Protocol1 暴君
彼女に名前はまだない。
1
彼女は日が昇ると街に降りて来た。
ビルなどの建築物は極端に少なく、辺りには背の低い建物が並んでいる。それも古い物ばかりであり、一言で表すのならスラム街の様にも感じる。それなのに街の中心を走る大通りはしっかりと整備されており、その部分だけ時間の流れが違うようだ。その道の先には大きな門があり、更に向こうへはビルなどが立ち並ぶ近未来的なエリアとなっている。彼女はそのエリアから来たのだ。
解りやすいぐらいに生活区域が別けられている。
だが、スラム街の様にも見える場所だが大型のモニターが各所に設置されている。そこには企業の広告であろうポップな音楽と共にモデルと思われる美しい女性が商品の紹介をしている。
街の中は夜中の放送によってざわついていた。それと同時に、何やらパレードの様な催しも大通りで行われていた。多くの人々はそのパレードを見るために道の端に殺到していた。
その喧騒の中に彼女はいた。
どうやら記憶にある街とは違うようだと、彼女は怪訝な表情のまま街を歩く。
「東京じゃないのか……うーん、あのパレードで歩いている連中。そいつらだけやっぱり身なりが良いな? 身分が高いとか? でも、兵士だよな? 日本でこんな某国みてーな軍事パレードとか、変だよな」
独り言を呟いている彼女だが、周りの人々の視線がチラチラとこちらに向いているのがわかる。それもそうだろう。彼女の服装がこの街ではかなり浮いているのだ。
一般人たちはボロボロと言う訳ではないが、何処かくたびれているかのようにも彼女には見えた。その中で彼女はかなりハイテクな見た目の服を着ている。
コソコソとみんなが話したと思うと、すれ違う前に道を開けて頭を下げて来る。適当な店に入れば、タダで商品を渡してくる始末だ。
彼女は断って出て来たが、何か不気味だった。
まるで、媚びを売っているかのようだ。それに、みんなが彼女の事を恐れていた。
「言葉は日本語なんだよな……なら、ここは日本だ。でも、なんだか人種はごちゃ混ぜだ。どう見ても中国人や中にはアメリカ? 辺りの顔つきの連中もいる。とにかくはパレードでも見るか、何かわかる事があるかもしれねーし」
独り言をブツブツ呟く。いや、まるで誰かと話しているかのような音量で話す彼女は人ごみの中へと入っていく。
辺りの人々は頭を垂れて避けるから彼女の周りだけガランとする。
「ん? おいおい、アンタら詰めろよ。他の連中に迷惑になるぞ? 俺は何もしねぇよ、ビビる程の美人でもねぇだろ?」
彼女はニッと人懐っこい笑みを浮かべて離れていった人々を自分の周りに詰める様に言うと、少し戸惑ったような様子を見せてから人々は恐る恐る詰めて来てくれた。
そんな様子に彼女は近くにいた中年の男性に声をかける。
「なぁ、なんで俺を避けてんだ? この服か? 髪の毛? 目の色か? さっきなんてコンビニみてーな店に入ったらタダでモノを渡して来やがったんだぜ? 強盗に見えるか? 武器なんて持ってないぞ?」
そう言うと男性は驚いた顔をした。
「あ、貴女はデウス・インダストリアルの人間じゃないんですか? その……恐らく、改造人間でしょう?」
「あ? あー、確かに普通の人間とは少し違うな。この服もな、実はナノマシン装甲なんだぜ? そのナンたらインダストリアルって奴らは改造人間なのか?」
ナノマシン装甲と言う言葉を聞いた男は更に目を丸くする。
「ナノテクノロジーなんて、NEXTの襲来で消滅した技術ですよ!? 嘘を……」
「ネクスト? それが何かは知らないが、疑うなら見せてやるよ」
彼女はそう言うと自分のお腹に手を当てる。すると、当てた部分から半液状の様になったナノマシンが手に移り手袋となる。そして、手を当てた部位は彼女の腹の皮膚が覗いていた。
手袋を直ぐに腹部の部位に変形させて戻すと、中年男性はもう過呼吸になる手前だった。
「あ、あぁ……本当だった。5人目の……ACE様」
「おい! 大丈夫かよ!? 顔色悪いぜ? 少し休めよ、肩貸すぞ? 悪い、この人気分悪そうなんだ。水か何かないか?」
彼女は彼の顔色の変化に焦ると、周りの人間に助けを求め始めるが。
「め、滅相もありません! 私は、この通り元気です! あ、貴女様の手を煩わせたりは致しません!」
「お? おぉ……そうか? 無理すんなよ? もしもの時は運んでやる。それぐらいの力はあるんだぜ?」
心配そうにそう言う彼女は男性の顔を見ながらそう言うが、パレードの列が近づいて来た為に視線を移す。和洋折衷の制服に刀を腰に差した人々が装甲車や戦車などの兵器と共に行進しているだけのようだ。華やかな音楽が流れてはいるが、その光景に彼女は嫌悪にも似た表情を浮かべる。
「なんか、わかんねぇけど……クソみてーな気分だ。誰も、心から笑ってねぇし……あの列にいる奴らは」
そう言いかけると、少し離れた場所が突然騒がしくなった。怒号と、悲鳴が聴こえる。
彼女は背伸びをしてその様子を覗き込む。
そこには10歳くらいの女の子と歳の近そうな男の子、それに制服の男がいた。どうやら怒鳴っているのは制服の男のようだ。
「なんてこった。デウス・インダストリアルの行進の妨げになったんだ……あの子たち、ヤバいかも」
中年の男はそう独り言を呟くが、彼女にはその言葉が理解できなかった。
「相手は子供だぞ? しかも、行進の邪魔って」
彼女はよく目を凝らすと、女の子は人ごみから一歩外に出てしまっただけのようだ。それに膝を擦り剝いている事から、押し出されて転んだようだ。パレードの列に被ってもいない上に、ほんの些細な事だ。列の真ん前に飛び出した訳ではない事は明白だった。
「飛び出した訳じゃないだろ? それにあの女の子、膝を怪我してるぞ? 押し出されただけだ。それにパレードの列からはかなり離れてる。邪魔にはならないはずだ」
「み、見えるのですか!? この距離でそんな細かい所まで!?」
「目の前にいるかのようにな。ったく、あの野郎! 大人げねぇ、少し止めてくる」
彼女が前に出ようとした時だった。
「妹は悪くないんです! お願いします、見逃して下さい!」
子供とは思えない声量で叫ぶ男の子に、制服の男が蹴りを放った。大きな鈍い音に続いて女の子の悲鳴と泣き声が響き渡る。
そして、男が叫ぶ。
「卑しい無能者が! 我ら、デウス・インダストリアルのパレードに汚点を! お前らが飛び出さなければ、完璧にパレードは続けられたのだ! その不敬、死んで償うがいい!」
彼女は男が刀を抜いたのを見て舌打ちをする。
「見ろ! これがデウス・インダストリアルの権威だ!」
男は泣く2人の子供に凶刃を振り下ろした。
だが、その刀は誰かを切り裂く前に男自体が吹き飛ばされた。人形の様に吹き飛んだ男は装甲車の横っ腹に激突して動かなくなった。
「軽い権威だな。豚のクセに随分とよく飛ぶじゃねぇかよ」
綺麗に引き締まった足を下ろしながら彼女は暴言を吐く。
「なんだ貴様! 我々を誰だと思っているんだ!?」
刀を抜きながら制服を着た連中が彼女の元へと群がる。
後ろで震えている兄妹であろう二人を見ると、彼女は叫ぶ。
「んだよ!? 引っ込めよクソガキ! 俺はあのクソうるせえ馬鹿に話があったんだ! せっかく気分よく酒飲んでたのによ! 刀振り上げて叫びやがって! おい、そいつ叩き起こせ! もう一発ぶん殴ってやる!」
気絶している男へと彼女は荒々しく中指を立てる。
その瞬間に彼女へと斬撃が襲いかかる。彼女はポケットに手を突っ込んでその斬撃を受ける。硬質な音と共に何人もの斬撃は弾き飛ばされる。頭にはフードを斬撃の前に被っていたおかげで防御できた。上着やズボン、靴すらもナノマシン装甲だ。半端な攻撃は無力化される。
「な、なんだ!? この女、鋼鉄か何かか!?」
驚く連中はその直後に飛んで来た彼女の拳に顔を凹まされる事になる。その動きは疾風迅雷。あっという間に斬りかかって来た連中はその場に倒れ伏した。
「んだよ? おい、さっきまで威勢よく叫んでたわりには直ぐにお寝んねか?」
彼女はそう挑発すると、今度は銃を持った連中や刀を持った男達がわらわらと集まり始めた。民衆は恐れの悲鳴と共にその場を離れていく。あの兄妹も急いで逃げていった。
「遠くへ逃げろ、もう怖いものはないからな」
彼女は小声で子供たちを見送ると、襲い来る奴らと対峙する。
刀を持つ連中は怖くないが、問題は銃を持つ奴らだった。彼女は一通り、自分の力は廃ビルを出る前に把握している。
まずは、戦って実感した事ではあるが、常人離れした身体能力。通常兵器を受け付けないナノマシン装甲。遠方まで見渡せてズームまで出来る視力。引き金を引く音を聞き分ける聴力。斬撃や弾丸の着弾地点を予測できる演算能力。
それらの力で、武装した人間程度は素手で対処できる。迫り来る斬撃を躱し、カウンターの拳。関節を決めて投げ飛ばしたり、風の様な蹴りが敵をなぎ倒していく。
「銃は面倒だな。拳の射程範囲外……近づくのも面倒だ」
彼女はそう呟くと刀を持った連中をなぎ倒しながらニヤリと笑い、掌を構える。装甲車の上からこちらをライフルで狙っている奴は怪訝そうに首を傾げる。
その直後に、ドシュ‼‼‼ と言う鋭い音と共に碧い光が銃を持った奴を吹き飛ばした。
「な、何っ!? 今のはなんだ!?」
「はっ! いいね、俺の試運転に付き合えよ!」
彼女は掌を周りにいる連中へとまるで拳法の型のように構えて行く。それと同時に碧い光と共に衝撃が男達をぶっ飛ばしていった。
「おい! これはどういう事だ!? この女、まさか改造人間!? ぐえぇ!?」
叫んだ男も衝撃波で吹き飛ばされる。
「俺みたいなのがまだ何人かいるみたいだな。どうでも良いが、お前らがムカつくんでね」
「バケモンだ! 装甲車を使え!」
「は? 子供に刀振り下ろすてめぇらの方が、余程のバケモンだろうがぁ!」
彼女は両手を後ろに回して、まるでジェット機の様に加速する。そして、叫んだ奴へ襲い掛かると顔面に膝蹴りを叩き込む。その後にそいつの脚を掴むと振り回してから他の連中へと投げ捨てた。
「コイツ、昨晩の謎の放送! それと関係があるのか!?」
兵士の疑問に彼女は即答する。
「俺もわからねぇ! ここが何処なのか!? 何があったのか、どんなことになっているか? さっぱりわからない! だが、お前らが俺の嫌いなクズ共ってーのはわかる。だから、ぶん殴んだよ!」
彼女がそう言った時だった。
頭上から何者かが刀を突き立てて襲い掛かって来た。彼女は両手からジェットを噴射してその一撃を回避する。
「デウス・インダストリアルへの攻撃と判断する。極東区代表軍需企業デウス・インダストリアル所有部隊所属・コードナンバーACE、皆月 凛。敵対者への反撃を開始する」
現れたのは深紅の刀身を持つ日本刀を持った彼女と同い年くらいの女性だった。艶やかな短い黒髪に目元のパッチリした瞳。体にはナノマシン装甲の様にピッタリと身体に張り付いている漆の様に黒い衣装が見えるが、あれはボディースーツでありナノテクノロジーとは別のものだろう。身体のラインがくっきりと浮かび上がっているが、腰には白い帯に前、後ろ垂れがかかっているため露出は少しだけ抑えられてはいる。太ももは丸出しだが。膝まである長いブーツを履いており、そこにナイフを差している。そして、波をイメージした模様の和風の上着を羽織っていた。
「俺の服と少し似てるな? ま、俺はそのハイレグを丸出しにはしてないけどな。ほら、ズボンで見えないようにしてるだろ? こっちの方がミリタリーっぽくてカッコいい」
彼女はふふっと笑う。
まるで緊張感のない様子に、現れた凛と言う女性は首を傾げる。
「命を奪う事を宣告したはず。何故笑う? しかも、服装の話題だなんて関係のない事を」
「何でだろうな? 俺と少し近いものをアンタには感じるぜ? ACE? ってのはなんだ? どうやら俺もそれと同じように見られてるんだ。何か知らねぇか?」
気安く会話を続ける彼女の首に紅い鋼刃が神速で迫るが、それに対して彼女は右手の手袋で刀を封じて、左手からのジェットで反撃をセットで行うが凛も短い刀でジェットの一撃を防ぐ。
「なんだか、お前だけ妙だな? 何で演算の答えが2通りになるんだ? 最終結論が出せない……出たとこ勝負の2択を迫られる。こっちも攻撃の瞬間は演算切らないと迷って斬られちまう」
「……演算? お前は感情的な行動で我が部隊に攻撃した。それなのに、戦闘自体は的確に敵の急所を攻撃し、動きを予測して立ち回っている。現に、私の攻撃が始まったというのに無傷でしのいでいる。極めつけは、演算。機械か?」
「機械見て―なのは、お前じゃないか? なんだよ、事務的に淡々と」
彼女は馬鹿にしたような表情でそう言うと、ベっと舌を出す。
しかし、相手の凛は表情を変えない。
「この一太刀で理解した。全力にて攻撃が妥当と判断する。周囲の隊員は避難を」
「おい、一般人もまだ近くにいるだろ? 何する気だ?」
「対象への攻撃を開始する」
その瞬間に凛の姿が消えた。
彼女は真上へとジェットを放ち、その推進力で寝そべる。次の瞬間には二本の紅い光が彼女の首があった位置と腹があった位置に走る。脇差も抜いていたんだろう。
直ぐにジェットを地面に放って立ち上がる。
「演算がやっぱり2通りになる……それに、見えない。速いな、高速移動が能力? いや、俺のナノマシン装甲みたいなものか。そのハイレグがカラクリだな」
彼女はそう言うと腹を腕で防御する。
だが、その直後に首へと紅い光が差し込まれた。
そして、刀が弾き飛ばされた。
「どう言う、事だ?」
「ヤマ勘ってんだ。わかるか? 首にナノマシン装甲集中したんだよ!」
彼女は笑うと、刀を掴む。姿を現した凛へ死神の鎌の様な蹴りを放つ。だが、凛は刀を離してその一撃を躱し、深紅の光を掌から発した。
それに対して彼女はジェットを噴射し続けてぶつける。しかし、それは推進力と言うにはビームに似たモノだった。
凛の発した光の正体は電気だった。
「うおっ!? なんだこれ!? ビーム!? ってか、お前は雷!? なんだそりゃ!?」
「っく! なんて出力、私の雷にも負けないとは!」
お互いの攻撃が終わると2人は睨み合う。
「お前、今の攻撃下手に撃ってたら辺りの建物もぶっ飛ばしてたぞ」
「それがなんだ? ハデス・インダストリアルの軍事行動は全てが合法。この場合は、敵対したお前の責任となる」
「はっ! そうかい。クソ野郎どもが、お前とは仲良くなれそうだったのにな。結局、刀振り回すだけのお人形さんってか?」
その言葉に凛が少しだけ眉をひそめる。
「私は、ACE。この区にある全ての軍でトップの実力を持つ選ばれた存在。人形なんて」
その声色は少し怒気を孕んでいる。
だが、彼女はその言葉を冷たく振り払う。
「人間が死んでも私の所為じゃない。全て組織の権力で無罪放免、悪いのは突っかかって来た俺の所為。責任逃れして、組織にケツ拭いてもらって、挙句の果てに私は強いから人形じゃない? バカだろ? 血の通った人間だったらよ。ガキの命簡単に奪う連中といて平気な訳ねー」
彼女はそう言うと持ってた刀を凛に投げ渡す。豪速で飛んで来た刀を凛は力を受け流し、大きく円を描きながら鞘へと納める。
「呆れたよ……お前みたいな奴がACEってのか。タダの殺戮人形だ」
「だ、黙れ!」
彼女の馬鹿にする様な言葉に激高し、凛は斬りかかる。しかし、彼女は「お?」と声をあげると彼女の攻撃を簡単に躱す。
すると、凛の顔面を思いっきり殴り飛ばした。重い一撃に頭を撃ち抜かれた凛は身体が舞い上がる。ボタボタと凛の鼻血が道路を赤く染めていく。
「がばっ!? 何故!? なんで、攻撃が!?」
「はははっ、お前。悔しかったのか?」
「は? く、悔しい? え? な、何? 何故、こんなに……冷静さを欠いた? 解らない、理解できない」
凛は頭を抱え始める。それを見て、彼女は少し考えると凛に言葉を投げた。
「ん? 変な奴だな。悔しかったんだろ? 人形なんて言われて傷ついたってだけだろ。頭を抱える程か?」
そう言うと、彼女はジェットで空へと飛び上がる。
「これ以上は死人が出そうだ。またな!」
それだけを告げると彼女は颯爽とその場から飛び去った。正に人間ジェット機の如く空へと昇って彼女はあっという間に見えなくなった。
隊員達が慌ててレーダーで探知を試みるが、それは全て失敗に終わった。レーダーに掛からないのだ。
「クソ! なんて奴だ! アイツ、まるで災害だ!」
毒づく隊員達を他所に、殴られて切れた唇に手を当てた凛はギリッと歯を食いしばった。
「なんだ? この、激しい感情。嫌いなのに、会いたくて仕方ない。また、奴と戦いたいと思っている? 任務じゃないのに……? いや、きっと追撃の任務が与えられるはず。それで……私は、何を期待しているんだ?」
凛はそう呟くと呼吸を荒くして、その場から飛び去るように消えた。
これが、5人目が起こしたはじめての事件であった。
碧い炎で空を飛び、自由に力を振るう。組織も、思想も、正義も関係なく。気に入らないという理由だけでどんな奴にも殴りかかる狂犬。
5番目のACE。誰にも望まれない、堂々のデビューとなった。
君と出会った日を思い出していた
いきなり僕を殴りつけて来たね。「他の奴らを外に出せ! 遊びに行かせろ!」って
驚いた。研究所の子供たちを部屋から出してしまうんだから
だが、自由と共に子供たちは能力を開花させた
君は笑って言ったね。能力を思いっきり使える、その快感を知らないのは不幸だって