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デビュタント・ボール 01

あらすじにも書きましたが、短編とは大きく設定やら世界観やらが変わっています。特に王子の性格が別物です。兄逃亡→婚約破棄→聖女召喚の流れは変わりませんが、短編の登場人物とは別人たちによる物語となりますのでご了承ください。

また、閲覧の際はあらすじ・キーワードの確認をお願いいたします。

 ハイランド王国の首都、ポート・エリンの小高い丘の上に建てられた王宮の舞踏室(ボールルーム)は、硝子細工のシャンデリアの光でキラキラと煌めき、淑女達の色とりどりのドレスが熱帯魚の尾びれのようにひらめいていた。


 室内には高名な芸術家の手による彫刻や絵画、生花などが飾られていて、華やかさに更なる彩りを添えている。

 外は雪が降り積もるくらい寒いのに、舞踏室(ボールルーム)の中は暖炉と密集した人の熱気で暑いくらいだ。


 今日は成人年齢を迎えた貴族の子弟が国王に拝謁する重要な舞踏会、デビュタント・ボールである。

 これは毎年一月の十日に執り行われると決まっている重要な宮中行事で、この舞踏会への参加をもって十八歳を迎えた貴族の子供たちは一人前の成人と認められる事になっていた。


 ビビことベアトリス・トラジェットも、十八歳を迎えたデビュタントの一人としてこの夜会に参加していた。

 身にまとうのはデビュタントの証である純白のドレスである。


 襟ぐりと背中が大きく開いたデザインが最近の流行だ。

 夜の社交の会場はたいてい暑いくらいに暖かいので、袖はノースリーブか半袖で、二の腕まで覆い隠す手袋を着用するというのが基本のスタイルだった。


 どの家も力を入れて令嬢のドレスを準備する。貴族の娘たちは、この日をもって婚活市場に名乗りを上げる事になるからだ。

 二十代後半で未婚でも許される男性と違い、女性の結婚適齢期は短い。まだ婚約者が決まっていない令嬢は期待と緊張、そして不安を抱えつつデビュタント・ボールを迎えるものだ。


 もっとも既に婚約者がいるビビには無縁の話だ。

 といっても相手が相手だから、首都でも一番のドレスメーカーで仕立てた美しく高価なドレスを身にまとっているのだが。


 問題はその婚約者――この国の第二王子で、エリスの愛称で親しまれるエリアス・ヘンリー・オブ・ハイランドとうまくいっているとは言い難い事だ。


 ビビは隣に立つ青年の姿をこっそりと見上げ、心の中でため息をついた。


(今日も目が合わないのね)


 エリスは一見すると紳士的で理想的な王子様だ。銀色の髪に青い瞳という取り合わせに加え、彫像のように整った容貌の持ち主なので、黙って立っているとまるで氷の精霊のようだ。


 ビビより二歳年上の二十歳で、既に王族の慣例にならい陸軍に所属して高貴なる者の義務ノーブレス・オブリージュを果たしている。


 王妃似の容姿だが決して女性的ではなく、軍人としての厳しい訓練の賜物かその体つきは細身に見えてもしっかりとした筋肉がついていて、漆黒の軍服が腹立たしいくらいに良く似合っていた。


 軍人としてのエリスは大変優秀らしい。齢十五にして剣にオーラをまとわせる術を身に付けた天才的な剣士で、その技量は所属する近衛連隊においてもトップクラスと言われている。


 オーラをまとわせる技術は誰にでも習得できるものではない。この国全体においてもオーラマスターと呼ばれる剣士は三十人に満たないはずだ。


 性格にも大きな問題はない。感情表現が苦手なようで、表情に乏しいところはあるが、誰に対しても紳士的で丁寧だ。

 しかし、困ったことにビビとは驚くほどに目が合わない。

 例えば向かい合って会話していても、視線の向かう先は大抵テーブルとか腰のあたりで、他の人に対する時と明らかに態度が違う。


(これは結婚後は仮面夫婦確定かしら)


 ビビとしてはそうなったとしても別に構わなかった。なぜならビビの両親も契約結婚で結ばれた仮面夫婦だったからだ。


 ビビの父グリフィスは『愛の狩人』を自称する自由恋愛主義者で、一人の女性に縛られるのは真っ平だと公言するクズ……いや、女好きだ。


 そんな父と結婚した強者である母のレイチェルは、実益を兼ねた趣味である織物を扱う商会の経営に勤しんでいる。結婚の条件は商会への出資と経営に口出しをしない事だったらしい。正式な妻と後継者が必要だった父はそれに乗り、両親は契約書を交わした上で夫婦となった。


 そして両親はビビと弟のライナスをもうけた後は、お互いに干渉しあわない自由な生活を送っている。


 グリフィスは首都の別邸で愛人を取っかえ引っかえしてるし、レイチェルは商会の経営のため、領地と首都を往復して忙しい日々を送っていた。


 グリフィスの女好きには思うところがあるが、首都の本邸には愛人を連れ込まない分別はあるし、二股はかけず、別れる時は綺麗に別れているようで、少なくとも愛人が本邸に乗り込んできて大騒ぎするような面倒事を起こした事はなかった。

 外から見た父は遊び上手な色男という事になっている。

 ただ、両親の、特に父の姿がビビの男性観に大きな影響を与えているのは否定できない。


 ビビは結婚に対して夢も希望も抱いていない。だからエリスとの結婚が愛情で結ばれたものではない契約的なものになったとしても構わなかったが、自分に対してだけ他の人と態度が違うというのは面白くなかった。


 どうして目を合わせてくれないのか尋ねても、「そんな事はない。ビビの気のせいだ」と、こちらの喉元のあたりを見ながら決して認めようとしないのだから腹が立つ。


(私が気に入らないのなら破談にして下さればいいのに)


 色々な選考を経た結果決まった婚約だから、破談にするのは難しいようだ。


 そもそも王族の結婚には個人の感情の入る余地はほとんど存在しない。

 エリスの兄にして王太子でもある第一王子のレナードは、聖女を伴侶として迎えると決まっている。


 聖女――それは五十年に一度神の国より降臨する、ハイランドの守護女神、《母なる君》の地上における代理人である。女神の現身の為、降臨するのは十代半ばから二十代前半の妙齢の女性と決まっていた。


 聖女はこの国に豊穣をもたらす存在だ。大切に扱えばこの国の実りを豊かにするし、ぞんざいに扱えば土地が枯れ、旱魃や洪水といった災害が発生する。


 聖女は降臨から五十年が経過した冬至の日に神の力を失って代替わりの時を迎える。

 新たな聖女は翌年の春分に降臨すると決まっている。その降臨の現場は首都郊外にある《母なる君》の大神殿だ。


 これは神が定めたこの国の(ことわり)で、ビビは畏れと同時にどこか機械的な作為を感じて気味悪さを感じるのだが、神への不敬は罪に問われるので心の中に留めていた。


 聖女の力の源は、伴侶となる男の愛情と国民の信仰と言われている。

 そのため聖女の伴侶は基本的には王族の中から選定される。年回りの近い王族の男子がいなければ、王族に近い貴族の子供が選ばれるが、聖女の降臨時期は決まっているので、大抵王族の中で出産の時期が調整されていた。


 聖女は最初は自我を持たない人形のような状態で降臨する。

 その聖女に伴侶となる男が誠心誠意尽くすと、聖女は言葉を覚え、伴侶にとって非常に魅力的な女性へと花開くように変貌していくそうだ。


 とはいえ、国の命運を左右しかねない人ならざる者との聖婚が義務付けられているレナード王太子の重圧を考えると、ビビの悩みなんて些細なものだ。


「今日のドレスはいつも以上に綺麗だ。それは侯爵夫人の商会で?」


 エリスが話しかけてきた。ビビは穏やかに微笑んで答える。


「はい、東の大陸より取り寄せた絹です」


 光沢のある白の絹に白糸で精緻な花の刺繍が施されたドレスには、これまた輸入品の繊細なレースや真珠が惜しげも無く縫い付けられており、高価なだけでなくとても綺麗だ。


 このデビュタントのドレスは侯爵家が王家に嫁ぐ予定のビビの為に威信をかけて仕立てたものだ。


「その髪飾りは私が贈ったものだね。よく似合っている」


 贈られた髪飾りは真珠とダイヤモンドがあしらわれた可愛らしいもので、どんなドレスにも合わせやすいデザインになっていた。


 エリスは折々に触れて花やら身の回りのものを贈ってくれる。

 ビビの情報網によると、贈り物を選んでいるのは本人ではなく侍従や女官らしいという所に心の距離を感じるのだが……目が合わない事と合わせて気に入られていない証明のように感じられて、気持ちが落ち込むのを感じた。


 それにエリスはビビのドレスや装飾品は褒めてくれても、ビビ自身を褒めるような言葉はくれない。

 顔を正視してくれないのだから当然だが、綺麗になる為の努力の全てを否定されているようで虚しい。


 心の中でため息をついた時だった。

 宮廷楽団が国王夫妻の到着を告げるファンファーレの演奏を始めた。


「やっと父上と母上のお出ましだ。行こう」


 どこか憂鬱な気持ちを心の内に押し隠し、ビビは社交用の笑みを浮かべると、こちらに向かって差し出されたエリスの手を取った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編の時はこれはくっつくのは不可能だと思いましたが、これならあり得ますね。ちなみに私が考えてたのはエスコートできないでした。自分の手汗が気になってw
[良い点] 別人と、最初に書いてたけど... ドレスを褒めてるのに驚いてしまいました(笑) これからどのように話が進むのか楽しみにしてます♪
[良い点] 出産時期の調整とか、さりげなく入れてくる面白くなりそうです。愛と打算と偶然のいろいろ。これからどうなるんだろ。 [一言] 更新楽しみにしています。
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