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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

会社をクビになった俺が就職した先は仇討ち屋さんでした

作者: 谷鹿秋


「今月で辞めてもらいたいんだ」


 嫌です、と喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。


 ここ数年、会社の業績が良くないのは社内の空気で伝わってきた。


「すまない、(いけ)くん」


 だいぶ薄くなった社長のつむじを眺めて、ふと思い出したのは半年前。


 いつかの酒の席のことだった。


「ウチの会社大丈夫ですかねー……」


 先輩社員に誘われて飲みに行った。


 経営が危ういのは、何もウチだけではない。表に出ないだけで、社会の空気は九十年、二千年代。バブルが弾けたその後。俺が生まれた時のよう。


 人たちが財布の紐をきつく締め、どこか見えないところで張り詰めているようにも思える。


 時間にしては人の少ない居酒屋で、先輩社員はそんな俺の肩を励ますように叩いて笑った。


「大丈夫に決まってるだろ。それに、あの優しい社長が社員をクビにするなんて有り得ない」

「先輩……」

「経営は社長に任せて、お前は安心して働け」

「はい」


 そう、豪語していた先輩社員。


 彼は、


「お前はまだ若いし、他に就職先も見つかるだろう。心配するな」


 俺という生贄を差し出し、自分はちゃっかり社長の隣に居座っていた。




 後日。

 離職票諸々が自宅に届き、失業手当を受ける手続きをしに行政機関へ向かう。


 (ま、自己都合退社じゃなかっただけマシと思うしかないか)


 保険を受ける間は、同時並行で職探しをしないといけない。ところが。


「ウチの給料これだからな。大卒じゃなくて、短大でいいよ」


 学歴が邪魔をし。


「募集内容は営業職だけど、技術職に興味はない?未経験でも大丈夫だから!」


 募集内容と異なる提案をされ。


「男かー……。女の人が良かったな」


 あろうことか、性別まで否定された。


 俺の場合、年齢と勤続年数加味して、失業保険を受けられる期間は四ヶ月。ひと月九万ちょっと貰えたが。


「足りないよな……」


 どう考えても足りない。


 賃貸、四階建の四階部分、角部屋。オートロックなし。

 八畳ワンルーム。ユニットバス。家具家電付き。エアコンも付いてるが、ぶっちゃけ効かない。夏は扇風機とアイス、冬は電気カーペットとカイロで乗り切っている。


 それでも毎月家賃と水道光熱費はかかる。

 しめて六万。多いと七万。ここに、通信費と食費、転職活動の交通費諸々入れると、僅かにオーバー。外食など絶対できない。アレだ、新入社員の時の節約生活再びってヤツだ。


「貯蓄を切り崩すのは簡単だけど、就職の目処が立たないのに使うのは心許ないしな」


 どこかにまともな職場があるはずだと、望みを捨てずに就職活動を続けること三ヶ月。


「……ない」


 なかった。

 まず正社員の求人がない。あったとしても、本当に採る気があって求人を出しているのか、と疑いたくなるレベルだった。


「なんで自分に営業が合ってるって思うの。他の職種もやってみたら?」


 とある面接官(初見の人間)に「お前にはその仕事合ってないんだよ」と突きつけられ、メンタルがベキッと音を立てて折れる。


 (なーにやってんだろうな、俺)


 それなりに頑張ってきたつもりだった。


 飲みだって本当は行きたくなかった。喫煙室だって好きじゃあない。

 でも、仕事を習おうと先輩たちに着いて行って。徐々に一人で回れるようになって。自分で案件を貰えた時は、本当に嬉しかった。

 

 (でも、これじゃあどうしようもないや)


 拘ってばかりで、食べていかれなければ意味がない。

 

 新しい職種に挑戦してみようかな。いっそのこと正社員に拘らず、契約か派遣でも行ってみるか、と頭の隅で考えながら俺は玄関を出た。


 爪先で引っ掛けたサンダルをちゃんと履いてから階段を降りる。


 一階の共用部分。

 自分の部屋のポストを開け、中に溜まったチラシや郵便物を集めた。


 明日はゴミの日だ。いらないものは捨てなければ。


 俺は階段を登りながら、チラシを一枚ずつ捲っていく。


 ピザ宅配、マンション購入案内、弁当宅配、掃除員のパート求人、寿司宅配ーーー。


 ふと、階段を登る足が止まった。


「正社員、募集」


 白黒で剃られたペラだった。


『雇用形態、正社員。

 月給、四十万円〜(入社三ヵ月は三十万円)。業績によって増減します。

 経験者、未経験者問わず。

 業務内容、仲介業。

 依頼人のお話を伺った上で、お相手様の元へと出向き、物事がうまく進むように仲介するお仕事です。トラブルを解決することにやりがいを感じる方に向いています。

 興味のある方は、下記までお電話ください』


 書かれていたのは携帯番号。


 仲介業といえば、不動産業が頭を過るが具体的な職種は明記されていない。


 不審は不審だが、給与が月四十万円だ。インセンティブなしの最低四十万円からだ。


「鬼が出るか、邪が出るか」


 どうせ別の職種をと考えていたところだ。来月には失業保険も切れる。賭けてみるのも悪くない。


 社会保険を抜けたため届いた、国民保険の馬鹿高い納付書。免除されないそれを握り締め、俺は帰宅するなりペラに書いてある電話番号へと電話した。




『急で申し訳ございません。池さんの都合さえよろしければ、本日はいかがでしょう。面接をさせて頂ければと思います』


 電話口の男性は、優しく緩やかな口調だった。


 聞かれたのは、氏名、年齢、生年月日に住所。それに経歴。履歴書に記載するような内容だった。


 即断とばかりに提案され、俺もまたすぐに了承する。


「大丈夫です。よろしくお願いします」

『では、池さんの最寄駅で待ち合わせましょう。丁度、仕事でそちらの近くへ伺いますので』


 時間を決め、通話を切った。


 髪を整え、スーツに着替えた。腕時計を左手首に巻き、スマホを上着のポケットに。パスケースと財布、念のために履歴書を鞄に放り込んでから、ショートメールで指定された場所へと向かう。 


 待ち合わせ時間十分前に到着し、駅の改札付近の柱を背に立っていると。


「失礼します。池さん、でしょうか」

「!はい」

「お待たせしてしまいすみません。お電話させて頂きました輪糸(ワイト)と申します。初めまして」


 黒いスーツに身を包んだ長身の男性が二人、やってきた。


 (外国の人、か……?)


 歳は三十代半ば。日本人に見受けられないがっしりとした体格。珍しい名前。

 訛りがないため断定はできないが、聞いても失礼に当たるだろうと俺は口を閉ざす。


 ワイトさんは友好的な笑みを浮かべ、親しげに手を差し出してきた。色素の薄い瞳。白い肌。黒と茶が混じった髪をオールバックに固めている。


「初めまして、池と申します。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 俺がその手を取り握手をすると、彼の瞳が優しげに弧を描く。


「紹介します。同僚の美林(ビリィ)です」


 彼はチラリとこちらを見ただけで、すぐに人並みへと視線を戻した。


 ビリィさんは肌こそ白いが、瞳の色も髪色も東洋人同様真っ黒で、背中までの長髪を首の後ろで括っている。


 ワイトさんはそんな彼を親指で指し、「人見知りなんです、気にしないでください」とウィンクしてみせた。


「せっかくですし、こちらの仕事を実際に見て頂いた上で決めてもらおうとお呼びたて致しました」

「え、面接のためでは」

「そんなモンねーよ。万年人手不足だからな、ウチは」

「ビリィ」

「なんだよ、ワイト。本当のことだろう」


 ワイトさんに嗜められて、ビリィさんは肩を竦める。


「しかし、務まるのか。こんなひょろひょろに」

「募集したのは依頼人と相手方との仲介役です。体格は関係ありませんよ」


 ビリィさんの鋭い目が俺を捉える。俺は俺で、愛想笑いを返した。これ以上の正解が見つからない。


 引き攣りそうな口元に力を入れて堪えていると、ワイトさんが腕時計を確認しながらビリィさんをせっついた。


「そろそろ行きましょう」


 待ち合わせの駅から徒歩二十分。

 俺は二人に連れられるまま、古びた雑居ビルに入った。


 (令和の時代にまだこんな場所があったのか)


 一体、築何年の建物だろう。廊下の明かりはついていない。


 コンクリ剥き出しの壁。各部屋の扉には辛うじて色の付いたペンキが塗ってあるのが見える。


 階段の手擦りのペンキは剥がれ掛け、部分的に剥げている部分もあり、視線を上げると、ガス管だろうか。パイプが天井や壁を這うように伝っていた。


「こちらの部屋です」


 五階立ての五階部分。

 廊下を少し歩いたところで、ワイトさんがとある部屋のドアノブを回した。


 キィ……、と蝶番が擦れる特有の音がして、ドアが開く。俺は前に立つビリィさんの傍から部屋の中を覗こうと、彼の脇から顔を出した。


 窓から入る光が、部屋の中心を照らす。そこには一脚の椅子と。


「先、輩……?」

「ああ!池!助けてくれッ!」


 その椅子に括り付けられた、かつての先輩社員がいた。


「なんで、ここに」

「ーーー横領」


 瞠目する俺の問いに、ビリィさんが短く答える。


「大学の同級生に唆されて、会社の金を賭け場に使い込み、私腹を肥やそうとしたが見事アテが外れたワケだ」

「我々の依頼人は、とある中小企業の社長の夫人。会社の経営が傾き、借金が膨らみ返し切れず自ら命を絶った主人の仇を取って欲しいと言う内容です」

「仇……?」

「はい。我々、『仇討ち屋さん』ですので」

「聞いていません」

「言っておりませんから」


 仇討ちなんて江戸時代じゃああるまいし。時代錯誤にも程がある。


「今回も依頼人の頼み通り、仇を取れば良いのですが。いかんせん、彼の身柄は賭け場の、平たく言えばヤクザさんが持っていまして。そう簡単にはいかないのですよ」


 苦笑するワイトさん。


 つまりなんだ。

 会社の金で賭博して、借金こさえてヤクザから命を狙われてるのが、先輩社員で。

 会社の借金が原因で社長が亡くなり、その奥さんから仇を取って欲しいと頼まれたのがワイトさんとビリィさん。


「二方面から命を狙われているってことか……?」

「そうなんだよ!」


 ガシャン!と、椅子の足を地面に繋いでいた鎖が鳴った。こちらに身を乗り出そうとしては、引っ掛かったらしい。先輩社員は前のめりになりながら、俺に向けて必死に笑顔を貼り付ける。


「なあ、池ェ。お前が新入社員の時覚えてるか。俺が面倒見てやったろ」


 ああ、確かに。


「成績が良くない時は、一緒に回って伸ばしてやったよなあ」


 そんなこともあったな。


「池、俺まだ死にたくないんだ」


 俺も辞めたくなかったよ。


「助けてくれ」


 助けて欲しかった。


「このままじゃあ、殺されちまう!」


 でも、もう遅いんだ。


「助けてくれよォ!」

「ーーー喧しい」

「ゴフッ!」


 問答無用に、ビリィさんの拳が先輩社員の顔面にのめり込む。


「テメェがコイツに言えた義理か」

「ビリィ、息の根を止めてはいけませんよ。なるべく内臓は傷付けないように。身柄は向こうに引き渡し、消息不明として片付けることで話は付いていますので」

「分かってるよ」


 俺の事情を知っているかのような、ビリィさんの口振り。もしかして。


「あのピラ、わざとウチに入れました?」


 先輩社員をボコボコにしているビリィさん。俺の隣でその光景を表情を変えずに眺めているワイトさんに声を掛けると、彼はこちらを見、答える代わりに微笑んで見せた。


「あれくらいの待遇であれば、引っ掛かかってくれるかな、と。給与が高すぎると逆に怪しまれますので」

「なるほど」


 そして見事に引っ掛った俺。これ如何。


「それで、入社の方はいかがしましょう」

「ちなみに、拒否権は」

「ありますよ」

「あるんですか」

「ただし」


 ワイトさんの笑みが深くなる。


「本日見聞きしたことは一切忘れて頂きます」


 いつの間にやら、その手には無色透明の液体をだっぷりと含ませた注射器が握られていた。


「きちんとご自宅まで運びます。明日から再び就職活動の日々が始まるだけですので、どうぞご心配なく」

「心配しかありませんが」

「ーーー終わったぞ」


 ビリィさんの声が響いたと思ったら、その手から重力に従って人だったものがどさりと音を立てて落ちる。辛うじて息こそしているが、その顔は見る影もなかった。


『お前はまだ若いし、他に就職先も見つかるだろう。心配するな』


 不思議なものだ。

 人間がこうも酷い扱いを受けるのを見たら、相手が誰であれ「やめてくれ」と庇ったり、もっと胸が痛んだりするものと思っていたが。


「麻痺してるのかな」

「一線越えたんだろ。悪い意味でな」


 俺の呟きを拾ったビリィさんが、壁にもたれて腕を組む。俺はワイトさんに向き直り、顔を上げた。


「入社手続きの方、よろしくお願いします」

「はい、承ります」


 かくして。

 俺は世間で言う裏稼業、『仇討ち屋さん』に転職を果たしたのである。

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