マドベ Apud fenestro
小さな想像の甕にはくみつくすことのできない不思議な海もみた。
それは藍色にすんで、そのうえを帆かけ舟の帆が銀のようにかがやいてゆく。
――中 勘助『銀の匙』
窓辺でわたしはためらっている。
わたしにも翼があり飛びたてるはずなのだが、自分でそれに触ることができず、いまひとつ確信がもてない。
眼下は虚無の闇である。飛べなければ際限もなく落ちていくだろう。
空もなんだか黄ばんだ歯のようなおかしな色で、進んで目指したいところに思えない。
一方、ずっとここにいるわけにもいかない。
背後から部屋の壁が迫ってくる。いずれこの窓と壁は一枚の板になるだろう。わたしの居場所はなくなってしまう。
思いきって飛べなくはないのだ。しかし考えすぎたせいか、自分が鳥であることに疑いの感情が生じてきた。自分はひょっとしたら魚なのでは?
ますます決断ができなくなった。いまや体がまったく固まってしまったようだ。
もう早く壁が来てわたしを無理やり押し出してくれればいい、そう思いはじめた。
すると今度は壁はのろのろとした動きしかしなくなり、いっこうに近づいてこない。
誰かなんとかして、と叫びたくても声は出ず、わたし以外世界に誰もいるわけがなかった。
Fino
旧作に筆を加え、あらためました。
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