名前 2
好きに暴れるだけ
2
ジェットの飛行速度は凛の想像を超えていたようで、彼女の背中で小さな悲鳴を上げる。
空を飛んで敵の船があっという間に彼女の目の前まで迫る。彼女の知っている海を航行する船とは形状が全く違う。正しく飛行艇とでも言える代物だが、奇妙だと彼女は首を傾げた。
飛行するための装置が見当たらないのだ。
ホバークラフトの為のプロペラやジェットもない。船の後ろにもエンジンの様なものが無い。どうやって浮いているのだろうか?
「私は船に乗り込む! 滞空防御してくる前に突っ込め!」
「言われなくてもな! 後、2秒後に弾幕が来るが」
彼女の言葉の後に無数の光弾が船から放たれる。
だが、その弾は当たらない。
「俺が飛んでいるのは弾が来てないルートなんだよ! 行け! 凛!」
彼女がそう言うと、凛は躊躇うことなく背中を踏み台にして飛び上がる。
船の装甲へと抜刀しながら襲い掛かる凛の動きは酷くゆっくりに見えた。だが、それも彼女が刀を振るまでだった。直後に船の装甲は細切れになって凛は敵船内へと侵入する。
「さて、俺も行くぜ! まずは、その謎弾ぶっ放す銃座をぶっ飛ばしてやるか!」
彼女は弾を避けながら銃座へと迫ると、そこに座る奴と目が合う。
見た目は人間型のロボットと言う感じだった。だが、そいつは直ぐに彼女へと腕から飛び出た銃から光弾を発射する。
弾丸は彼女の身体に直撃するが、硬質な音と共にナノマシン装甲に弾かれる。
だが、同時に刺すような熱が彼女を襲った。
「あっつ!? これ、ビームか!? てか、なんでビーム防げてんだ!?」
彼女は叫びながらも、そいつの首に蹴りを放つ。
バギン! と言う音と共にそいつの首はへし折れて緑の液体を口と思われる部位から垂れ流して動かなくなった。
「心臓の位置撃って来やがって! お前ら、何か解んねーけどぶっ飛ばす!」
彼女は銃座に設置されている重火器を取り出すと外に飛び出す。右腕で重火器を構えて、左腕でジェットでホバリングしながら次々と銃座を潰していく。
「銃の形態も同じようなもんだ。おいおい、こいつら! 謎過ぎだろ!」
彼女はテンション上げながら撃ちきった重火器を豪速で船に投げつける。間抜けに船体に穴を開けた後に彼女も船内へと飛び込む。中は大勢の人間ロボット共が大慌てで騒いでいた。
その様子から、連中には感情や思考がある事を察するが、今は相手の事情を察して慈悲をかけてはいられない。こいつらが暴れたら、さっきの夫婦までも殺されるかもしれないのだ。
「あっ、そうだ! ここ街の真上じゃねぇか! ここで落とすのはヤバい!」
彼女はその事に気が付くが、既に船内は敵の死体と切り刻まれた瓦礫が積まれ始めている。至るとこでも爆発が起きている。
この船は彼女の計算では約200mの大きさを誇っている。
凛を探したところで、間に合わないだろう。
「初めに気が付けっての! 俺!」
彼女は叫ぶと襲い来る敵を蹴散らして再び外へと出る。
流石は今の時代で最強格の改造人間。既に船は航行が困難になる一歩手前だ。侵入してから3分も経っていない。現状の破壊状況から墜落の時間を演算して、彼女は頭を抱える。
「墜落は4分後!? クッソ! 初めて使うが……俺にも責任あるからな!」
彼女は大きく上昇すると意識を身体の中心に集中する。
そして、腕をクロスさせてから開く。
その直後に彼女の瞳が赤く光る。その後に彼女の上着が変身する。両肩から前腕に至るまで装甲と手袋も現れ紅い光が装甲の隙間から漏れている。そして、服装の見た目以外にも彼女の身体の中にあるナノマシンも彼女を大幅に強化する。凄まじい力を振るっても壊れない身体へと瞬時に変えていく。
「ふーっ……名前は、スパルタンスタイルって感じか? パワー極振りで海に放り込んでやるか!」
彼女は再びジェットを噴射して船に突撃するが、出力は通常時の何倍もの力となっていた。船壁に背中をつける。
「本来はぶん殴る感じなんだろうけど、今はそうも言えないんだよな!」
彼女はジェットを噴射して身体で船を押した。
すると、船はその巨体に関わらずにすんなりと海の方角。彼女の時代では東京湾と呼ばれた場所へと進み始めた。
「マジか! 簡単に動いた! 飛んでるってよりは、浮いてるってイメージかもな~この船!」
彼女は独り言を喋りながらも船を全力で押す。すると、船は海上へと押し出される。
「っしゃあ! これで、心置きなく!」
彼女は船から離れると、ジェットで空へと上昇して船を見下ろす。そこで、彼女は今のスパルタンスタイルを解除して、左腕だけの装甲がある服装へと戻る。瞳の色が黄色に戻った時に船体を切り裂いて凛が飛び上がって来る。彼女は凛を捕まえると空いている左手でホバリングして彼女へと問いかける。
「終わったか!?」
「最後にあの船を破壊する! お前はどいているんだな、大きな力を使う!」
「必殺技か? 俺にもあるんだなー、それ」
凛はその言葉に短く笑顔を返すと、彼女を踏み台にして飛ぶ。そして、右手の日本刀と共に突きの構えを取る。そこには雷が収束して深紅の槍が形成されて行く。
「負けてらんねぇな。とっておきで行くとするか!」
彼女は両手を静かに左右へと開く。腕には碧い光が集まって行くと、莫大な熱が彼女の身体から湧き上がってくる。
「墜ちろ! 神凪!」
凛は雷の槍を撃ち放つ。
神速で放たれた巨大な槍は船に直撃すると、四方に光電をまき散らすように爆発した。無数の雷と突き抜ける衝撃に船は砕け散った。
だが、直ぐに爆炎の中から小ぶりな船が飛び出してきた。小ぶりと言っても50mはあるが。
「何!? 脱出船か!?」
「俺の技も無駄にならなくて良かったぜ!」
彼女は嬉しそうに叫ぶ。
小ぶりな船は滅茶苦茶に光弾を撃ちながら2人に突っ込んで来る。
「初めてだから、加減できねーぞ!! 技は、あー、どうしよう」
呑気に技名を考える彼女だが、直ぐに敵船へと両拳を突き出す。
即興で考え付いた技名を彼女は叫ぶ。
「ラネジュウム・ブラスター‼‼」
彼女の掛け声と共に放たれたのは碧い光線だった。
光線は敵船に直撃すると、その船体を完全にひしゃげさせ、その後に融解しながら貫いて爆発四散させた。
この攻撃で敵主力は完全に制圧された。
凛と彼女はそのまま、陸地の広場へと降りていく。と言うよりは落ちて行った。そこには街で戦っていたであろう凛の部下たちが集まって来ていた。
その連中の前に2人はそろって着地する。
それと同時だった。彼女が放った光線が海で水蒸気爆発を起こして水柱が上がった。それはまるで演出の様に2人が着地した瞬間に起きた。
降り注ぐ水が虹を作る。
その後にキラキラと白い雪の様な粉末が降って来た。
その光景は隊員達から見ると、2人の美しさも相まって幻想的に映った。
「これが、ACEの戦力……それが、2人」
誰かが息を飲むが、凛は納刀すると振って来た海水で濡れた髪をかきあげると、彼女を睨んだ。
「お前……ビームの技術を。北欧区の回し者か!」
「え? 北欧? 俺はこの街の廃ビルで2日前に目が覚めたばかりだ。それに、北欧の技術の詳細はわかるのか?」
「光学兵器だ。装甲を無視して敵を貫ける強力なものだ。お前もそうだろ!?」
「あー、違う違う。俺のは粒子光線! 身体の中にあるナノマシンを収束して超高速で射出しているってだけだ! そうすると、体力は奪われるしナノマシンも消費する。連発するのには向かない」
「粒子……お前の身体も、変なものだな。確かに、光学迷彩を持ってるならとっくに使っているか。お前の性格なら」
「俺を解って来たな。そっちは? 電気ナマズか?」
電気ナマズと言われて、凛は少し口元を緩めた。笑いそうになって顔を背けて首を横に振っている。
だが、ナマズ扱いもされたくないのだろう。自分の身体の説明を始める。
「私は身体に超強力な発電因子が埋め込まれている。それによって10億ボルトの電流を操れる。神凪は渾身の力で私と刀で雷の道を作り出して、敵に放つ技だ。これを使うと疲労が酷い上に、身体のエネルギーを大きく消費する。連射するには繊細な技術を要するんだ」
「因子……凛も人の事は言えないだろ」
「ふふっ、確かにな。あっ、んん!」
凛は思わず笑ってしまった事を誤魔化すように咳ばらいをする。
「隊長殿。流石のお手並みです! 市街地の被害はほぼ無しです。2人で、での討伐ですが。それも、捜査対象のアンノウンと」
そんな二人の元に変に挑発的な口調の男が現れた。
身長は190㎝ほどもある筋骨隆々な男だ。短髪の金髪にツーブロックと言う姿に武器も他の隊員とは違って斧を背負っている。だが、それ以外の雰囲気が何処か常人とは違う。
「ほぉー、これが噂のアンノウン。隊長殿を殴り飛ばした奴と聞いて、重機の様な化け物を想像してたが……ん~、なかなか締まったイイ女じゃないか」
男は彼女の前まで来ると湿気のある目線を向けてくる。
その下卑た視線を彼女は鼻で笑う。
「そんなアンタはどうなんだ? 背中の武器と図体に見合うだけのモノはあんかよ? 俺は安くねぇぞ?」
彼女はそう言うと、ジトっとした目でべっと舌を出す。
その視線に男は興奮すると言わんばかりに身体を震わせる。
「イイねぇ、最近か弱い女しかいなくてよ。丈夫でもブスじゃどーしょうもねぇんだ」
「副隊長」
凛が刀を持った左手を彼女と副隊長と呼ばれた男との間に割って入れる。
「コイツは、こちらに明確な敵意があって攻撃する危険人物ではない。何かしても、私が抑えよう。」
「おや? 隊長殿、随分とこのアンノウンを買っている様子。御父上様が何と言うか」
「黙れ……お前には、関係ない」
凛はギロッと副隊長を睨むと刀を少し抜く。
その様子に周りの隊員達は驚きを隠そうともしていない。
「た、隊長?」
「どうされたのですか!? いつものアナタなら」
「余程の事が!?」
その言葉を彼女は聞きながら副隊長の表情を盗み見ていた。
奴だけ、驚いでいない。むしろ、喜んでいる様だった。
「おっと、失礼! では、我々も本部へと戻ります。そのアンノウンも連行するということで?」
副隊長の言葉に凛は刀を納める。
深呼吸をすると、凛は彼女を見る。
「拘束は必要ない。逃げ出すような奴でもない……私が連れて行こう」
その言葉に副隊長短い口笛で返す。
そんな奴に彼女は歩みよると、威圧的な声で話しかける。
「おい。デカブツ、名前は?」
「ん? 俺か? 俺は神無月 恭治。デウス・インダストリアル実働部隊副隊長だ。そして、改造人間だ」
彼女はそれを聞くと彼の目を見ながら近づいて行く。
「神無月。凛にふざけた事したら、てめぇのモノ……握り潰しに来るからな?」
それだけ告げると彼女はタバコを取り出す。口に咥えると、そのタバコの先端に電気の火花が散る。
指を銃の様に構えた神無月がニヤリと笑って指を振りながら返事を返す。
「安心しろよ。隊長とはとてもとても仲良くして、末永く、行きたいからな」
「ふーっ、火。ありがとな、クソ野郎」
彼女は煙を吐きながら去っていく神無月達を見送った。
「これから、本部に来てもらう。頼むから暴れるな」
凛に促されて彼女は街にそびえる一番デカい建物をみた。
金属の城、とでも言える建物は彼女を睨みつけているかのようだった。
「暴れねぇよ……クソな部下が下手な事しなけりゃな? その時は、俺は死ぬまで暴れる」
「私は、それを止めないといけない」
「ふふっ、さっきは俺を斬るつもりだったんだろ?」
「……そうだ。だが、もういい。お前は、斬る価値なんかないバカってわかったからな」
「同じ改造仲間だからな。神無月は……スケベ野郎は出禁の刑だ」
「はははっ、変な事したらぶん殴ってもいいぞ。私が許可する」
「手加減しねぇー、ぶっ飛ばしてやる」
2人はそんな事を話しながら、デウス・インダストリアル本社へと向かって歩き出した。
君は本当によく食べるね
驚くよ。でも、筋肉量がある所為で太る事は無いみたいだね
その力は、戦うために身に着けたのかな?
データでは……あぁ、そうか
今の君は戦うために力を振るっているのか、とても、結構だ