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神殿での生活 02

 神殿の事を教えてくれるのは、基本的にナタリーなのだが古代ハイランド語の講義だけは担当がローラだった。


 古代ハイランド語は、神に祈祷を捧げる時の言語である。

 そのため聖職者には古代ハイランド語の知識だけでなく、正しく美しい発音で話す力が求められる。

 しかし、現代では使わなくなった独特の音が混じっている為、大人になってから神殿に入った聖職者は必ずと言っていいほど身に付けるのに苦労するものだ。ビビもその例に漏れず、独特の発音に苦戦していた。

 

「そこの『ラ』の発音は舌を巻いて発音する『ラ』です。先日もお教えしたと思うのですが」


 この講義の時のローラは非常に生き生きとしている。少しでもビビが発音を間違えると、上から目線で事細かく指摘してくる。まるで物語の中の嫁いびりをする姑のようだ。


「申し訳ありません。これまで馴染みのなかった分野なので……」


 古語の読解は古典芸術を知る上で必須だから貴族なら誰もが教養として学ぶものだが、発音は初めて習うのだから習得には時間がかかりそうだ。


「ベアトリス司祭がいつまで神殿にいらっしゃるおつもりなのかは存じ上げませんが、今後聖職者として神殿にとどまるのでしたらちゃんとした発音を身に付けてもらわねば困ります」


 ふん、と鼻息荒く吐き捨てると、ローラはビビに小馬鹿にするような目を向けてきた。


 ローラは幼少期から神殿に出入りしていたそうで、大変素晴らしい古代ハイランド語の発音を身に付けている。

 だからこそ教師役に選ばれたのだろうが、面と向かってこんなに侮蔑的な眼差しを向けられるのは初めてだ。


 笑顔で婉曲的な言い回しを使い、それとわからないように嫌味の応酬をするのが社交界の舌戦だったので、初めは呆気に取られ、腹が立ったりもしたが、最近では一周回ってちょっと面白くなってきた。


 ローラがなまじ実年齢より幼くて可愛らしい顔立ちをしているものだから、なんだか小型の愛玩犬にキャンキャンと吠えられているような気分になる。


「私還俗するつもりはありませんから、頑張って覚えるつもりです。どうかこれからもご指導をお願いいたします」


 そう返した直後、神殿の鐘が鳴った。

 一時間ごとに鳴らされる鐘は、講義の終了の合図でもある。


「次回はどうか間違えないようになさってください。それでは今日の講義は終わりに致します」


 チッと舌打ちしながらローラは吐き捨てると、荒々しい手つきで教材をまとめて大きな足音を立ててビビの部屋を出て行った。


「なんて乱暴な……」


 ローラが出ていってから吐き捨てたのは、傍に控えて講義を聴講していたノエリアだ。


「怒らないの。私が気に入らないローラ司祭の気持ちもわかるし、面と向かって直接来る分社交界の意地悪な方々よりマシよ」

「ビビ様は寛容過ぎます」


 別にそんな事はない。心の中ではローラの姿に小型犬の姿を重ねて適当に受け流しているので、我ながら性格が悪いと思う。


「貴族出身の聖職者が気に食わないというお気持ちはわかるのよ。でも、あれでは生き辛そうだわ。むしろ貴族に媚びて利用してやるくらいの境地に至ればもっと上を目指せる方なのに」


 ふうっと息をつくとビビはノエリアに向き直った。


「それよりあなたは大丈夫なの? 私の側近という事でローラ司祭からきつく当たられてはいない?」


「大丈夫ですよ。あの方の目は節穴ですから。今もまだ私の事は、『ビビ様に無理矢理連れてこられて巻き添えになった可哀想な使用人』だと思っていらっしゃいます」


「……そう」


 ノエリアはしたたかだ。わざと誤解させるような言動をローラの前でしたに違いない。

 平凡な顔立ちですらノエリアの武器で、人に警戒心を抱かせず、どこにでも自然に溶け込めるという特技を持っている。

 その特技は商会で生かすべきだと主張するレイチェルの誘いを蹴って、ビビの側に居てくれる貴重な人材だ。


 ここまでノエリアがビビを慕ってくれるのは、たぶん首都の路地裏の浮浪児だったノエリアを拾ったのがビビだったからだ。

 ノエリアは二十歳だ。そろそろお嫁に出してあげなくてはいけないのに、「まだお側にいさせてください」と言ってくれる彼女についビビは甘えてしまう。


「ノエリア……いい人ができたらすぐに教えてね。還俗の手配をしてお嫁に出してあげるから」


 ビビがぽつりと告げるとノエリアは目をぱちぱちした。


「いきなりなんですか、お嬢様。私にとってお嬢様のお側以上の場所はありませんよ。もしお嬢様がご結婚なさるのでしたら、乳母になるために適当な男を捕まえるつもりでしたが……」


「もう、ノエリアったら」


 ビビは嬉しくなってノエリアにギュッと抱きついた。




 外から私室のドアがノックされたのは、主従の絆を確かめあっている時だった。


「何事でしょうか」


 ノエリアは眉を顰めながらもビビから身を離して外の様子を見に行く。

 すると、外にいたのはテレサ高司祭の側仕えを務める年配の女性司祭だった。

 テレサ高司祭はセーラ高司祭と勢力を二分する次期大神殿長候補の一人だ。


 下級貴族の出身で、平民や下級貴族出身の聖職者からの支持を集めるセーラ高司祭と、侯爵家を実家に持つテレサ高司祭の対立は、大神殿内の庶民派と貴族派の対立と言い換えても良かった。


「ベアトリス司祭、テレサ高司祭がお呼びになっていらっしゃいます。礼拝堂内の応接室にお越し頂けますでしょうか?」


 大神殿は大まかに分けて四つの区域に分かれている。

 男子棟、女子棟、そして祈りを捧げる場である礼拝堂に聖女降臨の場である聖域だ。


 一体何の用だろう。ビビは思わずノエリアと顔を見合わせた。

2022.7.19 不定期更新のお知らせ


活動報告でも告知したのですが、ハイファンタジーで連載している『雑草聖女の逃亡』の書籍化・コミカライズが決まりました。

そちらの執筆に今後集中するため、こちらは不定期更新とさせていただきます。

楽しみにして下さっている方には申し訳ないのですが何卒ご了承ください。

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