかった。
リオは素直に首を横に振る。
「私はこの国の事を何も知りません。
聞く機会もありませんでしたから」
「そんなリオさんが、どうしてこの国に来たのかしら?」
リオは苦笑を浮かべながら応える。
「父と母が先月、事故で亡くなりました。
他に親族も居なかったので、叔母や叔父が居るこの国にやってきました」
イグレシアスは沈痛な面持ちで応える。
「ごめんなさい……辛いことを言わせてしまいましたね。
一か月では、まだ気持ちの整理も付いていないでしょう。
――ですが、それならばエウルトル伯爵家に引き取られたのではないのですか?」
リオは再び首を横に振った。
「十五歳まで平民として育った私が伯爵家に入っても、貴族として生きて行けるとは思えません。
叔母と叔父からは支援を受けていますが、私は平民としてこの街に移り住んできたのです。
幸い、この学院は学生寮もあるとの事なので、今日からそちらにお世話になります。
学院卒業後も、平民として街で一人で暮らしていく事になるでしょう」
「そうだったのですね……。
ですがそうなると、エウルトル卿は何故この学院にあなたを通わせるのでしょうね。
この学院に通える平民は極一握りのエリート。
卒業生は全員が王室に仕える事になります。
市井で暮らす将来を持つ生徒はいません」
リオは三度、赤い瞳を瞬かせた。
リオが生まれ育った国も、この国も十八歳で成人を迎える。
十五歳から十八歳の間の高等教育を施す教育機関の一つが、このシルバーフォレスト王立学院だった。
リオは『市井の学校ならどこでも良い』と伝えていた。
だが叔父が手配したのが、この学院だったのだ。
この学院は十二歳から十五歳までの中等教育課程もある。
その末期に編入してきたのがリオだった。
「……そうなのですか?
叔父からは『通えばすぐに理解できる』とだけ言われています。
詳しい事は、いくら聞いても教えてくれないんです」
イグレシアスは、しばらくリオを見つめ思案していた。
そのリオの瞳に、イグレシアスが何かを見出したようだった。
そこには、ある資格を持つ者に共通の特徴があったのだ。
「……リオさん、あなたも白竜教会の信徒ですか?」
創竜神という竜の姿をした神を崇める、大陸でも多数派を誇る宗教――それが白竜教会だ。
リオは笑顔で頷いた。
「はい、小さい頃から神殿に礼拝に通っています。
この学院にも礼拝堂があると聞いていますので、後程礼拝に行こうと思っています」
イグレシアスは納得した様に頷いた。
「そう……そういうことなのですね。
それならば貴方はきっと、成竜の儀とは無縁で居られないでしょう」
リオは小首を傾げて尋ねる。
「それは、どういう意味なのでしょう?」
イグレシアスは楽しそうに微笑みを浮かべる。
「きっとすぐに理解できます――さぁ、ここが教室ですよ」
二人は教室の前に辿り着いていた。
その向こうからは何やら騒々しい物音が聞こえてきている。
イグレシアスが扉を開けると、その向こうでは激しく魔力が渦巻いていた。