表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

キク Krizantemoj




 濃霧のなか、除蟲菊じょちゅうぎくの花を摘みに行く。


 もうすぐ父であるむし、兄である蟲が川むこうからやってきて、母とわたしの血を吸うだろう。それを除蟲菊でふせぐつもりなのだ。


 男たちは皆、川むこうへ行った。どのように暮らしているのかわからない。たまにこちらへ帰ってきて、以前家族だった者の血を吸う。


 男がふたたび戻ってくるまでの期間がしだいに短くなっていて、女たちは疲れ、不安でいっぱいだった。


 ――ああ、父よ、兄よ、あなた方はどうして血を吸うことでしか愛を示せないのですか。心を清らかに保ち、静かに余生よせいを過ごして神の御許みもとに向かわれてはいかがですか。


 むかしの二人の姿を思い出し、とめどなく涙が流れる。見えない空を見上げ、呪うようににらんでみせる。


 いかなる星が悪戯心(いたずらごころ)を起こして男たちをあのような姿に変えたのだろう。そしてなぜ神はそんな星たちを元気がよろしいと愛し、お守りになられるのだろう。


 ――このいびつな、閉じられた世界から外に出たい。だが母を置いては行けない。


 彼女の様子を思い浮かべる。なぜ母はわたしをあんなに日々ののしるのか。母の心がもともと弱く、男たちが変わったことでさらに弱ったからといって、なぜわたしが彼女に傷つけられる役目に耐えなければいけないのか。


 母さえいなければ、そう考えてわたしはうつむく。無邪気に血を吸いにくる父や兄の方が星に近く、神に愛されているのかもしれない。罪を恐れるわたしは神に愛してもらえない……。


 引きつったように自嘲じちょうの笑みを浮かべた時、里の方角から泣きわめく声が聞こえてきた。


 男たちがもう血を吸いに現れたのだ。


 前回からまだ間もなく、女の何人かは死ぬかもしれない。愛の対象を失ったら男たちも死ぬのではなかろうか。


 ならば遠からず人は皆絶えて、神に愛される星々だけが空に輝く世界になるのだ。人の抱く程度の愛も憎しみも恐れもすべて消えて無くなるのだ。


 何という解放感! 


 いまわたしは高らかに笑っていた。そして野に向けて走った。


 除蟲菊の咲く野に伏せて土となり、わたし一人は難を逃れ星と神を憎み続けるために。






 Fino







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ