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偶然の再会

 ミシェルは図書館で動物の図鑑を探していた。ディアルで見られる動物をもっと知りたかったからだ。自国では文章だけのわずかな情報しかなかったが、ここならもっと詳細に書かれているはずだ。

 二階に上がり、何気なく自習室の小窓を見た時、ぎょっとして足を止めた。中には生徒が一人いるが、机に突っ伏して片手は力なく机から落ちている。


 まさか死んでいるんじゃ――!?

 中に入り、呼びかける。

「あの、大丈夫ですか?もしもし?」

 ぐうーっと腹の音が静かな自習室に響いた。ミシェルではない。女子はぱちりと目を開けた。大きく欠伸して目に涙をにじませる。


「え?あ、すみません勘違いでした......」

 過敏になりすぎだ。

「うーん?待てよおい」

 そそくさと退出しようとしていたミシェルはぎこちなく女子に向き直った。

「すみません勝手に入って。倒れてるんじゃないかと勘違いしたんです」

「そんなこと別にいい。それよりお前、なんか美味そうなにおいがするな」


 立ち上がってこちらに来た女子は顔を近づけてすんと鼻を鳴らした。

 近い近い近い!

 背後は壁、手を頭の横に置かれて逃げるに逃げられない。

「なんだ?このにおい」

「あの、ちょっと......!」


 混乱するミシェルははっと上着のポケットにいれていたものの存在を思い出す。

「においってこのクッキーのことじゃないですか?」

 それは昨日シンシアと行った店で買ったものだ。小腹が空いたときに食べようと持っていたのだ。

「おなかが空いているのならどうぞ」


 女子は何か納得がいかないような顔をしたが、クッキーの包みを受け取った。

「じゃあ遠慮なく」

 女子はその場で食べ始めた。図書館で食べるのは遠慮したほうが良いのではと非難の目を向けるが、本が手元にないんだからいいだろと何食わぬ顔だ。確かに自習室には本どころかノートや筆記用具すらなかった。本当に寝るだけの目的でここにいたのだろう。


「じゃあ、俺はこれで」

 退出しようとするミシェルに女子が言う。

「ああ。今度何か困っていたら手を貸してやるよ。といってもお前らの遊びには関わらないけどな」

「遊び?」

「ん?......あぁそうか。悪い、勘違いだ。忘れてくれ」

「はあ。失礼します」

 女子は何か気づいたような様子だったが、何のことか分からない。それ以上話すつもりが無いといった様子の女子を見て、ミシェルは自習室を出た。


 変な子だったな。男みたいな口調だったし。

 階段を下りていくと、見知った姿を見つけた。最初に馬車で一緒になったうちの一人、レイズだ。数冊の本を抱えている。彼もこちらに気づき、驚いた顔をした。

「ミシェルじゃないか。こんなところで会うなんて。君も勉強か?」

「いや、俺は趣味で」


 ミシェルはふと思った。頭のいい彼ならば、ここ最近自分が悩んでいることを解決してくれるのではないか?

「なあ、もし時間があるなら少し話さないか?相談したいことがあるんだ」

「相談?構わないが」


 そばの机をはさんで向かい合わせに座り、声をひそめて話し始める。

「実は、俺はディアルに来てから恐ろしいものを見たんだ」

 ミシェルはクラスメイトの死、自分もその犯人に襲われたことと学園への不信感を話した。

「彼は捕まったと聞いたけど、俺はこれで終わりだとは思えないんだ。この学園自体に、不気味なものが潜んでいる気がする」


 レイズは険しい表情で今聞いた内容を咀嚼した。

「まず、ミシェルが無事でよかった。犯人が言っていたという言葉だが、普通に考えれば狂人の戯言だ。だが......」

「何?言ってくれ」

「俺の所属するBクラスでも、帰国した生徒がいる」

 ミシェルは息をのんだ。


「もしそれが、アンヌ嬢のように死んだことを隠す嘘だとしたら、彼らは死んでいるってことだ」

「......まずくないか」

「物凄くまずい。今、頭に浮かんだことが一つある。だがそれを口に出せる確証がない。他二人からも話を聞くべきだ」

 他二人とは、馬車で一緒になった残り二人のことだ。

「ロッテは俺と同じクラスだ。ローズマリーはCクラスと言っていた。俺から呼び出しておく。明日、もう一度ここへ集まろう」


 話し込む二人を、見下ろす者がいた。この距離では聞こえないはずの小声も、彼女の耳には届いている。クッキーをぽりぽりかじりながら呟く。

「あーあ。気づいてんのかあいつ。まあいいか、関係ないし」


****


 放課後、馬車で知り合った四人は図書館で再会した。自習室に入ってくるなりローズマリーは言う。

「急に呼び出したりして何?私暇じゃないのだけど」

「お二人とまた会えて嬉しいです」

 ローズマリーとロッテの態度は対照的だった。


「最初に言っておく。くれぐれもこの話は他に漏らすな。命に関わる」

「はぁ?」

「わ、分かりました」

 レイズはミシェルが体験したことを語って聞かせた。興味がなさそうに聞いていたローズマリーも、これには表情を硬くする。

「死んだって、本気で言っているの」

「ああ。確かに見た。それにこれ、アンヌさんのタイピンだ」


 持ってきたタイピンを見せる。鈍く光るそれを怯えた目で見つめた。

「ローズマリー、君のクラスの状況はどうだ。帰国した人はいるか」

「......4人、帰ったわ。せっかくの機会を無駄にするなんて、理解できなかったけれど......」

 レイズは重いため息を吐いた。


「ここからは俺の予想を聞いてほしい。事態はかなり深刻だ」

 ごくりと唾をのむ音が聞こえた。

「まず、教師たちと人殺しはグルだ。ターゲットは俺たちのような留学生。そして一番重要なことだが......人殺しの狂人は、この学園の生徒全員だ」

「は!?」

 大声を出しかけたミシェルは口をおさえて、浮かした腰を下ろす。


「そんなわけないだろ。シンシア、いやみんな優しい人たちだ。人殺しに加担するわけがない」

「理由ならある。ミシェル、君が言ったんだぞ。犯人はアンヌ嬢を食っていたと」

「私たちはクラスメイトじゃなくて......美味しいお肉?」

 ロッテがささやくような震え声で言ったことに、レイズは頷く。そして書類を机の上に広げた。それは初日に自室の机に置かれていた留学書類だった。


「これを見てくれ。留学に関わる規則だ。これによると、外出は必ずこの学園の生徒を同伴しなければいけないんだ」

 ミシェルは事務室で渡された、ペアの札を思い出した。ちょっと待ってとローズマリーが口を挟む。

「前に留学生が遭難したことがあったからって聞いたわ」

「だったら森を立ち入り禁止にすればいいだろ。生徒に見張らせる必要はない」

「ほとんどの生徒は知らずに利用されているだけじゃないか?」

 ミシェルはシンシアが自分をだましているとはとても思えなかった。


「確かにな。だが考えてみてくれ、帰国しただなんて嘘、いずれバレると思わないか。数が増えていくほど、留学生たちは疑いを持つはずだ。そうなってもかまわない、つまり全員生きて返さないってことだろうと俺は思う」


「こ、荒唐無稽だわ」

 ローズマリーが立ち上がった。虚勢を張っていることは誰の目にも明らかだ。

「私はそんな話信じない。くだらない妄想に付き合っていられないわ」


 出て行こうとするローズマリーに、ミシェルは言葉を投げる。

「君に好意があるふりをしてくる男に気を付けて」

「それはあなた自身にも言えるんじゃないの?」

 ふんと鼻を鳴らして彼女は去って行った。


「私達どうすればいいんでしょう。家族にあてた手紙も返ってきませんし......」

 ロッテの言葉で気づく。あれだけミシェルを心配していた兄が一通もよこさないなんておかしい。冬は物資の行き来が困難になるとはいえ、遅すぎだ。


「留学生同士で固まって、今まで通りに過ごすのが一番安全だろう」

 重い空気を残したまま、その日は解散となった。


****


 暗い気分が声に出ていたらしい。朝の挨拶をしたミシェルをシンシアは心配する。

「何か嫌なことがあった?」

「いや、何でもない。ちょっと昨日夜更かししてたからだと思う」

「もう。だめだよちゃんと寝ないと」

 可愛らしく叱るシンシアを見て、ほおが緩む。彼女が人殺しの仲間のわけがない。守るべき大事な友人の一人だ。


 教室に生徒が揃ってくる。いつもと同じ賑やかな朝の風景だ。その中に空席を見つけた。

 ......え。


「シンシア、あの席って」

「うん?どこの席?」

 シンシアが椅子から腰を浮かしかけた時、その声はやけにはっきり聞こえた。

「もう、よくないか」


 それぞれ生徒が友人たちとしていた会話がぴたりと止む。

「もういいだろ。俺たちがルールを守っていても、どこかの馬鹿がこうやって手を出すんだ。もう十分だろ。なあ」

 その男子の発言は誰に向けたものか分からなかった。しかし首をわずかに動かしてまわりを伺うと、困惑しているのは留学生だけだ。視界の端に見えたジルドは、なぜかその男子を睨みつけていた。


 このクラスの、俺たち以外に向けて言っている。

 一人の女子が笑って声を発する。

「何言ってんの急にー。さ、みんな話を続けて。ごめんね!ルッカ寝ぼけてるみたい」

「早く食わないと横取りされるぞ。俺たちみんな笑いものだ」

「ルッカ!」


 ピリピリと張り詰めた空気の教室に、担任の教師が入って来る。

「あ......先生。すみません何か、変な感じになってて」

「構わない。そろそろだと思っていた」

 教師は見物でもするかのように椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。


「え、いいの?」

「早くないか?」

 ひそひそと言葉を交わす生徒達を、留学生たちは大人の話が分からない子供のように見ている。ただ一人、ミシェルだけは冷や汗がふきだしていた。


 俺たち以外、全員が人殺し。

 硬直したままのミシェルと、優雅に足を組んでいる教師の目が合った。

「っ!シンシア!」

 シンシアの手を掴み、廊下に飛び出す。


「あっおい!」

「逃げたぞどうする!?」

 教室から聞こえる声を振り切って、ひたすら走る。こんなところにいてはいけない。逃げないと。でもどこへ。シンシアの手を引いてめちゃくちゃに校内を走る。息が切れて、行き着いたのは以前来たことがある、教師の研究室だった。


 なんで俺ここに。教師はグルかもしれないのに。

 引き返そうとした時、ドアが開く。老教師はおやと少し驚いた顔をした。

「入りなさい。ここは安全だ」

 促されて中に入る。老教師はだいたいのことを察しているようだった。

「そこにかけなさい。お茶をいれてあげよう」


 言われた通りに椅子に座る。息を整えながら、ミシェルはようやくシンシアの顔を見た。彼女はいまにも泣き出しそうな表情で、まっすぐにこちらを見ている。

「ごめんね。もう気づいてるんだよね」

 知らないと言ってほしかった。謝るということは、肯定じゃないか。


「なんでずっと騙してたんだ。殺すつもりなら、最初からそうすればよかっただろ」

「それが、ルールだから」

「ルールって何」

「冬の間、ミシェル達と交流して......食べるのはその後っていう決まり」

「悪趣味だ......」


 目の前にコトンとマグカップが置かれる。ハーブの香りがふわりと立ちのぼった。

「わしもその悪趣味な伝統に加担している一人じゃ」

「なんでこんな。同じ人間でしょう」

「そこがまず違う。わしらは人間ではない」

「は?」


 嘘を言っているふうではない。よっこいせと腰を下ろした老教師は落ち着いた声で問う。

「魔族というものを聞いたことがあるかね」

「おとぎ話でなら。大昔に勇者が打ち倒したって」

「それは嘘じゃ。魔族は滅んでなどおらん。我らが王も健在じゃよ」

 自分たちが魔族だとでもいうのか。そんなものが現実にいるわけない。


「人が人を食うと言われるより、よほど受け入れやすいと思うがね」

 ミシェルは毅然とした態度で言う。

「俺たちを国に返してください。こんなこと、許されるわけがない」

 老人はあっさりとそれは無理じゃと答えた。

「どうして!」

「君たちは生贄じゃからの」

 生贄?茫然とするミシェルに、老教師は表情を変えないまま言う。


「2年に一度、他国から生贄が差し出される。ミッシェル君がここに来ているということは、親から捨てられたということじゃ」

 親の同意なしに留学書類を通すことはできない。自分の子を国の為に犠牲にする代わりに、自分は金と権力を得るのだ。


「生き残る方法は3つ。貴族の奴隷になるか、メッセンジャーとなるか、もしくはどうにか自力で逃げ出すかじゃ」

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