猫、やめます~飼い猫と結婚したいご主人様に、神様がサプライズプレゼントをしてくれました~
ポフッとお腹に手を当てられた。
そしてワシャワシャッと撫でられる。
くすぐったいけど気持ちがいい。
僕のご主人様はとにかくお腹を撫でてくる。
時には顔を押し付けて匂いまで嗅いでくる。
匂いまで嗅がれるのはさすがにちょっと恥ずかしいけれど、僕はそんなご主人様が大好きだった。
お腹に顔を当てて「スーハー」してる姿を見ると、何とも言えない幸せな気持ちになる。
「はあ、猫と結婚できる制度があればいいのにね」
冗談とも本気とも言えない声でそんなことも言っていた。
ご主人様は人間の世界ではメスにあたり、今年で28歳らしい。
人間基準では美人の部類に入るらしいのだけれど(以前、ご主人様の友人が遊びに来た時にそう言っていた)本人は結婚する気はなく、毎日僕と遊んでくれる。
それがたまらなく嬉しかった。
そんなある日のこと。
ご主人様が寝静まった晩に、僕の前に一人のおじいちゃんが姿を現した。
頭がてかてかしているおじいちゃんだった。
白いローブに身を包み、手には大きな杖を持っている。
そんなおじいちゃんが言った。
「ワシは神じゃ」と。
「神様?」
「そうじゃ。神じゃ」
自分で神様と名乗るそのおじいちゃんに、僕はちょっと警戒した。
人間の世界には「へんしつしゃ」と呼ばれる大悪党が存在するらしい。
もしかしたらこのおじいちゃんは、一人暮らしをしているご主人様のアパートを狙って侵入した「へんしつしゃ」かもしれない。
だとしたらご主人様の身が危ない。
僕は精一杯勇気を出して「シャー!」と威嚇した。
自称・神様は「え!? なんで!?」と驚いた顔をしていた。
「ワシ、神なんだけど!?」
「ごごご、ご主人様を襲うつもりなら、ぼぼぼ、僕が相手になってやる!」
絶対かなわないだろうけど、僕はご主人様の前に立ちはだかった。
あのてかてかしてる頭を爪で引っ掻けばなんとかなるかもしれない。
「ちょっと待った。おぬし、何か勘違いしとらんか?」
「そそそ、その綺麗な頭に傷をつけられたくなかったら今すぐこの場から立ち去るんだ!」
「綺麗な頭とか言わないで!」
そんなやりとりを10分くらい繰り返して、ようやく僕は自称・神様が本物の神様だと気づかされた。
なぜなら目の前にいきなり猫じゃらしを用意してくれたからだ。
最高級の猫じゃらしだった。
こんな猫じゃらしをくれるおじいちゃんが「へんしつしゃ」なわけがない。
僕は猫じゃらしとじゃれながら言った。
「それで……フンス! 神様が……フンス! 何のようで? ……フンスフンスフンス!」
「実はお前さんの主人にサプライズプレゼントをしようと思っての」
「ご主人様に? ……フンス!」
「なんでもおぬしの主人はおぬしと結婚したいとか言ってるそうじゃな」
「はい、たまに。……フンス!」
「そこでじゃ。おぬしを人間の姿にして結婚させようと思ったのじゃ」
「フンス! ……え? フンス! ……え? フンス! ……え?」
「じゃれるか驚くか、どっちかにしてもらえんか?」
神様は「やれやれ」と言いながら僕から猫じゃらしを取り上げた。ひどい。
「つまりじゃ。おぬしを人間の姿にさせてこの娘の喜ぶ顔が見たいのじゃ」
「よ、喜ぶかなぁ?」
神様の考えてることはイマイチよくわからない。
でも神様がそう言うならきっとそうなのだろう。
「わかりました。僕も大好きなご主人様が喜ぶなら猫やめます」
「おお。了承してくれるか!」
「でもご主人様が嫌がるようでしたら猫に戻してください」
「もちろんじゃとも。ワシも神じゃ。善良な娘の悲しむ顔は見とうない」
そう言って神様は僕の身体に何か粉のようなものをかけて姿を消したのだった。
翌朝。
ご主人様が起き上がると、僕の姿を見て悲鳴を上げた。
「きゃああああああ! だ、だ、だ、誰よあなたっ!?」
「ミケです、ご主人様」
「ぎゃあああーーーーーーー!!!!!」
ご主人様はさらなる絶叫をあげてどこかへ行ってしまった。
あの神様……、喜ぶどころかめっちゃ怖がってるんですが……。
やがてドタドタとご主人様は一人のおじさんを連れてきた。
あ、この人知ってる。
このマンションの管理人さんとか言う人だ。
「ど、どこですか? 侵入者というのは!?」
「ここです! この人です!」
ご主人様が僕を指さすと、管理人さんは「へ?」という顔をしてご主人様を見た。
「玉城さん、悪い冗談はやめてくださいよ。おたくの猫じゃないですか」
今度は逆にご主人様が「へ?」という顔をした。
「ね、猫?」
「血相を変えて飛び込んで來るから何かと思ったら。昨晩、飲み過ぎたんですか?」
「ち、ちょっと待ってください! この人、知らない男の人です!」
「だから猫でしょう? オスの」
「え? え? え?」
「自分の飼い猫の顔を忘れるなんて、いけないご主人様でしゅねー」
管理人さんは僕の頭を撫でるとそんな気持ち悪いことを言って帰って行った。
そして、改めてご主人様と向かい合う。
「こんにちは」
「こ、こんにち……わ?」
この姿になって初めての挨拶だった。
僕はゆっくりと昨晩のことをご主人様に伝えた。
神様と名乗るおじいちゃんが現れて、僕を人間にしてくれたこと。
人間となった僕の姿で喜ぶ顔が見たいと言っていたこと。
そしてこんな僕と結婚させようとしてくれていること。
はじめはチンプンカンプンだったご主人様も、ようやく落ち着きを取り戻したのか、コーヒーを飲みながら「なるほどねー」と相槌を打っていた。
「要するに、私があんたと結婚したいって言ってたから神様が叶えてくれたわけか」
「そうみたいです」
ご主人様は「はあ」とため息をつくと、コーヒーを一気に飲み干しながら言った。
「ちっがうんだよ! 全然ちっがうんだよ! 私は猫のモフモフ感が大好きなだけで、こういうのは求めてないんだよ!」
「う、うん、僕もそう思う……」
ご主人様って荒れるとなんだかちょっと怖い。
そして思った通り、喜んでもいなかった。
「そりゃイケメンにしてくれて、こうして会話ができるようになったのは嬉しいんだけどさ。私は猫のミケが好きなの!」
「そう言われましても……」
「もう一度神様にお願いしてくれない? 猫に戻してって」
「う、うん。現れるかわからないけど、ちょっと聞いてみる」
ご主人様はコーヒーカップを流しに置くと、「それじゃ頼んだわね」と言いながら仕事に行ってしまったのだった。
その後、すぐに神様が現れた。
「……なんか、思ってた反応と違ったの」
「初っ端からいきなり絶叫されましたしね」
「おぬしの主人は猫のほうが好きなのかの?」
「猫のモフモフ感が好きみたいです」
「なるほどのー。まあ確かに人間の姿だとモフモフできんからの」
「というわけで、元に戻してくださいませんか?」
「待て待て。ここで引き下がったら神の沽券にかかわる。ここは何が何でもあの娘を喜ばせようぞ」
そう言って神様はまた僕に不思議な粉をまいたのだった。
「ぎゃああああーーーーー!!!!」
案の定。
仕事から帰ってくるなりご主人様は悲鳴を上げた。
「ど、どう? ご主人様」
「どう? じゃないわよ! 何よこれ!」
「猫のモフモフ感がいいって言ってたから」
「それはそうだけど、身体が猫で顔は人間って……、まんま人面猫じゃない!」
「じ、人面猫……」
まあ、これはどうかと僕も思ったけど。
「ひどい、ひどすぎる……」
「クレームは神様に言って」
「元に戻してってもう一度お願いできる?」
「う、うん。聞いてみる」
その後、またご主人様が寝静まった時間帯に神様が現れたので僕は言った。
「やっぱりこんな姿じゃ逆に怖かったみたいです」
「猫のモフモフ感を残しつつ、イケメンにしてやったというのにワガママな娘だのぉ」
「普通に考えても、僕もこの姿は嫌です」
神様の美的感覚はずれてるのだろうか。
「ならどうすればよい?」
逆に聞かれてしまった。
僕は「ん-」と考えて提案してみた。
「なら僕に変身能力をください。ご主人様が猫のモフモフを求めてたら猫のままでいますし、人間の姿を求めていたら人間になります」
「ええー、なんか普通」
ちょっと殺意が芽生えた。
聞かれたから答えただけなのに。
「でもまあ、変身能力はありかもしれんな。猫にも人間にもなれるでな」
神様はそう言うと、また不思議な粉を僕に振りかけたのだった。
翌朝。
ご主人様がモソモソと起き上がってきたので、僕は一声鳴いてその足にスリスリした。
「おはよう。ようやく元の姿に戻ったのね。よかったわ」
ご主人様がそう言うので、僕は神様から与えられた変身能力で人間のオスに化けてみた。
「おはよう、ご主人様」
「ぎゃああああああああ!」
思った通り、悲鳴があがった。
「な、な、な、なに? どゆこと?」
「神様が変身能力を授けてくれたんです」
「へ、へ、へ、変身能力? どゆこと?」
「猫の姿にもなれるし、人間の姿にもなれるんです」
うん、改めて考えるとすごい能力だ。
ご主人様はさらに頭が混乱しているようで、「どゆこと? どゆこと?」を連発してる。
僕はめんどくさくなってそんなご主人様を人間の腕でギュッと抱きしめた。
ご主人様は一瞬「ひっ」と悲鳴をあげるも、僕を拒絶することはなかった。
ああ、人の体温って、こんなにもあったかいんだ。
それが最初に抱いた感情だった。
しばらくそうしていたあと、僕は「ねえ」と言った。
「人間の姿をしたこんな僕は好きじゃない?」
僕の言葉にご主人様はためらいつつも
「……き、嫌いじゃない」
と答えてくれた。
よかった。
これで嫌いと言われたら泣いてたところだ。
「それによく見たらあんたの顔、めっちゃ好みだし……」
「ん?」
「ううん、なんでもない!」
僕は身体を離してご主人様の頭をワシャワシャと撫でまわした。
「ねえねえ。これからは僕も時々こうやってご主人様をワシャワシャしてもいい?」
そう尋ねるとご主人様は「うん、別にいいけど」と言ってくれた。
「飼い猫にワシャワシャされるって言うのも変な話だけどね」
嬉しすぎて思わず猫に戻りそうになる。
一度でいいからご主人様に同じことをしてみたかったんだ。
調子に乗って頭の匂いを嗅ごうとしたら「それはやめて!」と拒絶された。
ひどい。
いつもは僕のお腹の匂いを嗅いでるくせに。
でもご主人様をワシャワシャできるならよしとしよう。
僕はご主人様の頭をワシャワシャと撫でまわし続けた。
「人間のままでもいいけどさ、私が猫のモフモフを求めてたら猫に戻ってよね」
「うん、わかった」
答えながらもワシャワシャする手は止まらない。
ご主人様がいつまでも僕を撫でてる気持ちがわかった気がする。
「ね、ねえ。いつまで撫でまわすの?」
「んー、もうちょっとだけ」
いつまでもいつまでもワシャワシャしていると、ついにご主人様が「だああ! もう!」と奇声を発した。
「私にもモフモフさせろー!」
そう言ってご主人様は僕の手を振りほどいて思いっきり抱き着いてきた。
モフモフというよりただのハグだけど、ご主人様は僕の胸に顔をうずめて「んー!」とスリスリしていた。
「やっぱりミケの匂いは癒されるー」
自分が嗅がれるのは拒絶するのに、嗅ぐのはいいんだ。
「思えば自分の飼い猫とこうやって抱き合えるなんて最高よね!」
「僕もご主人様と抱き合えて嬉しいよ」
「うふふ、嬉しいこと言ってくれちゃって。これからも一生そばにいてね、ミケ」
「うん、これからもずっと一緒にいるよ。ご主人様」
そう言って僕らはずーっと抱き合っていた。
そんな僕らは数年後、本当に結婚することになる。
その際、ウエディングドレスを着たご主人様の後ろで神様がウィンクを送ってるような気がした。
お読みいただきありがとうございました。
ラストの一文いらん! というオチにしたくて、あえて付け加えましたww