決意
今日も今日とて目の前でいちゃつくカップルを、ミシェルは死んだ目で一瞥し、ため息をついた。カップルの女の方はミシェルの婚約者である。つまり堂々と浮気をやってのけているのだ。
昼食を一緒にとっていた友人が、慌てて元気づけようと口を開く。
「だ、大丈夫だ。世の中にはたくさんの女子がいるから」
「そのたくさんの女子から選ぶことができればいいんだけどな。残念ながら俺は、アレと結婚するしかないらしい。家には逆らえないから」
疲労と虚しさが滲む言葉に、友人は返す言葉が見つからなかった。
浮気者の名前はマーガレット=トレイラー。家格はこちらの方が上だが、名前だけの貧乏貴族のミシェルと違い、事業に成功して資産が潤沢にある。つまり資金援助をしてもらっている立場なのだ。その上ミシェルは次男。ゆくゆくはアレの家に婿入りすることになる。愛人を何人も囲って自分は隅っこに追いやられる未来が容易に想像できた。
最初はミシェルだってマーガレットと良い関係を築こうとしていた。しかし彼女は自分に会うなり一言。
『好みじゃないわ』
その後すぐ、彼女が男遊びの激しいとんでもない女だと知った。正直、今のマーガレットの恋人が誰だとかもはや把握していない。多分どこかのちゃらんぽらん貴族だ。純粋な男子生徒が彼女に目をつけられないよう願う。
婚約破棄をするべく両親に直談判してみたものの却下。マーガレットが真実の愛とやらに目覚めて向こうから破棄してくれればいいのだが。
今後を思うと思わずため息が出る。もう限界だ。こちらの忠告に耳を貸さないマーガレットにも、名ばかりの婚約者だと嗤われることも。
「どこか遠くへ行きたい......」
ぼんやりしながら廊下を歩いていたせいだろう。曲がり角から来る人に気づかなかった。
「うわっ!?ごべっ」
直前で衝突は回避できたが、走っていたらしいその人物は変な声をあげて派手に転んだ。
「すみません!考え事をしていて。大丈夫ですか、先生」
「大丈夫大丈夫」
よろよろと立ち上がった細身の男性は、新任の生物教師だ。何かとドジな人だと聞いている。
ミシェルは床に散らばった先生の荷物を拾い上げる。ふと、一枚のプリントに目が止まった。
「留学推薦書類?」
「ああ。留学者を決める時期らしくてね。ディアルって国なんだけど、知ってる?」
「少ししか。確か、あまり他国と交易を行わない大国でしたっけ」
その土地にしかいない白くてふわふわの生き物がいるとか。いいなあふわふわ。癒されたい。
荷物を先生に渡しながら、ミシェルの頭には突拍子もないアイディアが浮かんでいた。理性が止めるのを待たず、口は勝手に言葉を紡ぐ。
「先生。僕を推薦していただけませんか」
「え?」
「留学したいんです。ディアルへ」