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新しい友人

 ぴりりぴりり、と独特な囀りで目を覚ました。どんな鳥だろう。見ようと体を起こした途端に飛び去ってしまった。


「......残念」

 カーテンを開けると、雲ひとつ無い良い天気だ。顔を洗って髪をとかすと、クローゼットに入っていた新品の制服に袖を通した。


 兄さんのお下がりじゃない新品だ。くう〜、なんか嬉しい。

「ネクタイと、ピンも忘れずに......」

 特注品らしいそれは羽の形をしており、細かく彫り込まれている。なくさないように気をつけよう。


 鏡の前で変なところがないかチェックする。見慣れない黒い制服に身を包んだ自分は、普段より少し男前に見えた。

 

 朝食をとりに一階へ下りる。少し早い時間のため席は空いていた。ふと目に止まった生徒が自分と同じタイピンをつけていることに気づく。


 なるほど、同じ制服着てたら見分けつかないもんな。

 留学生仲間と話したいときはこうやって見分ければいいのだ。適当に席を選んでミシェルも食べ始める。朝食はトーストとハムエッグ、サラダもついている。冬の間はあまり野菜が食べられないと思っていたが、ここにいる間、栄養が偏る心配はなさそうだ。


 食後は一旦部屋に戻って学生鞄の荷物を確認する。忘れ物はない。それを持って部屋を出る前、一度深呼吸した。

「......よし、行くか」



 ミシェルが所属することになったのはAクラスだ。教室のドアを開けると、ちらちらと目を向けられた。

 うわあ、めっちゃ注目されてる。

 仲間がいないかと視線を彷徨わせるものの、ピンをつけた生徒は見当たらない。その時、隣の席の椅子が引かれた。


「初めまして。留学生の人だよね?」

 軽やかな声で話しかけてきたのは、柔らかそうなブラウンの髪と木苺のような色の瞳の少女だった。

「あ......ああうん、そうなんだ。ええと、君は」

「私はシンシア。あなたの名前も聞いていい?」

 尋ねられて、自分が名乗る前に相手の名を尋ねたことに気づく。恥ずかしくなってごまかし笑いをしながらミシェルは名乗った。


「俺はミシェル。今日からよろしくね」

「よろしく、ミシェル。私、留学生の人見るの初めてなんだ。すっごく楽しみにしてたの。あなたの国の話、たくさん聞かせてほしいな」

「もちろん」

 和やかな空気が流れる中、教室に担任の教師が入ってくる。鋭い目をした男性教師だ。彼はクラス全体に向けて一言挨拶した後、ミシェルを一瞥して言った。


「知っての通り、昨日留学生を迎えた。このクラスには9人所属することになる。まずは彼らに簡単な自己紹介をしてもらいたい」

 9人もいたんだ。気づかなかった。馬車で一緒だった3人はどのクラスに行ったんだろう。


 そんなことを考えていたミシェルは名前を呼ばれてびくりと反応した。

「フィート。まずは君から、前に出てきて自己紹介してくれ」

「はっはい!」

 心の準備ができていなかったのと緊張のためか、黒板の前に行こうとしたミシェルはこけてしまった。


「あいたっ!」

 恥ずかしい。幸い誰もミシェルを笑ったりしなかったが、顔が熱くなるのを感じた。立ち上がって早足で前へ行く。


「あはは。ミシェル=フィートっていいます。絵を描くことが好きです。短い間ですがよろしくお願いします......」

 声はだんだん尻すぼみになっていった。


 なんか、教室の空気が変だ。やばい失敗した。

「先生、すみません僕ちょっとトイレ行ってきます」

 耐えきれず逃げるように教室を出る。

 何やってんだ俺。ごめん俺の後の人。どうにか乗り切ってくれ。


 後ろから廊下を走ってくる音がした。振り返るとそれはシンシアだ。心配して追いかけてくれたんだ。

「待ってミシェル!」

 気恥ずかしいやら嬉しいやらでミシェルは目を逸らして言う。

「ごめん、変な空気にしちゃって」


 シンシアはミシェルの手を取った。

「やっぱり怪我してる」

 見ると、手の皮膚が薄く裂けて赤い線になっていた。

「本当だ。こけた時どこかに掠ったのかも。でもこのくらい平気だ」

「ダメ!ばい菌が入って腐っちゃったらどうするの」

「怖いこと言うなよ」


 ちょっと大袈裟だが、心配してくれるのは嬉しい。医務室へと引っ張られながら、ミシェルは鼓動が速くなるのを感じた。


****


 シンシアに言われて先に教室に戻る。しっかり手当てされた手を見るたびにミシェルの胸はきゅんきゅんうずいた。この気持ちは何だろう。恋?知り合ったばかりで?自分はそんな惚れっぽい性格だっただろうか。


 違う。きっとシンシアが特別なんだ。


 今までにこんなに優しくしてくれた女子がいただろうか。いやいない。惚れるのは必然だった。ありがとう先生、俺の幸せは異国にあったのかもしれません。


 教室の空気は元通り穏やかなものになっていた。みんな歓迎してくれているようで、留学仲間たちの周りには人が集まって笑顔で何か話している。ミシェルの前にもふと人影がさした。


「やあ、大丈夫だったかい?」

 目線を前に戻すと、それは爽やかな好青年といった感じの男子だった。冷静になって気づいたことだが、このクラスには美形が多い。ここに限らず校内全体がそうなのかもしれないが。そういう人種なのか?平凡顔のミシェルには羨ましい話だ。


「はい。すみません初日で緊張してて」

「気にすることはないよ。実は僕もどんな人が来るんだろうって、昨日からどきどきしてたんだ。みんな話しやすそうで安心したよ」

 この人も?親近感が湧いてミシェルは頬を緩める。好青年はミシェルに微笑んだ。


「僕はジルド。同じ学年なんだから、普通に話してくれていいよ。名前も呼び捨ての方が気楽だ」

「よろしくジルド。俺のこともミシェルって呼んで」


 嬉しい。初日なのに2人も仲良くなれそうな人ができた。兄は異国でミシェルが一人ぼっちにならないかと心配していたから、少し経ったら手紙に書いて安心させてあげよう。


「ミシェル、今日の放課後は何か予定がある?学園の外を案内したいんだ」

「えっ行きたい!」

 目を輝かせたミシェルの前に小さな手が割り込んだ。シンシアだ。ジルドに非難するような目を向けて言う。


「外に行くには外出申請をしないといけないんだよ。それに来たばかりであちこち連れ回したら体調崩しちゃう」

 ジルドは肩をすくめて小さく笑った。

「そうだったね。別に悪気は無かったんだけど、確かに気遣いが欠けていた。すまないミシェル。案内は後の楽しみにとっておこう」

「いや、誘ってくれてありがとう。楽しみにしてるよ」


 ジルドが友人に呼ばれて離れていくと、シンシアは少し不満げな表情で隣の席に着く。

「シンシア?何か怒ってる?」

「怒ってない。ただちょっと嫉妬してるかも......私が最初に誘おうと思ってたのに」

「え」


 ほわっと胸の中に嬉しさが満ちる。そして口が自然と動いていた。

「俺、シンシアに案内してほしい」

 シンシアはぱっと顔を上げた。

「あ、もちろんジルドとも行くけど、初めてはシンシアとがいいんだ」

「本当?やった!絶対、絶対だよ!」

 花が咲いたような笑顔を見て、可愛過ぎるとミシェルは心の中で呟いた。


****


 留学してから数日が経ち、こちらでの学校生活にも慣れてきた。ここはなんて良い国なんだろう。食べ物は美味しいし、女子は可愛い。何よりみんな優しい。誠実に接すれば相手も同じ態度を返してくれるという言葉は本当だったのだ。


 シンシアに近いうちに外出申請を出そうと言われ、ミシェルは浮かれていた。それこそ、目の前に迫る人に気がつかないほど。

 ふわ、と柔らかいものに顔が沈む。

「えっ、あ!ごめん!」

 ばっと体を離して90度に腰を曲げる。ぶつかった、というより接触した女子は目を細めてミシェルを見下ろした。

「邪魔」


 端に避けると輝く黒髪が頬をくすぐった。去っていく女子の背を見て安堵の息を吐く。

 びっくりした。ぼんやりしすぎだな、俺。

 彼女がさほど腹を立てなくて良かった。あの柔らかい感触がまだ頭に残っている。それを反芻しかけて、駄目だと頭を振る。


 シンシアがいるのに何ドキドキしてるんだ。

 ちょうど考えていた当人がやってきて別の意味で心臓が跳ねる。

「ミシェル、一緒にお昼ご飯食べに行こう。......どうしたの?」

「い、いいや?何でもない、行こう」

 悟られまいと笑顔を作ると、そばにいた男子生徒が温かい目で頷いて見せる。


 いやどういうことだよ。


****


 やばい。迷った。

 道を覚えるために少し校内を歩いてから寮に帰るはずが、気づけば今どこにいるのか分からなくなっていた。他の生徒の姿もない。


 ここって、空き教室ばかりで案内されてない辺りじゃないか?

 適当に近場の教室のドアを開けてみると、やはり椅子と机があるだけで最近使われた形跡がない。

 とりあえず階段を探して、人のいる階に行こう。


 廊下の端へ向かって早足で歩いていると、微かに人の声が聞こえた。聞き間違いじゃない。向かいの教室から聞こえている。迷ったなんて恥ずかしいが、これで道を聞ける。表情を明るくしてドアに手をかけたが、ぴたりと動きを止めた。


 というのも、聞こえてくる会話の内容が怪しかったからだ。

「本当に誰も来ない?」

「ああ。僕たち2人だけさ」


 一瞬にしてミシェルは理解する。逢引きだ。

 うわぁ、入りづらい。でも今声かけないと更にヒートアップしそうだし......。


 お邪魔して申し訳ないという気持ちを込めて、すみませんと声を発そうとした時。

 ボキボキボキィ!とこの場にそぐわない音がした。首を傾げて、少し引いたドアの隙間から中を覗く。


 一組の男女が抱き合って顔を近づけている。ごく一般的なキスシーンだ。ならさっきの音はいったい......。困惑するミシェルは、こちら側を向いている女子に目を止めた。男子のかげになって見えづらいが、女子は限界まで目を見開いていた。


 え?なんか......え?

 間違いなく恋人にキスされているときの顔ではない。例えるなら、痛みに絶叫する直前のような。

「ぐあぁあ!!まりうず!げぁっ」


 女子の口から吐き出された悲鳴に、ぎょっとして身を引く。

 何だ、何が起こってる!?全然分からない!

 男子は片手で女子の喉を押さえた。悲鳴が漏れないようにするためだ。そして女子の襟元に手をかけ、力任せに肩を露出させる。


――そのとき一瞬だけ、女子と目が合った気がした。彼女が足をばたつかせた拍子に小さな物が床を滑って飛んでくる。

 ミシェルははっとしてドアの前から離れた。


 何かを引きちぎるような音、びちゃびちゃと何かを啜るような音がしている。それがいったい何なのか、考えたくなかった。

 逃げなきゃ。ここから早く。

 這うようにして教室から離れ、荒い呼吸を必死に抑えながら階段を降りる。覚えていたのはそこまでだ。気づくと寮の自室でドアに背を預けて放心していた。


 頭が、くらくらする。気持ち悪い。

 込み上げてきた吐き気で体をくの字に折ったとき、初めて自分が固く握りしめていたものに気づいた。


 それは羽の形をしたタイピンだった。日の光を反射してきらりと光る。わずかに視線を動かせば、全く同じものが自分のタイに付いている。

「......嘘だろ」

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