Protocol3 居場所
居場所はいる場所じゃない
1
自室のシャワールームで裸のまま凛はボーっとしていた。朝に目が覚めてからかなりの時間お湯を浴びている。頭の中ではグルグルと彼女、ニバリスの事が巡っている。
凛は自分でもわかっていた。
迷っているのだ。
デウス・インダストリアルは彼女に力を与えて、今の生活も人生も与えてくれた。そのトップである父は彼女以外の人間にとっても絶対だった。父は彼女を兵器となる事を期待して人間としての凛は暴力と共に拒絶する。それも、今までは疑問に思う事は無かった。父に命令されれば、どんな男とも付き合った。どんな命令にも従ったし、敵となった者は全員殺してきた。
ニバリスも、その一人になるはずだった。
だが、ニバリスは正面から凛の心に殴りかかって来た。絶対だったはずの父にも牙を向いた。自分と同じく、力を持った改造人間。だが、生き方が真逆。
自分の意志。自分だけの力。自分の人生。
ニバリスは様々なモノを持っている。記憶、身寄り、家、財産、故郷の無い彼女だが、凛に無いものを全て持っていた。
今まで平気だったことが、一気に不愉快な苦痛に変わってしまった。
「私は、兵器……極東区のACE。人類の、希望」
言い聞かせるように呟く凛だが、ふと鏡を見る。
泣き腫らした顔に、ずぶ濡れになって裸で立ち尽くす自分の姿があった。これが、人類の希望? 涙を流す兵器? 凛の心に黒い炎が灯る。
ふざけるな。
ふざけるな!
「何が人類の希望だ!」
叫んだ彼女は鏡を殴りつける。鏡は粉々に砕け散り、彼女の拳は浴室の壁に穴を開ける。
ため息を吐くと凛はシャワーを止めて浴室を出る。身体を拭くが、着替える事も髪を乾かす事も面倒でやりたくない。全裸のままで部屋をうろついてから、寝室に行ってベッドに倒れ込む。
だらしない姿だ。
感情のコントロールが出来ていない。
その時だった。彼女の部屋のインターホンが鳴る。カメラで来訪者を確認すると、デカい身体にムカつく顔。神無月副隊長だった。
「死ね」
毒づくと凛は無視しておこうともしたが、無理矢理部屋に入られて裸を見られるのも嫌だと下着の上からTシャツとハーフパンツを着て脇差を腰に当てる。すると、先差しから帯が飛び出して彼女の腰に巻き付いた。玄関の見える位置に来て彼女は難しい顔をした。
乗り込んできてもぶっ飛ばせる。
精神は最悪だが、肉体的は全快だ。
「隊長、もう目覚めているのでしょう? 解ります。俺も改造人間なのでね」
凛はあからさまに機嫌を損ねると、脇差を抜いて玄関の扉へとぶん投げる。
金属がぶつかり合う音がして、脇差は鉄製の扉を貫通する。
「失せろ! 私を脅した事を忘れたのか!」
凛が叫ぶと、脇差は扉から抜けると彼女へと飛んでくる。
脇差をキャッチして彼女は腰に再び納める。
「脅しではなく、告白と捉えて頂きたいのですが。ま、いいでしょう。例のアンノウン、灼熱の白雪姫がスラム街でクラウン区画を一晩で半壊させました。隊長が回復に入られてからの出来事なので、報告がてら会いに来たのですよ」
「クラウン区画!? ギャング共の巣窟じゃないか。半壊? どう行うことだ?」
「どうも、家が欲しかったらしく。たまり場の1つを奪い取って、取り戻そうとしたギャング組織を返り討ちにしたそうです。そして、何を思ったのかその中でも大きなウエイトを占める組織をアジト諸共破壊してボスを殺したことでギャングたちは泣き寝入り。事実、クラウン区画の半分は彼女のシマになってしまいましたね」
凛は呆れたように笑っていた。とんでもない事をしている。
時系列で言うと、凛と分かれてその夜だ。
「アイツは、とんでもないな。ふふっ、やるじゃないか」
ギャング共は区画を支配するだけあって勢力も大きい。
それに、大ぴらに事を構えるとデウス・インダストリアルも世間体も悪くなってしまうのだ。スラム街の人間達からはともかく、第一番街がら第十番街のイメージを悪くしたくはないのだ。
証拠もないのに軍を動かして、スラム街の一区画で大量虐殺なんて事になってしまうからだ。
しかし、今回の事件はアウトロー同士の抗争レベル。
たった一人にギャングの面子がぶっ潰されただけだ。
「隊長、部屋に入れてはくれませんか? あの夜の非礼はお詫びいたします」
凛はその言葉に舌打ちをする。
「黙れ、もうお前は信用しない! 私の休暇を邪魔するな!」
凛が叫ぶと、神無月はまるで切り札でも切るように話題を変えた。
「やれやれ……では、侵入したニバリスの対処は私がします」
「彼女が来てるのか!?」
「えぇ、第一番街のラーメン屋にいる所を発見されました。ラーメンなんか食べるとはね、変わっているんだなあの女」
「は?」
凛は急いで支度を始めるが、神無月の言葉に動きを止める事になった。
「秀雄様からの指令は、抹殺。大変ご立腹でした。人類の救世主たる我が区を侮辱した罪だ! と」
抹殺。
珍しい指令ではない。凛の父はいつも目障りな企業や、組織が誕生すると凛に下していた命令だ。だが、いつもなら真っ先に凛へと届くはずだ。敵がニバリスなら尚更だ。
「……おい、その抹殺指令。何故、私に回ってこなかった?」
凛の質問に扉の前の神無月は笑うと、答えを返す。
「はははは、それはもう。アナタはお父上に信用されていないと言う事です。あのニバリスへ、アナタは大層な思い入れがあるようです。謁見の際の態度や、あの夜の事でお父上は少し考えを改めたようです」
その可能性はあったのかもしれないが、凛でないと彼女は止められない。
神無月は確かに実力者ではある。
だが、能力も身体の強さも一歩及ばないのだ。ニバリスも、苦戦するだろうが絶対の勝利とするには難しいだろう。と言う事は、集団での討伐となるのだ。
皆月秀雄の悪癖だ。
力で制圧、そして、見方からの目線には敏感であり自分の印象は崩さないように小細工をする。
「彼女に勝てるものか! 死人が出るぞ! 前は彼女も遊んでいたが、本気で殺すと決めたらやるぞ! 討伐にしても、情報が少ない。彼女の能力の全てを見た訳ではないだろ!」
「そうは言いましても、命令は絶対でしょう? この短い期間で本当に変わってしまいましたね。以前のアナタなら、二つ返事で戦いに赴いたはず」
「敵のレベルが違うだろう! 私も彼女には勝てるかどうかもわからん!」
「なら、隊長もお越しになられては?」
神無月の粘着質な誘いが始まる。
「私の、補佐。としてですが」
「……構わない。連れて行け、どの道全快した彼女は災害だ」
凛はいつものボディースーツに着替えると壁に掛けてあった日本刀を電磁力で引き寄せてキャッチすると腰に差す。ブーツにはナイフ、和風な模様が入った上着。彼女の戦闘服。
扉を開けると、イヤらしい顔で敬礼する神無月がいた。
「さ、隊長殿。いえ、今は現場指揮官補佐! 殿でしたな」
「……現場への案内をお願い致します。現場、指揮官殿」
凛も嫌味っぽく返事をすると、神無月はニヤッと笑って歩き始めた。
*
「大人しくしてもらおうか! 灼熱の白雪姫・ニバリス! その店にいる従業員を人質に立てこもるとは卑怯な!」
外からデウス・インダストリアルの実働部隊が叫んでいるが、彼女は何の事だかさっぱりわからなかった。カウンター席からビールを片手に怪訝な顔で外の光景を眺める彼女、ニバリスは首を傾げてジョッキのビールを飲み干す。
単に、ラーメン食べてたら囲まれた。
偶然見つけたこのラーメン屋で、過去の記憶にあるラーメンとの違いを楽しんでいただけだ。どうやらラーメンの技術は随分と後退している様だ。しかし、店主は勤勉な男で彼女の記憶にあるラーメンの事で仲良くなっていた。彼女が過去から来た事にも特に疑問は抱いていない。それも彼女の話が役に立つ情報が多かったからだろう。
その店主もかなり気骨のある人物だ。従業員たちは彼女がニバリスと気づくと怯えていたが、店主は態度を変えなかったのだ。それに、今も呆れたと言わんばかりに実働部隊の行動に文句を言っている。
「あー、ヤダヤダ。デウス・インダストリアルのお偉いさんの癇癪かねぇ? 姉ちゃんも災難だな」
「災難は親父の方だろう? 俺が来なけりゃ、こんな事にならなかったんだからよ」
「あぁ? がーっははは! 何を言うんだ! こんなにうまそうに俺のラーメン食ってくれたのは姉ちゃんくらいだぜ!? この時代ではラーメンなんて落ち目も落ち目の食いもんだからな」
「この時代は損してるぜ! 俺の時代ではメジャーでよ! 何店も店が並んではしのぎを削ってたもんだぜ!? 親父のラーメン、確かに俺の時代ほどじゃねーけど結構近いぞ? もったいねー旨いのに」
「嬉しいね……あー、クソ。姉ちゃん、こんなおっさん泣かせんな」
店主は目頭を抑えている。
「また来るぜ、親父。金は置いてく」
ニバリスはお題をカウンターに置くと店の入り口へと向かうが、店主は彼女を止める。
「お題はいいぞ、もう沢山だ」
「もらってくれ、また来るよ。今度は友達連れてな。対等でいようぜ? 俺はこの店のファンだからな」
そう店主に告げると、彼女は店からでる。
よくも道路にぞろぞろと集まれるものだと、ニバリスはため息付くと近くに広場がある事を思い出してその方角を見る。空から見ただけだが、かなり広い。それに、店の前で暴れたくはなかった。
「ニバリス! 大人しくしろ! 貴様には討伐命令が出ている」
「ほー? あの秀雄っておっさん、思いっ切り来るな」
ニバリスはそう言うと笑う。
「スゲー奴だけど、愚か者ってのはわかったよ」
手からジェットを噴射してニバリスは道路を飛んでいく。隊員達は慌てて追いかけるが、ニバリスは広場に付くとそこで隊員達を待っていた。
石畳に、中央には大きな噴水。ニバリスが来なければ憩いの場だったんだろう。だが、住人たちは騒ぎが始まってから家に逃げ帰ってしまった様だ。
「くっ! すばしっこい奴め!」
「気を付けろ! コイツは隊長殿にも匹敵する力を持っている! NEXTの軍艦を動かして、熱線で以て破壊したバケモノだ!」
「どうする……接近戦じゃ勝ち目はないぞ!」
「拘束するんだ!」
ぞろぞろと現れた隊員達はそれぞれの手にボーラの様なモノを持っている。
それをニバリスへと投げて来た。飛んで回避するが、手投げ以外にもグレネードランチャーから発射される網が彼女に襲い掛かった。網には電気が走っているのだろう。
ニバリスは網をジェットで吹き飛ばす。
演算能力も全開だ。今の彼女に生半可な攻撃は当たらない。
「くそ、ダメか!」
「撃ち続けろ! 囲んで逃げ場を塞げ!」
空にはヘリが3機巡回し、そこからもランチャーで彼女を狙っている。
だが、網やボーラはニバリスのジェットには通じない。
「面白そうだな!」
ニバリスはヘリの1つに乗り込むと、中にいる奴からランチャーを奪い取る。そして、地上にいる連中を電気の網で逆に捉えて行ってしまう。情けない声をあげて次々と隊員達は倒れていく。
「こっわ! けっこー強力だな! なぁ、コレってどうやってリロードするんだ?」
ニバリスは呑気に撃ち尽くしたランチャーをガシャガシャと弄っている。
「ええい! 何で逆に捕まえられているんだ!」
リロードが上手く行かないニバリスはランチャーを放り投げる。隊員達はじりじりと彼女へと距離を詰めていく。
手にはランチャーや高周波ブレード。銃も構えているが、誰も勝てるとは考えていないようだ。ネクストとの戦いでニバリスが本当にACE級の改造人間とわかったのだ。
ニバリスは様々な行動パターンを予測するが、奇妙な演算結果が出た。
隊員達が何かに道を譲り始めたのだ。
「ん?」
ニバリスが首を傾げると同時に、新たなヘリが広場の上空に現れた。
そして、歓声も上がり始めた。
「凛隊長だ!」
「神無月副隊長もいる! 我が区のトップツーがそろった! 勝てる! 勝てるぞ!」
ヘリから飛び降りて来た2人に隊員達は道を譲り始めた。
ニバリスの前には凛と神無月がそろって現れた。ニバリスは凛の姿を見ると一瞬、笑顔で手を伸ばそうとするが直ぐに目つきを鋭いモノにする。
「凛。友達とは思ってくれてないようだな……俺は、仲良くなれると思ってたが」
ニバリスがそう言うと、凛は刀を抜く。
「私にもわからない。どうしたいのか、私は何を悩んでいるのか? お前はその答えを知っているのか? 昔から、父の命令で生きて来た私の事を変えられると思っているのか?」
凛は苦々しい顔でニバリスに問いかける。
だが、ニバリスは簡単に返事をする。
「変えられる訳ないだろ。俺は、お前じゃないんだぞ?」
「……はぁ?」
凛は物悲し気な顔で気の抜けた返事をしていた。
「俺は、凛が変えたいと思うなら一緒に戦う。だが、お前が変わりたくないならどうする事も出来ないぞ? それに、その選択を俺に委ねる事も出来ない」
「何を、言っているんだ?」
「凛、お前が決めるしかない。残るのか? それとも俺と同じ道を選ぶのか? それとも別の道を探すのか? 全部はお前の決断だ」
「そ、そんなの! 解る訳ないだろ!? 私は兵器だ! 人類を守る為にある!」
「お前だけで世界を守れるか? 空に浮かんでいる船を全て沈められんのかよ? 兵器1つで変えられるほど、世界は小さくない」
凛は苦しそうに頭を振るが、隣にいた神無月が斧を抜くとニバリスに斬りかかる。
「隊長への精神攻撃はやめて欲しいな! お前は我が区の脅威とみなされた! 惜しいなぁ、いい女なのに!」
振り下ろされる斧をニバリスは右の拳で迎え撃ったのだ。硬質な音と共に斧を弾き飛ばすとニバリスは好戦的な笑みを浮かべる。
「凛、お前が決めるんだ」
神無月も怯む事無く斧を再度振り回す。今度は更に速度を増している。ニバリスは躱しながら、そして時には受け流しながら彼と撃ち合う。
その中で凛へと叫ぶ。
「お前が何処に行こうが! 何処にいようが関係ない! お前が正しいと思うならそうしろ!」
「俺は眼中にないってか!?」
神無月な笑顔で左手をニバリスにかざす。
すると、彼女の身体は後方へと激しく吹き飛ばされる。
ニバリスは近くのビルの壁に叩きつけられるが、奇妙な感覚だ。壁に叩きつけられた痛みはあるが、吹き飛ばしてきた力には殺傷力は無かったのだ。
「お前が心から決めた事なら、俺は応援する! もし、それが嫌でも逃げ出せない事なら俺が一緒になってぶっ壊してやる!」
神無月は斧の刃を向けてニバリスへと高速で突進してくる。最早半分滑空とも見える動きだった。ニバリスは左手で斧の刃を掴んで止める。ナノマシン装甲と高周波の流れた刃で火花が散るが、彼女はそのまま右手で神無月の首を掴む。
「とんでもねぇ女だ! その顔! まるで戦う事が、楽しいって顔だ!」
「あぁ! 楽しいね! 自分の力を、出来る事を、精一杯振るえるんだからよ! はははは!」
ギロッ! と神無月を睨むニバリスは右手でジェットを放つ。
巨大な体躯を誇る神無月でも吹き飛ぶ威力。だが、ニバリスは宙を舞う彼を走って追いかけると足を掴むと引き寄せてその顔面へと更に拳を振り下ろすが、神無月の身体は奇妙にも横へと動いてその一撃を回避したのだ。
「おおっと! なんつ―女だ! 狂暴ってレベルじゃねぇ!」
「おいおい!? 殺すんだろ? 周りの部下は何してんだ!? 来いよ! まとめて相手してやる!」
ニバリスは神無月を隊員達へと放り投げる。が、彼の身体はふわりと空中で勢いを殺して着地する。
「邪魔になるだけだ。下手すれば、俺が真っ二つにしちまう!」
「それ、磁力か? この広場を囲む建物、その中にある金属に干渉して自分の動きを補強してるな? 俺を吹き飛ばせたのは、俺に磁力を短時間なら付与できるんだな? 引き寄せなかったのは、ネタばらしを避ける為か……意外と喧嘩慣れしてんだな?」
ニバリスは冷静にかつ、心底楽しそうに能力の仮説を述べる。
それに神無月は顔を抑えて叫ぶ。
「おぉ!? いい! あー、なんで討伐しなきゃなんねーかなぁ!? 俺、お前が欲しいぜ」
「心がほぐれてない女の身体は硬いんだぜ? 抱き心地は最低だ。だから、男はあの手この手で女の心を解くんだろ? 違うか?」
「俺は力でそうして来たぜ?」
「ははは! 俺はそう言う奴を殴り倒してきたよ!」
再び2人は激突する。
改造人間同士の戦い。行動パターンを演算で読むニバリスだ。しかし、神無月は磁力によるトリッキーな動きでその予測に追いつく。
だが、彼女はそんな彼に対して告げる。
「その力、確かに凄いな。だが、俺は変身する!」
ニバリスは両腕をクロスして広げる。
すると、彼女の髪の蒼いメッシュと瞳は赤く染まり、両腕に装甲が現れる。その形態は先月に敵船との戦いで見せた形態だった。
その形態は凄まじいパワーを身に宿す。
神無月は斧を振り上げて渾身の力と磁力の引力で叩きつけてくる。まるで落雷の様な一撃はナノマシン装甲ごと切り裂くことを目的にしているのだろう。
だが、その一撃を出すには遅すぎたようだ。
その一撃を彼女は側面から無理矢理殴りつけて軌道を逸らす。その次の瞬間には神無月はビルの壁にめり込んでいた。
「うげぇあ!? なんだ!? そのパワー……元々、怪力じゃ?」
「俺は元々怪力じゃねぇ。これは、身体を過剰な力に耐えられるようにした姿だ。直撃は避けろよ? 改造人間でも真っ二つに出来る力は余裕で持っているからよ!」
ニバリスはジェットで加速する。
その加速は通常時以上で、彼女は面食らっている神無月へ両飛び膝蹴りをブチ当てる。壁をぶち抜いて吹き飛ばされた神無月は口から血を吐きながら急いで店の外へと飛び出して広場に戻る。
狭い室内で今のニバリスに掴まると、掴まれた箇所は捨てることになる。簡単に握りつぶされてしまうだろう。
「くっ! これはマジでバケモンだねぇ! 成程、隊長が勝てないって言うのもわかった!」
「やめるか? なら部下連れて帰れよ。俺は凛に会いに来ただけだ」
「はははっ! わからないものかねぇ? さっき言ってた通りだ。隊長を変える事なんて出来ない!」
神無月がそう言った時だった。
ニバリスはため息を吐く。演算が、背後からの攻撃を予測したのだ。
「知ってたよ、そんな事」
斬撃を装甲で受けると、ニバリスは斬りかかって来た凛へと向き直ってジェットで反撃する。しかし、その手は脇差の一撃に逸らされてしまう。
凛と神無月から距離を取るニバリスは余裕の表情を崩さない。
「知っていたって、何だ? ニバリス、私がこうすることもわかってたのか!?」
「そんな気はしていたよ。お前は真面目だからな……迷うけど、最後には自分の力で守れる何かを思うって事は」
「私が、味方になるとは思ってくれていなかったんだな」
「凛。俺は味方になってくれと、お前に頼んだ事は無いだろ?」
「訳のわからない事を!」
凛はニバリスに斬りかかる。パワーでは敗北する、だから、スピードとテクニックで隙を突くように攻撃する。だが、ニバリスには演算能力がある。
動揺している凛ではその計算を超えることは出来ないが、互角の撃ち合いに持ち込むことは可能だ。
その中でもニバリスは話を続ける。
「俺はお前の味方になると決めた。だが、お前はどうだ? 何も決めてないだろ? これまで何かを自身で決めて行動したことはあるか? 守るもの、信じる存在、恋人、友人……何かに流されて来ただけじゃないか? そいつがそう言うなら、そう言ってくれるなら、望まれるから?」
「うるさい! やっぱりお前は嫌いだ! 情けをかけた自分がバカだった!」
「他人に責任があるってか? 大きな力や恩に報いたいってか? 嘘つきだな。お前は何も自分で決めちゃいないさ! 親父の操り人形でいたいなら好きにしろよ。でも、俺にはお前が苦しんで見える」
「それを知っていながら!」
「助けてくれないのかって? 勘違いするな。その役目は俺の役目じゃない。俺はヒーローじゃないんだ!」
ニバリスの言葉に凛は攻撃の手を止める。
「な、なんだ……散々、友達だって言っておいて。助けてくれないのか? 私は、私は!」
「俺は、一緒に戦うだけだ! 戦場にくらい自分で上がれよ! 敵に刀を向けるくらい自分で決めろ! 人間はそれすら出来ない奴を簡単に切り捨てる。全員がそうだ! 奇麗事言って、みんな一つになってとか言うけどよ。そんなんは嘘だ。自分が悪者じゃないと信じたいだけだ」
「私は、弱いから……どうする事も、出来ない」
「出来ないなら、他の奴に踏みつぶされるだけだ。誰も助けてくれない。親でも、友達でも、誰からも見捨てられる。人間は躓いちまって、潰れちまった奴を救ってはくれないんだよ!」
ニバリスの言葉に凛はボロボロと涙を流しなら蹲ってしまう。
「や、やめて……何も聞きたくない」
「あと一歩だけだ。叫べ、力を入れろ、戦え、邪魔する奴をぶん殴って叫べ! お前を見下してる奴ら全員黙らせてやれ! お前は兵器じゃねぇ!」
ニバリスは凛の胸倉を掴むと無理矢理立たせる。
泣く彼女を正面から見ながら叫ぶ。
「お前は、お前だろ! その力は、お前だけのものだろ! 泣いてもいい、弱音なんていくらでも吐けよ! 泣きながらでも抜け出して見せろ!」
「うっ、うぅ……私は、父上」
その時に、凛は昨日の父の言葉が頭に反芻する。
(お前は兵器だ!)
兵器。
人も、街も、邪魔するモノを破壊するだけの道具。
皆月凛と言う人間ではない……最強の改造人間・ACEの1人。人類の希望。
「ち、違う……私は、兵器じゃない! 希望なんかじゃない!」
凛は叫ぶとニバリスの顔面を素手で思いっきりぶん殴った。
「何が兵器だ! 何が、人類の希望だ! こんな場所の何処が平和だ!」
馬乗りになって拳を振るう凛に、ニバリスは攻撃を防ぐ事なく全て受ける。凄まじい威力で石畳が砕ける。拳も滅茶苦茶で、ニバリスを外しているものも少なくない。
「知るか! この区だけで、勝てるモンか! 下らない! クソジジイのバカみたいなプライドの所為で! みんな死ぬ! どいつもこいつも、どいつもこいつも! 私だけで、私だけに、押し付けやがって……ちくしょう。大嫌いだ、みんな、私を見てくれない」
その言葉と共に振り下ろされた拳をニバリスは受け止める。
「良く言ったぜ……それが、本音だろ?」
ニバリスは起き上がるが、凛は既に拳に力は入っていない。
口の端から血を流しながらニバリスは満足気に笑っている。
「そうだ。何が、希望だ! 何が平和だ! くっだらねぇ! 良くこの時代がわからない俺でも解るぜ、頭の上を機械の群れに抑えられてよ。海にあるでけー柱に縋って、1人の女に全部背負わせて? 何が人類の希望だ! はははは! バーカ!」
ニバリスは大声で叫ぶ。
それも、この戦いの様子は中継されたものだったからだ。広場に浮かぶ複数のドローンには大きなレンズが搭載されている。恐らくこの広場にニバリスが来てから撮影は続いていたのだろう。
そこへと彼女は叫んでいるんだろう。
凛とニバリスは共に立ち上がる。
「ニバリス……殴ってすまなかった。いや、ごめんなさい。私は……もう、道具でいたくない。自由になりたい! でも、みんなを守りたいのも本音なの。戦って、デウス・インダストリアルともNEXTとも! 一緒に!」
凛は泣きながらニバリスに向かって叫ぶ。
ニバリスは彼女に右手を差し出す。
「やっと、本当の口調でしゃべりやがったな。あぁ! ぶっ飛ばしてやろうぜ!」
「ふふっ、うん」
笑うニバリスの右手を凛は掴む。
その時だったヒステリックなオッサンの声が広場に響き渡った。
(凛! 貴様! 恩知らずめ! 裏切るか! 人類を裏切って自分だけ自由になるとでも言うのか!?)
ホログラムで広場に巨大な皆月秀雄の姿が現れる。
周りの隊員達も騒然としている。それはそうだろう、自分達の主力が第三勢力へと流れてしまうのだから。
(我が区の決戦兵器であるデウスエクスマキナを動かせる存在は、貴様だけなんだぞ!? お前の所為で何人も死ぬ! お前がわがままを言ったせいでだ!)
その言葉に凛は涙を拭うと、吼える。
「その時が来たら、私が戦うに決まっている! でも、アンタの言う事なんか二度と聞くか! 私は道具じゃない! アンタのエゴに付き合うのはもう御免だ!」
凛は落ちている高周波ブレードを蹴り上げてキャッチするとその切っ先をホログラムの秀雄に向ける。
「私の道は私が決める! 邪魔をするなら、誰であろうとぶった斬る!」
その気迫に秀雄は怯んで、酷く狼狽する。
ニバリスは凛の隣に並ぶと、一緒にホログラムの秀雄を見上げる。
(お前……ッ! お前さえ、目覚めなければ! ニバリス! 俺から、娘も奪うのか!)
「は? 人聞き悪いな? テメーの愛情が足りないのが問題だろ虐待クソ親父。コイツは、独り立ちするだけだぜ」
(人類の希望として育てたのだ!)
「そうなれる人間なんかいる訳ないだろうが! このクズ野郎! 希望って呪いをガキに押し付けてんじゃねぇ!」
叫んだニバリスは秀雄に中指を立てる。
(許さん! これは反逆だぞ! 捕まえたら死刑だ! いいな! 死刑だ!)
癇癪を起す秀雄にニバリスと凛は鼻で笑うとホログラムを移しているドローンを、ジェットと電撃で撃ち落してしまう。
「凛、あんなうるさいのと親子してたのか」
「あー、すっきりした。もう、ここに私の居場所は無いし! 自由にするよ」
「一緒に来いよ。何かと、大変だろ?」
「ニバリスが大変なだけでしょ? でも、家には帰れないだろうし……いいか」
ニバリスは凛の言葉を聞くと少しだけジェットで浮遊する。
「背中に掴まれよ、行こうぜ」
「うん」
凛は刀を鞘に納めてからニバリスの背中に飛び移る。
「じゃ、そう言う事で」
ニバリスはそう言うと、第一番街から飛び去っていく。
「とんでもねぇ、コンビの結成だ……あの二人だけでも、軍総出じゃないと勝てないぞ」
隊の誰かがそう言ったが、恐らくそれは総意であろう。
やぁ、今日は軽いテストをしに来た
これは、何か解るかな? そうだ、ペンだ。文字を書く為に使う
ふふっ、色の付く物を何かに擦りつける。こんな原始的な行為からは人類は逃れられない
次は、彼女は誰かな? ん? 覚えてないのかい?
そうか、あぁいや大丈夫だ。何が悪いとか、そう言う事は無い。
怒らないでくれ、混乱するのもわかるが……そう遠くない未来で自由になれるさ