ふたりのお茶会
今年もジャックの誕生日パーティに出席する。
16歳。成人する来年からは公爵家に訪れるのは難しくなるだろう。
成人式は王宮で行われ、そのあとは誕生日パーティは開かれない。
大人になれば自分で子を産み子どものためのパーティをするというしきたりからだ。
「ようこそ、おいで下さいました。」
まだパーティが始まる前の昼下がり。
ふたりでいる時はいつもタメ口のジャックが大人のように僕を出迎えた。
ジャックは年々大きく筋肉質に育ち髪色以外は父親にそっくりだった。
筋肉がつきにくい僕は少しだけ羨ましいと感じていた。
「ジャック誕生日おめでとう。」
ジャックは白い歯を見せてにっと笑った。
「毎年ありがとう。今年で最後だからちゃんとアリアも呼んでおいた。」
言葉に驚いて後方を見ると入り口にアリアが立っていた。
アリアは髪色と同じシルバーのドレスを身に付けている。
ジャックが手招きするとアリアが近づいて来る。
もう昔のように走らず淑女のように歩いている。
「コバルト殿下、ようこそおいで下さいました。」
優雅な挨拶でお辞儀をするとさらりとシルバーの髪が揺れた。
アリアが顔を上げるとほんの少し赤くなった頬と不安そうに揺れる灰色の瞳と目があった。
ふい、と逸らされ少し心臓が痛んだ気がした。
「アリア、久しぶり。」
「はい。長らくご挨拶せず申し訳ありませんでした。」
8年前、突然会えなくなったアリアだった。
なんだかちょっと衝撃を覚えている。
アリアとはどうにか会えないかと期待をしていた。
この8年間どうにか話そうと画策したのに遠くから見ることしかできなかったアリアがあっさり目の前に現れたのだ。
「じゃあ俺はパーティの主役としての準備があるから。」
「「え?」」
アリアと声が重なった。
「嘘でしょ。兄様。」
「いや本当。スピーチの原稿まだチェックしてもらってないんだよ。
最後の年だから付きっきりで練習してくれるらしいぞ。」
「な、なんで当日にやるの!」
「父さんが忙しかったんだからしょうがないだろ!」
「でも、ならなんで殿下をこんなに早くお呼びしたの?!」
ジャックと言い争いをしているアリアを見ると昔とそんなに変わらないかもしれないとつい笑いが漏れた。
それに気がついたアリアは真っ赤になって俯いた。
「着替えの時間まで3時間もあるのに…」
「その間、お前はちゃんと話せ。」
ジャックがアリアの肩にポンと手を乗せる。
アリアは困った顔をした。
ジャックが自分のために時間を用意したのだと思うとアリアにもジャックにも少し申し訳なくなった。
「じゃあ、コバルト殿下、申し訳ないけど妹をよろしくお願いします。」
「…うん。また後で。」
ジャックが颯爽と去って行った後、ちょっとした沈黙が流れる。
「コバルト殿下、ご用意したお部屋にお荷物をお持ち致します。」
「あ、ああ。頼む。」
空気を読んだ執事が命じて荷物が運び出される。
王家の馬車が他の招待客と被ると混雑するため毎年先に通してくれていた。
着替えも部屋を借りている。
毎年1時間前に着くようにしていたが今年は会場の都合でもう少し早めにきて欲しいとジャックに頼まれていた。
最初に早く行ったきっかけもアリアと話したいからだった。
しかし今年までアリアに会うことは一度もなかった。
「西側のお庭にお茶の用意を致しました。」
「では、コバルト殿下こちらへ。」
侍女の言葉を受けてアリアが通してくれる。
美しい動きではあるが緊張している様子を見るとまだこういったことには慣れていないのかもしれない。
ということはまだ婚約者候補と会ったりはしていないのだろうと少しホッとした。
自分やジャックに婚約者の話がきたことでアリアはどうなのだろうかと考えたばかりだった。
自分はアリアに恋をしているのだろうかとも思ったが全く会っていないのに変だとも思っていた。
婚約者の話が進む前に一度会えてよかった。
「こちらです。」
パーティ会場とは反対側にある森に近い庭に通される。
ジャックの誕生日は5月。
花が大変美しい時期だがこの庭は花は少なく大きな木が立ち並ぶ森の中のような静かな庭だった。
「美しいね。森の中にいるみたいだ。」
用意された席に着くとアリアも正面に座った。
「はい。ここは森をそのまま切り取った庭なのです。
あまりお客様はお通ししない私の一番お気に入りの場所です。」
僕の言葉が嬉しかったのだろう。
アリアがパッと笑った。
その顔が幼い頃のアリアと重なって突然会えなくなった時間を思い出した。
「ずっと会えなかったね。」
アリアが僕を避けていたことを知っていたが遠回しに訳を尋ねようとした。
「はい。8年振りにお会いしました。」
この後、理由を話されることを期待したがアリアは何も話さない。
「急に会えなくなって寂しかったよ。」
「も、申し訳ありません。」
少し踏み込んでみてもアリアは困ったように眉を寄せて理由を話さない。
「毎日いろんなプレゼントをくれていたのに、もらえなくなって残念だった。」
そう言うとアリアの顔が真っ赤に染まる。
6歳の頃もジャックにからかわれるとこんな風にいつも顔を真っ赤に染めていた。
昔のアリアと重なると少し胸がホッとした。
「も、もう昔の私とは違うのです。」
アリアが慌てたように話し出す。
「あの頃の私は子どもでいろんなことがわかっていなかったのです。
もう絶対あの頃のようにはなりません!」
アリアの言葉は僕の心の声を丸ごと否定するようだった。
森に近い庭は涼しい場所だったがさらに温度が下がったような気がした。
「…(僕たちの仲がよかった時間を)全部なかったことにしたいってこと?」
「は、はい! できれば全てなかったことにしてください。」
「だから8年も僕を無視したの?」
あ、はっきり言ってしまった。
しまったと思った時にはもう遅い。
アリアは泣き出しそうな顔で僕をみていた。
「わ、私はあのプレゼントがなくならないことが怖くてたまらなかったのです。」
ガンッという音が聞こえた気がした。
僕はアリアからもらったあのプレゼントをほとんど全部とっていた。
「し、知らなかったのです。」
何を、と言わずとも分かった。
アリアはあのプレゼントを僕が保管していることを知っているのだ。
専用の部屋まで用意して。
急に怖くなった。
そういえばアリアが来なくなったのは丁度アリアから贈られた虫が増えすぎて仕方なく標本にしてしまった時だった。
そんな風に命を消してまで保管していることが怖かったのだろうか。
「アリア…」
「私はもう虫を捕まえたりしていません!」
正直に言おう。
僕は今、泣きそうだった。