名前 4
兵器は葛藤しない
4
彼女はスラム街に降り立った。と言うよりは、墜落した。市街地のようだが、周りの建物は最初に降りた場所よりも荒れ果てている。
かなり体力を消耗して、近くにあった公園のベンチに寝そべる。
「ナノマシンを滅茶苦茶使っちまった。何か食わないと、ナノマシンを増やせねぇ」
彼女はボヤくが、ここはスラム街。ガラの悪いクズ共も当然いる。
無防備に寝転がる美女を放って置くはずもない。
「おいおい、いい女が寝てるぞ。いけないなぁ~ここで寝たら」
「いけないイタズラされちまうぞ~」
目を瞑ってた彼女は突然の声に反応が遅れて、あっという間に男達に拘束されてしまう。頭には袋、手足も大の男数人がかりで抑えて彼女を抑えつけると仲間の一人がロープで縛ってしまう。
だが、彼女は無反応でされるがままにされていた。
そうこうしている間に乱暴に引きずられて行く。
「バカな女だ! 寄りにもよって、部屋の前の公園にいるなんてな!」
数メートルも引きずられていない。袋を取られると、そこは殺風景な部屋だった。だが、酒瓶に汚いマット。怪しい薬の瓶に注射器。異様な生臭さ、この場所で何がされていたのかなんて簡単に想像がつく。
彼女の顔を卑しい目で覗き込む男は、汚らしくくぼんだ目で笑う。
「本当に美人だな。奇麗にウェーブかかったその髪、おー、結構筋肉質だな。でも、胸もでけーし、ケツも丸くていい形だ~」
彼女は無言で他の連中を見る。
似た様な連中だ。汚い服に、汚れた身体、くぼんだ目に歯も欠けてる。そいつらが股間を膨らませて彼女を取り囲んでいた。
近くにいた男が彼女の服に手をかけて脱がそうとする。
だが、彼女の服はビクともしない。
「な、なんだ!? この服!?」
「ナノマシン装甲だ。このインナーもそうだ。俺の意志じゃないと脱げない」
彼女はそれだけ言うと、ロープを腕力で引きちぎって立ち上がる。足のロープも簡単に引きちぎってしまう。
そして、前の男を容赦なくぶん殴る。
顔の何処かの骨が砕ける音と共に、男は情けない声をあげるとその場に沈んだ。
「うわ!」
「な、なんだこの女!?」
「か、改造人間!? 嘘だろ! 逃げろ!」
一目散に逃げる連中だが、彼女は走ってそいつらに追いつくと全員を気絶させてしまった。弱っているとは言え、彼女の身体能力は人間のそれを遥かに凌駕している。
彼女は倒れている奴らの懐を探っていくと、そこから財布を奪っていく。
「うへへへ、バカな奴らだぜ。こんな奴らだ。格好のわりには持ってるぞ、何故なら金はヤクに消えるからだぜ。こーいう連中は変わらねぇんだな……あー、こんな記憶はあるんだな。俺は、昔はろくな奴じゃなかったようだな」
そう言うと、彼女は忌々し気に薬の瓶を蹴って吹っ飛ばす。
断片的な記憶の中にある、闇の世界の匂いが彼女を少し苛立たせていた。
「嫌だな、薬なんてよ。さて、これで何か食えるな。それに、この部屋ってか建物自体がこいつらの根城なのか?」
そう言うと、彼女はしばき倒した連中を引きずって廊下を歩く。
建物の大きな扉を開けると、道を挟んだ所にさっきの公園が見えた。公園と言ってもベンチや怪しげな自動販売機があるだけの場所だ。遊具などのものは一切ない。
「こいつら、人数的にはもっといるだろうな」
彼女は建物を見上げると、元々は3階建てのビルだったようだ。だが、外装はそこまで悪くはない。窓は割れていないし、建物自体もそこまで古いものではないようだ。周りの荒れ具合からみてもこの建物自体はまともに見えた。
恐らく、このエリアはスラムの闇の部分が集まっている場所なのだろう。クズ共のたまり場ではあるが、人の手が入っている。
彼女はニッと笑うと、上機嫌で腰のバックからタバコを取り出すとジッポライターで火を付ける。
「いいじゃん、この建物。よし、ここいらは俺のシマにするか! この豚共の仲間も、元締めも全員ぶん殴って奪えばいい! 卑怯とは言うまいね」
そう決めると、彼女は連中をロープで縛りあげると公園へ放り込む。
「まずは飯だな。ナノマシンはエネルギーを身体に入れるか、あの廃墟の施設に戻らねぇと作れねーからな。電源って、あるかな? 設備も持ち出せそうだったし、ここに引っ越すぞ」
彼女はウキウキでそう言うと、ジェットで空を飛んで店が並ぶエリアを探しに行った。
*
凛は右の頬を抑えてビルの屋上から第一番街を眺めていた。奇麗な夜景だ、それに海の方角には巨大な機械の柱が鮮やかな緑色の光を今夜も変わらずに放っている。
父に殴られた場所を彼女は気にしていた。
改造人間である彼女は人間である父の攻撃は殆ど聞かない。
それでも、自分の親に殴られるのは慣れないのだ。
「……また来る、か。私はもう、わかんないよ」
1人でいる時の凛は昼間とは打って変わって弱々しい声で呟く。
名前も知らない彼女。自分と同等の力を持っていながら、自由に生きて、感情を抑える事もない。それがいつも正しいとは限らないし、平和的な性格ではない。だが、彼女は何処までも楽しそうだった。記憶も途切れ途切れの不確かなモノで、変わり果てた故郷と空から来る謎の怪物達。それらを見ても彼女は構う事なくぶん殴るのだろう。
凛は自分の拳を握る。
酷く小さく見えたそれは、凛の胸を締め付けた。
その時に、彼女の頬を涙が伝った。
「な、なんで? 私は兵器、兵器にならなきゃ……みんなが、死んじゃうのに」
凛は両手で目を抑えるが、ボロボロと涙が流れてくる。
母親が死んでから、いつも一人で泣いていた。いつしか泣くことは無くなったが、今日は久しぶりに流した涙だった。
その時だった。
「隊長殿~? 意外ですね? 普通の女みたいじゃないですか」
背後に現れた男の声に、凛はギッと目つきを変える。
「何の用だ? 副隊長」
「隊長の様子がおかしかったので、気になったのです」
「他言無用だ」
「そうは行きません。皆月様に報告の義務があります」
にたぁ~と笑う神無月は心底嬉しそうな表情を見せる。
凛は顔つきをキツくしているが、流れている涙は止められてなかった。
「条件でも出すのか?」
凛の言葉に、神無月はいきなり彼女の肩を掴む。
「そうですね、まずは……自分の女になってくれませんか?」
「な、何を!?」
「アンタの事は前から気にかけていたんだ。い~い、女だよ。あのアンノウンも、一緒に仲良く俺の女にしてあげますから」
その言葉に凛は頭に一気に血が上る。
刀を抜くと、神無月の顔面に峰打ちを叩き込む。
神無月は圧倒的な体格差にも関わらずに吹き飛ばされる。
「報告は好きにしろ! もう、二度と私に触れるな! 汚らわしい!」
凛は叫ぶとビルの屋上から飛び降りた。
彼女は両手から電気を放って飛行する。彼女の真似をしてみたが、案外飛べるものだ。減速しながら地上へと着地すると、服のフードを被って涙を隠して彼女は自分の住んでいるマンションへと帰っていく。
その夜に、スラム街で大きな事件が起きた。彼女の出現で街は大混乱となったが、治安を脅かしていたギャングが消滅したのだ。彼女を大きな脅威と捉えたデウス・インダストリアルから正式に<彼女>の呼称が報じられた。
灼熱の白雪姫・ニバリス。
それが彼女に付いた二つ名と、名前だった。
*
日が登ったスラム街はかなりの騒ぎになっていた。
スラム街の中でも怪しい店が点在する地区の一角が乗っ取られたのだ。一夜で起きた大抗争、兵隊として送り込まれた連中や黒い組織のリーダーや幹部を合わせてもかなりの死傷者を出していた。
そして、日が登ったスラムの一角は多くの重機やがらくたなどが積みあがってまだ炎が上がっている。
それの中心には小さなビルがあった。
「よっし! 掃除はあらかた終わったぜ! 家具は、襲って来た奴らから大抵は奪い取ったし」
さらりとした下衆発言をしたのはニコニコでビルの扉を開けて出て来た彼女だった。
あの後に食料をたんまり買い込んでビルに戻った彼女が、食事をしているとボコボコにした連中のボスが手下を全員引き連れて襲って来たのだ。それらをパンを食べながら片手間に撃破。
今度は悪の街で舐めた事をした落とし前を付けるだのなんだのと言った連中が到着。蹴り飛ばしたら重機を引っ張り出してビルを壊そうとしてきたので重機を破壊。その場に居た兵隊を全員ぼろ雑巾にしてから、彼女は掃除を始めた。
汚いマットや謎の薬は燃やして、家具はどうしようか悩んでいた所に組織のボスらしき人物が訪ねて来た為そいつを殴り飛ばした。彼女はそのまま帰って貰ったのだが、面倒なのでそいつの後を付いていて敵の本拠地を解体。
このビルは彼女のものとなった。
家具は解体した後に相手の本拠地から奪って来たものだ。
善人から奪うのは悪だが、搾取を生業とする悪党から奪うのは気が引けない。これを悪党ロンダリングと言うのだ。
「ベッドは新品欲しい……机は良いのが手に入ったし、クローゼットもソファも上等な奴だよな? あの野郎はギャングか、半グレ見たいな奴だったな。まぁ、いいか」
彼女は何とも思っていないと言いたげにそう呟くと、部屋に戻る。
小奇麗になった部屋をみて満足気に伸びをするが、少し彼女は不満気だ。
「寝たいけど……うーん、ベッドで寝たい。シャワー浴びたい……この建物に風呂とかあるのかな? アイツら汚かったし、水道とか電気も止められてそう」
そう言いながら彼女は建物を探索して風呂の場所などを確認して回った。
キッチンやトイレなども見つかったが、全部地獄の様な有様だった。
「あーっと……仕方ないか、あんなヤクブーツジャンキーの巣窟だっただけはあるぜ。てか、ここの権利書的なものも奪い取ったから……いいか、細かいもんは後で何とでもなんだろ」
ブツブツと独り言を呟きながら部屋を回った彼女は一つ分かったことがある。
この建物はビルと言うよりは住居に近い作りだった。拠点とするには申し分ない物件だ。事故物件だが、それもご愛敬だろう。昨晩の襲撃と抗争で思いっきり周辺で何人か死んでいるからだ。
彼女は力のない人間は殺さないが、相手が裏の住人なら容赦はない。
「さて、金がないと水道も何も使えないのは昔と買わないか。俺の記憶の2025年から65年経ってもそう言うのは続くもんなんだな。おいおい~、俺はいつの時代の人なんだ~い?」
眠たい顔で部屋をふらふらと歩く。
だが、贅沢は言っていられない。
彼女の回復手段は、エネルギーの補給と休息。要するに、たくさん食べて寝ればいいのだ。それで彼女には人間を遥かに超越した力が戻ってくるのだ。
「よし、寝る。しばらくは安全だろー、凛も休まないと力が出ないようだし……向こうでは重要ポジなら休ませてはくれるだろ」
そう言うと、彼女はその場に大の字にぶっ倒れる。
ドダン! と大きな音がするがそれでも彼女にダメージはない。それどころか、一瞬で彼女は静かな寝息を立て始めた。
彼女の見立て通り、このエリアにはしばらくは誰も近づくことは無かった。
そして、次の朝に彼女は目を覚ました。
「んー? おいおい、少ししか寝てないのか? あー、でもナノマシンは回復してるな。って事は丸一日寝てたな。よし、全開だ!」
そう言うと、彼女は扉を開け放つ。
そして、再び空へと舞い上がる。
「凛に会いに行くか! あの親父、頭冷やしたかな? 嫌無理だな、バカ見て―だったからな!」
秀雄の悪口を言いながら彼女は高速で空を駆ける。
君が話すようになってからしばらくしたね。
始めは驚いたよ
いきなり、「おい!メガネ!」ってさ
あの日に君が、辛気臭いこの場所を破壊した
口悪いけど、君は優しかったから
みんな、安心したんだと思う
殺しの兵器を作ってる。その絶望を薄めるくらいにはね