Protocol4 剛の者
何処にでもいる。剛の者って奴らがな
1
ニバリスは自分が起きた廃ビルの屋上に来ていた。
夜の匂いを彼女は覚えている。この街の匂いは変わらない。きっと遠い過去も、これからの未来も変わらないのだろう。そして、別の世界があったとしてもこの街に漂う夜の香りは同じだろう。
生々しく冷たい海からの風、光り輝く街の明かり、どす黒い夜空。
何もかもが懐かしい。
ウェーブかかった白い髪をかきあげて、ニバリスは腰のバックからタバコとジッポライターを取り出すとタバコに火を付ける。煙を吐き出しながら彼女は目覚めた日のように街を眺めていた。
ここには一人で来たのだ。
凛は障害電波の様なもので来れない。設備の下見を兼ねて、この施設の見納めとして来ていた。だが、ニバリスではどうしようもない問題に直面した。
「ふふふっ、凛の力がないと地下のエレベーターが動かねぇか」
ニバリスが目覚めて、地上に来てからは電源が全て落ちていたようだ。
それなのに、障害電波は健在のようだ。その証拠に、デウス・インダストリアルの隊員達が何人が正気を失って運ばれて行く様を彼女は屋上から見ていた。
やはり、この施設への出入りはニバリス以外出来ないのだろう。
「ナノマシンの学習と、形質変化が俺の身体以外でも出来るんだがな。そこまでデカいモンじゃないからいいかと思ったけど……ぶっ壊すのもな。穴開けて地下に行くにも、ネラジュウム・ブラスターじゃねーと無理だな。地下室の壁はナノマシンシェルターになってやがるし」
設備があれば、ニバリスの身体にまとっているナノマシン装甲のように武器も生成できるようになる。本人の身体でも可能だが、インプットして生成する過程に時間を要するのだ。設備でナノマシンを多く使ったネットワークでニバリスのイメージを固めて何通りものシュミレーションの果てに武器が完成する。それを高速で出来るのだ。
だが、今はその設備のある場所までは行けない。
「素手だと、心許ないからな。ビーム撃って来るし、お相手は一個大隊。俺でも拳だけでどうにもできないな」
煙を吐きながらニバリスは黄色い目を細めて呟く。
今でも十分、戦える事はわかる。だが、どうしてもそこまで傲慢になり切れないのだ。敵の兵器、戦艦、機械の身体。
それだけじゃない気がするのだ。
向こうにも当然いるはずなのだ。
人類側の強者が、改造人間のように。
「居るはずなんだよ。剛の者って奴が」
ニバリスはニィっと口角を釣り上げて拳を握ると、空を見上げる。
しつこいぐらいに黒い空に迫る圧倒的な敵が、見えるようだ。
「あー、俺は何だろうな? 楽しみだな、誰かを助けたいのは本心だけど……アイツらと戦うのが楽しみだな。凛に言ったら怒られるな、でも、きっと楽しいだろうな」
子供のように笑うニバリスは空に両手を広げる。
見ているんだろ? その凄い技術とやらで、俺の事をさ。
「武器が無いのは、残念だ。あー、借りるしかないか? でもなぁ、どうせなら殴って何処まで出来るか見て見るのも、きっと面白いぜ」
そう言い終えると、タバコを吸い終えてから彼女はビルから碧い光を帯びながら飛び立つ。
独りで囁く、本心と闘争心。彼女は笑顔で夜の街を見下ろす。
*
デウス・インダストリアルは持っている軍事力をフル稼働させて迎撃態勢を整えつつあった。現在、地球を覆っているバリアと同質のモノを展開できる兵器が完成しているのが幸いと言ったところだろう。
敵のビーム兵器への対策は出来ている。
だが、バリアは当然敵も持っている技術だ。それに、相手は歩兵にもバリアを張る機能を搭載している個体が存在している。
敵の一個大隊がバリアの内側に侵入する前日。
決戦前夜に、秀雄の耳にスラム街の情報が入って来た。
「何っ!? 無能力共が、避難を!?」
部下の耳打ちに彼は嫌悪感を隠す事もなく叫ぶ。叫ばれた部下は委縮しながらも、詳細を報告する。
「ニバリスと、凛様が情報をスラム街の掲示板に掲載した様です。旧式のシェルターへと次々と避難しており、当日のNEXTによる熱探知攻撃へのデコイにはなれないかと。避難は完全に出来ないでしょうが、バリアと兵を集める関係上……この第一番街への攻撃の分散は難しいかと」
秀雄は執務机を拳で殴りつけて頭を抱える。
「あのバカ娘がぁ! あの、災害の様な女に感化されよって! 何故、何故このタイミングで凛が、ここに居ないんだ!」
秀雄は悲壮な声で叫ぶと、机に突っ伏してしまう。
だが、敵は明日にはやって来る。
切り札であるデウスエクスマキナは凛がいないと動かせない。スラム街の人間達をデコイにして攻撃を分散させてから、出鼻を挫く一撃を入れる作戦も成功率は格段に低下した。それに、改造人間である神無月もニバリスの所為で戦闘不能。
ニバリスと凛が味方に付くかは未知数だ。
仮にニバリスが味方になっても凛が拒否すれば、この区は崩壊する。
「明日……我が区。いや、この人類の命運が決まる! デウスエクスマキナをNEXTに鹵獲されたら、人類は滅亡する」
秀雄の鬼気迫る顔に部下は顔を青くして、下がった。
「頼む、凛。父さんを助けてくれ」
独りになった社長室で、秀雄は項垂れて懇願していた。
*
「無理だ」
ニコニコしてニバリスは凛へそれだけ伝えると、腰のバックを取ってソファに寝っ転がった。
窓から部屋に入って来た彼女に、風呂上がりでTシャツに短パン姿の凛は冷蔵庫から取り出したビール缶を放り投げる。
「ありがと」
ニバリスはビールをキャッチすると、缶を開けて一気に飲み干してしまう。
「うわっ、よくそんなに一気に飲めるよね。私はビール苦手だから出来ないかも」
「コツがあるんだよ、説明は難しいけどな。でよ、凛の力がないと地下へは行けない。俺が上がってくる分の電力だけで、完全に落ちてる。しかも、外装はナノマシン装甲。ネラジュウム・ブラスターじゃないとぶち抜けない」
ニバリスは飲み干した空き缶を弱めのジェット噴射で撃ち出すと、遠くにあるゴミ箱の入口へ缶を入れる。
そんなニバリスを見ながら、凛も自分の分の酒の缶を開ける。凛の酒はアップルハイボールだ。
これらの酒は第一番街で買って来たものだ。
「ぶち抜いても、中の設備が壊れたらダメだもんね」
ハイボールを飲みながら凛も考えを巡らせる。
遠くから送電できれば可能だろうが、明日までには絶対に間に合わない。
「私の刀、脇差貸す?」
「俺が脇差? 似合わないだろ、はははっ! 秒で無くす。それだと凛に悪いから遠慮する」
ニバリスは笑うと、左の拳を握る。
「相手の力にもよるな。ビームは俺の装甲で受けたけど、出力次第では貫通するだろうな。凛はどうするんだ? 相手のビームは」
椅子に腰かけた凛は右手の指をパチンと弾く。すると、彼女の周りに薄い膜が出て来た。その幕にはパリパリっと電気の火花が散っている。
「電磁バリアで防げる。向こうのビームの出力に合わせて、変幻自在。軌道を曲げて同士討ちもさせられるよ」
「スゲーな。兎に角、俺はガンガン攻める事にするぜ」
「気を付けてね? 明日の襲撃、確実に過去最大の戦いになる。この、地球を覆うバリアが生まれてからでは間違いなく、ね」
凛は艶のある黒髪をかきあげてそう言うと細い身体をぐーっと伸ばす。
ニバリスはその言葉でふと、呟く。
「バリア……その技術って、地球を覆う規模だけか? 人間でも使えるようにバリアを使う兵器は無いのか」
「バリアは私以外は出来ない。似た事は出来ても、軌道を曲げて直撃を避けるレベルのモノだね」
凛はそう言うと、自分の刀を電磁力で引き寄せてキャッチする。そして、刀の柄を指さす。ニバリスは黄色の瞳を動かして彼女の指の先を見る。
「ここにもその機能が組み込まれているよ。電源は私で、強力な電磁波に耐えられる身体なのも私と神無月くらいだから白兵戦では遠距離からの攻撃が主流だね。銃や、電磁弓で装甲を破壊して弱体化した連中を刀で斬るって感じかな」
凛の説明を聞きながら、ニバリスは一言呟く。
「技術の成長速度が遅いな……地球を覆えるバリアを張れたくせに、歩兵にバリアの技術が普及していない。なんかあるのか?」
「……何か、過去に思い当たることがあるの?」
凛はニバリスに不安気な声色でそう問いかけると、ニバリスは立ち上がって上着を身体の中に吸収してインナー上半身をインナーだけにする。
ナノマシンで服を作る彼女には脱ぐ、ではなく、収納なのだ。
「俺のナノマシンは服であると同時に装甲だ。これは、今から言うまでもなく50年前の技術だ」
美しく引き締まった上半身は筋肉の形が浮き出しているものの、女性的な柔らかな輪郭を保っている。それを見て、凛は羨ましそうな顔をする。
だが、ニバリスは言葉を続ける。
「奴らのビームは俺の装甲で防げたんだ。それなら、ある程度は耐久力のある武器や防具でもありそうなもんだがよ?」
「ナノマシンは大戦で失われたロストテクノロジーなの。向こうの研究者たちはみんな、ニバリスに夢中だったよ? 捕まえて、身体の隅々まで調べたいってさ」
「俺のナノテクが未知でも、敵のビームは脅威だろ? 対策しなかったのか?」
「攻撃に全振りしたって感じじゃないかな。空から来れないから、入って来た奴らを素早く倒せるようにってね。宇宙への侵攻はデウスエクスマキナ単騎でって考えていたみたい」
「人類の脳は退化したな、ははは」
「そうかもね。ついこの前まで、私もそれが出来るって本気で思ってた」
凛はそう言うとハイボールを飲み干して、ヒュッとゴミ箱へノールックで缶を投げて入口へと入れた。
日本人である事を示す様なしなやかな身体を滑らせるように動かして、彼女は机を飛び越えるとニバリスの近くに行く。
「ニバリスは、乱暴だけど能力は防御系だよね?」
凛はそう言うと、彼女のナノマシン装甲をまじまじと見つめる。
「触るか? いいぞ?」
「いいの? じゃぁ、遠慮なく」
凛はニバリスの引き締まったお腹に手を触れる。その表面は意外な事に柔らかい。
「え? 柔らかい?」
「あぁ、力入れてないからな。ナノマシンも、硬くしてない。だけど」
ニバリスがそう言い終えると、ナノマシンは表面に六角の模様を浮かばせて硬質化する。すると、表面は柔らかさを捨て去り鉄の塊の様な触り心地になる。
「うわっ、凄い」
「硬くしているのは凛が触っている所だけだぞ? 他の部位は硬度を調節しているんだ。剛と柔の完璧な調和が、ナノマシン装甲の売りだな」
ニバリスは自慢気にそう言うと、上半身のインナーを身体に吸収する。いきなり素肌になったお腹に凛は赤くなってバッと手を引っ込める。
「な、なんでいきなり!」
「風呂入るんだよ。色々謎はあるけど、ま、生き残ればわかるだろ」
一応下着の様なもので胸は覆っているが、ニバリスは歩きながら服を全部身体の中へと収納してしまう。
裸の後ろ姿を見送りながら、凛はため息を吐くとソファに座る。
「便利だよね。服も作れるし、一瞬で脱げるし、着れるし。私も服だけでも欲しいな」
「やめとけ、俺の身体……お前が思っているほど綺麗じゃないぞ?」
肩越しに振り替えるニバリスは切れ長の目を少し細めて笑うと、風呂場に消えていった。
「……私もだよ」
凛は小さく笑うとコロンとソファに寝転がった。
データの収集は続けている。
仮ではあるが、身体を与えてから順調だ。
怒ると殴りかかって来るクセを如何にかしないといけない。
彼女は少しずつだが、君の望みに近づいているだろう。
本当に、本当に、小さくだが……




