キク Krizantemoj
濃霧のなか、除蟲菊の花を摘みに行く。
もうすぐ父である蟲、兄である蟲が川むこうからやってきて、母とわたしの血を吸うだろう。それを除蟲菊でふせぐつもりなのだ。
男たちは皆、川むこうへ行った。どのように暮らしているのかわからない。たまにこちらへ帰ってきて、以前家族だった者の血を吸う。
男がふたたび戻ってくるまでの期間がしだいに短くなっていて、女たちは疲れ、不安でいっぱいだった。
――ああ、父よ、兄よ、あなた方はどうして血を吸うことでしか愛を示せないのですか。心を清らかに保ち、静かに余生を過ごして神の御許に向かわれてはいかがですか。
むかしの二人の姿を思い出し、とめどなく涙が流れる。見えない空を見上げ、呪うように睨んでみせる。
いかなる星が悪戯心を起こして男たちをあのような姿に変えたのだろう。そしてなぜ神はそんな星たちを元気がよろしいと愛し、お守りになられるのだろう。
――このいびつな、閉じられた世界から外に出たい。だが母を置いては行けない。
彼女の様子を思い浮かべる。なぜ母はわたしをあんなに日々罵るのか。母の心がもともと弱く、男たちが変わったことでさらに弱ったからといって、なぜわたしが彼女に傷つけられる役目に耐えなければいけないのか。
母さえいなければ、そう考えてわたしはうつむく。無邪気に血を吸いにくる父や兄の方が星に近く、神に愛されているのかもしれない。罪を恐れるわたしは神に愛してもらえない……。
引きつったように自嘲の笑みを浮かべた時、里の方角から泣きわめく声が聞こえてきた。
男たちがもう血を吸いに現れたのだ。
前回からまだ間もなく、女の何人かは死ぬかもしれない。愛の対象を失ったら男たちも死ぬのではなかろうか。
ならば遠からず人は皆絶えて、神に愛される星々だけが空に輝く世界になるのだ。人の抱く程度の愛も憎しみも恐れもすべて消えて無くなるのだ。
何という解放感!
いまわたしは高らかに笑っていた。そして野に向けて走った。
除蟲菊の咲く野に伏せて土となり、わたし一人は難を逃れ星と神を憎み続けるために。
Fino