プロローグ
彼女が目覚めてから、作戦開始だ。
いや、作戦ではなく祈祷に近いな。
未来へと我々のJOKERを放つ。不安定で、制御できないじゃじゃ馬だが……望みを託すには十分だ。
恐らく、未来では5人目と見られるだろうな。
我々は戦わなければならない。
*
「今日は、人類の皆さんに残念なお知らせがあります。本日より人類の繁栄は終了し、我々NEXTの支配に従ってもらいます」
西暦2040年。
突然、全世界に告げられた宣戦布告。
青い空に浮かび上がった無数の宇宙船の影が、人類へと襲い掛かった。
映画の中で繰り広げられた外宇宙からの侵略、未知との遭遇と戦いがあった。人類の積み上げて来た文明は滅び去ることになる。
それは一歩手前で抑えられた。
地球に飛来した4つの外宇宙から兵器。人類は全滅を覚悟した決死の作戦によってそれらを鹵獲、解析した。本当の意味での人類史初の全人種の共同戦線であり、決死の抵抗。
兵器は強力なシールドを展開、4つの兵器が拠点となってNEXTの侵攻を阻害したのだ。
後の地球への残党狩り戦争が終結し、50年が経過した西暦2090年。
現在、世界は4つの巨大軍需企業によって4つのエリアに分かれていた。
企業の技術を受け継ぐ人類の英雄たる資格を受けた4人の「ACE」と呼ばれる者達。お互いの技術こそが救いの力であると睨み合う企業の落とす影は、空に未だに薄く浮かび上がる戦艦たちの影に重なり合うようだ。
*
夜の風は何処か懐かしい匂いを運んでくる。
とある廃ビルの屋上で一人の女性が街を眺めていた。海の見える街、昔は東京と呼ばれていた。今やその海岸は一帯が軍需企業の敷地であり、工場だ。その工場から漏れ出す光はまるで殺気立っているかのようにも見えた。
海には超巨大な塔の様なモノが突き刺さっている。
女性は上着のポケットから取り出したタバコを咥えると、一緒に取り出したジッポライターのフリントホイールを指で回す。シュボッと一回で上手く火が付いたようで、彼女は口元を少し嬉しそうに緩めると咥えたタバコの先端を赤い火に押し付ける。夜風へ溶かす様に紫煙を吐きながらタバコの箱とライターを上着のポケットに仕舞った彼女は口の中へ広がる甘いく、焦げ臭い煙を味わいながらウロウロと屋上を歩き回る。
まるで現実味の無い外見をした女性だった。
ウェーブのかかった白髪のショートカットに、金色の瞳に涼し気な目元をした20代ぐらいの美しい顔つきをしている。だが、その身体は鍛え抜かれているであろう事がわかる。遠くから見れば細身にも見えるだろうが、彼女の丈の短い大きなフードの上着の中から覗くアンダーウェアに似ているナノマシン装甲だ。それらはピッタリと身体から腕にかけて張り付いておりそこには奇麗な腹筋が浮き出ている。腕も足もしっかりと筋肉が付いており、それは魅せる為ではなく実用的に動き回る事でついた絞り込まれたものだ。
どうやら、彼女は身体をナノマシン装甲で素肌を覆ってその上から上着を羽織っているの様だ。上着は左腕を隠すように袖があり、肩から上腕、前腕へと装甲が付いている。それとは対照的に右腕は半袖と言うシンプルなものだ。大き目の胸はしっかりとジッパーが閉じられており見えないが、ナノマシン装甲が身体のラインが出やすいものであるから露出度はそうでもないのにかなり煽情的にも見えてしまう。下半身は動きやすそうな黒い色の短いズボンを履いており、腰にはウエストポーチを付けている。靴は赤いラインが入っている機械的なブーツだ。
まともな人間でない事は明快だが、当の彼女は街を眺めながら一言。
「ここ、何処だ?」
透き通った奇麗な声だが、可愛らしいと言うよりは少し冷気を孕んだ声色をしている。
ビルから辺りを更に見渡す彼女だが、腕を組んで何かを考えながらタバコの煙を吸い込む。そして、吐き出しながら独り言を続ける。
「東京タワーもスカイツリーもねぇし……あんな塔、見た事ねぇ。ったく、降りて見ねぇとわかんねーか。おかしいんだよな……建物とか、街とか、どう生活してたとかはわかる。でも、自分の名前も人の名前も何をしてたかもわからねぇ」
彼女はそう気だるげに言うが、その時だった。
突如として街に点在しているビルのモニターが一斉に砂嵐の画面を映し出して、何かの雑音とそれに伴って慌てた男の声が響き渡った。
(間に合わなかった! 我々は失敗した! 間に合わなかったんだ!)
「な、なんだぁ? 何の騒ぎだ?」
彼女はその事態に怪訝な顔をするが、その音声は構わずに続ける。
(これだけじゃ、ダメだ! 人類に告ぐ! 我々は、戦わねばならない! 一つとなって、立ち向かわなければ勝てないのだ!)
彼女はタバコを根元まで吸うと、吸殻を筒状の携帯灰皿に放り込む。その鬼気迫った声に集中しようと思ったのだ。
(遠い未来に託す。恐らく、5人目となる最後の1人を残す! 未来の人類よ、我々は再び戦わねばならない!)
その言葉を最後に何かが蒸発するような音と共に声は消えて、映像はいつも流されているであろう何かの商品の広告に変わった。
「穏やかじゃないな。まるで、戦争でも始まるみたいじゃねーか……5人目? なんだそりゃ? スーパー戦隊か?」
そう言った彼女は夜空をゆっくりを見上げる。
この日に、目覚めたのだ。
50年前からの贈り物、何者かが託した5人目の……名前の無い「ACE」が。
「手始めに、新しい世界を見て行くか!」
起きた。
君は、何が起きているかはわからないだろう。
それでいい。そのまま君の心に従ってくれ。
君の事だ。驚くでも、恐れるでもなく、笑うのだろう。
そして……何事に対しても、怒るのだろうな。
目に浮かぶよ、それだけは治らなかったからな。