ディアル
小さな揺れを感じて目を開ける。いつの間にか眠っていたらしい。
車内の面々はミシェルと同様に寝ぼけ眼で顔を上げた。
「着いたのか?」
外を見ると隣に停まった馬車が見えた。
「到着しました。案内役の方々がお待ちです」
御者に声をかけられる。本当に着いたようだ。
地面に降り立つと、積もった雪に足跡が付いた。4人はそれぞれ御者から荷物を受け取る。
「重いわ。あなたが持って」
「お前な、自分の荷物だろ」
御者はローズマリーの言葉に腹を立てることはなかった。貴族は基本的に自分で荷物を持たないからだ。周りを見れば、大きな荷物をいくつも抱えた御者がいる。
ミシェルたちは他の生徒と一緒に移動する。目の前には石造りの大きな建物があった。ここがディアルの王立学園だろう。
玄関の前では自分達とは違う制服の生徒たちが一列に並んで出迎えた。美しく揃った一礼をして、真ん中の男子が口を開く。
「ようこそディアルへ。お会いできて嬉しく思います。外は寒いですから、まずは中へ。昼食のご用意ができています」
「荷物はこちらでお運びします」
メイドが荷物を受け取り、側に置かれた台車へと乗せていく。寮に用意されたそれぞれの部屋に運んでおいてくれるらしい。案内に従って食堂へ向かう。休日のため、校内に人の姿はほとんどなかった。離れたところから物珍しそうな目を何度か向けられたが、悪意は感じない。
食堂のテーブルは全て石造りの長机だった。それぞれ適当に席に着くと、料理が運ばれてくる。
ミシェルはまず温かい湯気を立てるトマトのスープに手を付けた。冷えた体が内側から温まって行く。次に手を付けたのは見たことのない肉料理だ。何層にも肉をかさねているようだ。ダイヤ型にカットされている。ナイフを差し込むとじゅわりと肉汁があふれる。思わず喉を鳴らした。一口サイズに切ったそれを口に運ぶ。
「めちゃくちゃ美味しい......」
グルメではないミシェルにはそれが何の肉か分からなかったが、間違いなくこれまで食べたものの中で上位に食い込む美味しさだった。周りを見ると、皆同じような反応をしている。
案内の男子生徒が微笑んで言う。
「この後は校内を見て回りながら明日の説明をして解散となります。ご質問があればその都度おっしゃってください」
このきめ細やかな対応は心から歓迎してくれている証だろう。観光気分で来ているミシェルは、若干申し訳なくなった。
4人につき1人の案内がつく。ミシェルたちのところに来たのは、眩しい笑顔の女子生徒だった。彼女はフィメロと名乗った。
「よろしくね!私堅苦しいの苦手だからさ、みんなも普通に話していいよ」
気さくな雰囲気で、緊張が解けるのを感じる。
ミシェルたちは他のグループの後に続いて食堂を出た。廊下を歩きながらローズマリーが尋ねる。
「ミシェルさんは先輩なのかしら?」
「ううん、私はみんなと同じ2年だよ。もしかしたら、同じクラスになるかもしれないね!」
案内役は2年と3年が混じっていて、先ほど全員の前で話していたのは3年のラウルス先輩だと彼女は言った。
クラス分けどうなるんだろう。フィメロさんみたいに話しやすい人がいればいいな。
「なるべく混んでないところから順に回っていくよ。元からいる生徒でもたまに迷ってる人とかいるから、しっかり覚えてね!」
大丈夫かそれ。
校内は、ミシェルたちの学園に負けず劣らず広かった。基本的に使わない空き教室も多くあるようで、人がいないためか寒い。
「こっちは別に行く用事ないし、案内は省くね。あとは......職員室の場所を確認して、必要なことちょこっと話したら終わりだよ」
疲れるほど歩いていないはずだが、職員室まで来るとやや疲労で体が重たくなっていた。
「これで校内の案内は終わり。明日から授業に参加することになるから、今日はゆっくり休んで。詳しいことは事前に聞いていると思うけど、寮の机に説明書類とクラス分けの結果と置かれているはずだから確認してね」
「今日はありがとう。フィメロさん」
「どういたしまして。またどこかで私を見かけたら、遠慮なく声かけてくれると嬉しいな」
それじゃ、と手を振って別れたフィメロは途中でぴたりと止まって振り返る。
「そうだ、言い忘れてた!みんなタイピンを忘れないように!君たちの身分を証明する大事な物だからね!」