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ふたりのお茶会 2

 兄の計らいで私と殿下は今お茶をしている。

 コバルト殿下は8年経っても美しい青色の髪と瞳をしていた。

 兄のように厳つくならず美しいままの姿に緊張した。


 17歳までの記憶を取り戻したので前世ではコバルト殿下より1歳年上だ。

 年下にはときめかないと思っていたが、6歳までのアリアの初恋の記憶とあまりにも美しい王子の前では1歳差などあまり意味がないらしい。


 あと8年間避け続けた罪悪感からかとにかくドキドキした。

 避け続けたことで逆にコバルト殿下のことばかり考えていた気がする。


 それから兄様もお父様も異常にコバルト殿下の情報を私に教えてきた。

 だから身体を動かすことより勉強が好きなことも、研究者の元に通って勉強されていることも、好きな色がシルバーなことも、最近いないと思ったら王宮の庭の芝で寝ていたことも、いろんなエピソードを知っていた。


 今まで姿を見なかったのでそれらはただの情報でしかなかったが目の前にこうして本人がいると色のついた光景のように思えてしまった。


 私はこの方の優しいところもお茶目なところも真面目なところも知ってしまっているのだ。

 これが又聞き情報で知ってしまっているのが大変気持ち悪い。

 ひどく申し訳ない気持ちになった。


 向かい合って座ってすぐにコバルト殿下が私が避けていたことに触れたのでびっくりした。

 とにかく誤解 (ではないのだけど) を解かなければと必死になった。


 「私はもう虫を捕まえたりしていません!」


 やっと言えたという気持ちだった。

 私はもう虫を好きな人にあげるような野生児ではないのだ。

 自分のスカートの裾をじっと見ていたのだがコバルト殿下からの反応がない。


 「…殿下?」


 顔を上げると殿下の青色の瞳が濡れているような気がした。


 5月の森の中。

 葉の隙間から降り注ぐ光が殿下に当たる。

 瞳がキラキラと反射している。


 あまりにキラキラとして綺麗で瞳を持ち帰りたいと思った。

 キラキラして綺麗だと集めて殿下に渡したものたちは全部偽物で、これが本物だという気持ちになった。


 「僕は君のせいで女性が苦手になったのに…」


 そう言った途端、殿下の目から涙が一筋流れた。


 びっくりした。

 まさか、泣かせてしまった。


 どんなに汚いプレゼントを渡しても殿下は泣いたことなどなかったのに。

 私が渡したプレゼントに毒があるかもしれないと言われ私が慌てて押したせいで花壇にこけた時も、雨上がりに滑った私を助けようとして水たまりにダイブしてしまった時も、私が30個以上のセミの抜け殻を渡した時も、私が渡したバッタに噛まれた時も、私が捕まえたせいで弱ってしまった蝶が目の前で死んでしまった時も、どんなにひどいことをしても殿下は泣いたことがなかった。


 どうしよう、と思った。


 殿下とふたりで話をさせるために兄が取りはからったためか執事も侍女も近くにはいなかった。

 突然の行動で自分でもどうしてそうなったのかわからないが、慌てて立ち上がって殿下の涙を自分のドレスの袖で拭っていた。


 ぽかんとした顔で殿下が私を見ていた。


 「申し訳ありません!

  殿下にお会いする直前に着替えたのでこのドレスは綺麗です!

  お、お許しください。」


 慌てて席に着き直したがお互いの間に沈黙が流れ、鳥や木々の森の音だけがした。


 「わ、私のせいで殿下が女性を嫌いになった、というのはなぜですか?」


 「…」


 じっと私を見ていた殿下がそっと目をそらしてしまった。


 「お嬢様、紅茶をお取替え致します。」


 気づかない間に30分以上の時間が経ってしまったらしい。

 侍女が冷めた紅茶を下げ、新しく持ってきた紅茶を注いで行く。

 私も殿下も注がれる紅茶をじっと見つめていた。


 「ではご用がありましたらベルでお呼びください。」


 ベルを置いて侍女が一礼し下がっていく。

 まだ熱い紅茶を一口飲み込んだ。


 「…君も知っての通り、君がくれたプレゼントを見られたからだよ。」


 君も知っての通り、というところが分からなかった。


 「女の子に虫を見せたら嫌われたんだ。

  走って逃げたり、思いっきり泣いたり、

  時々は笑ってくれる子もいたけど影で散々僕の悪口を言っていた。

  それで僕は9歳くらいから女の子に会わなくなった。」


 「…私がお渡しした虫を見て女の子たちが逃げて行ってしまったということですか?」


 王子が頷いたのを見て衝撃を受けた。


 私が渡したプレゼントの虫をどうして見る機会があるんだろうと疑問もあったが、もしかしたら殿下はしばらく虫を飼っていてくれたのかもしれない。

 または逃したことで王宮の庭が虫だらけになってしまったのかもしれない。


 とんでも無いことになってしまった。

 あの日々は私だけの黒歴史ではなく殿下の黒歴史にもなってしまっていたのだ。

 兄と父はあんなに殿下の情報を教えてきたくせに一番大切なことは私に話していなかったらしい。

 もしかしたら私が落ち込むと思って言えなかったのかもしれない。


 「君は突然いなくなるし…。」


 「殿下、申し訳ありません!

  私、私自分のことばかりで殿下のことを何にも考えておりませんでした。」


 「…そう、だろうね。」


 「責任を取ります!」


 その言葉に殿下の頬が少し赤くなった気がした。


 「…本気で言ってる?」


 「はい! 私は14歳です。」


 「うん」


 「ちゃんとお茶会に行って女の子ともたくさん会っています。」


 「…うん?」


 「私が殿下に素晴らしい女性を紹介致します!」


 「…」


 殿下は俯いてしまった。


 「きっと虫が好きな子もいるはずです!

  世の中には素晴らしい女性がたくさんいるのです!」


 殿下は何も言わない。


 「先日お会いしたオリヴィア様も大変素敵な女性でした。

  スリザリン家は白蛇を神として祀っているそうです。

  蛇が平気なのですから、きっと虫も大丈夫です!」


 「…そういえば、スリザリン家から縁談の申し込みがあったな…」


 「それは素晴らしいですね!」


 私がそう言うと殿下は顔を上げたが目つきが鋭くなっている気がした。

 睨まれているようで身がすくむ。


 「も、申し訳ありません。


  殿下のお気持ちを考えず…。」


 自分の罪を帳消しにしようと前のめりになりすぎた自分が恥ずかしくなった。


 「アリア、君はどんな男性が好きなの?」


 「コ…」


 突然のことで「コバルト殿下」と答えてしまいそうになったのを慌てて止める。

 これ以上殿下に迷惑はかけられない。


 「ち、父のような人です。」


 適当に答えた。

 正直、父のような大きすぎてあらゆるところにぶつかる人は嫌だが、父と母のように仲睦まじい姿には憧れた。

 ただ私は母のように受け取るのではなく父のようになんでも渡したかった。



 「…子どもの頃はあんなに僕が好きで毎日虫をくれたのに?」


 まさかはっきり言われるとは思わず衝撃を受けた。


 「む、虫をお渡しした私はどうかしていたのです。

  もうすっかり別人です。」


 「…」


 殿下の顔から表情がなくなってしまった。

 それからもう一度侍女が紅茶を取り替えに来るまでお互い口を開かなかった。


 私は「あの」とか「えっと」とか意味のない言葉を発しそうになったが何を言えばいいのわからず結局黙るしかなかった。


 「紅茶をお取り替え致します。」


 「いや、大丈夫だ。

  もう部屋で休むよ。」


 殿下は侍女を止める。


 「ではアリア、今日は会えて嬉しかった。」


 「は、はい。殿下。」


 そのまま殿下は侍女に案内を頼んで行ってしまった。

 私は時間が経つほど自分の黒歴史が引き起こしてしまった悲劇に凹んだ。

 私は殿下を避けるのではなくあのプレゼントを殿下に捨てていただくことを最優先にするべきだったのだ。

 あんなに優しいのだから捨てるのに悩むことは少し考えれば分かったのに。


 なんであんなものたちをプレゼントしたのだと6歳の時のように泣き叫びたくなった。

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