父とハットトリック
父はサッカーが好きだ。
TVで中継を横になって眺めながら「俺は昔、ハットトリックを決めたことがあるんだ」と自慢げに話していた。家族みんなで「はい、はい」と聞き流すのがお決まりのパターン。
そんな父だが、家族からは好かれていた。
子供想いの良い父親だったと思う。
私は大学を卒業して大手企業に就職し、職場結婚をした。
彼もサッカーが好きだった。
応援しているチームが優勝した時は、一晩眠らずにお祝いしたっけ。
そんな彼と結婚して、子供が出来て、子育てに追われてへとへとになって。
色々あったけどまぁ、幸せなのかなって思っていたその矢先に、夫が不倫している事実が発覚。
子供……まだ1歳になったばかりだよ?
両親に相談したら帰って来いと言ってくれたので、弁護士を立てて離婚を申し入れた。
あっさり認めて、養育費も一括で払うという夫。
「お前がこんなにつまらない女だとは思わなかった」と言われる。
想い出が全部壊れて、何もなくなって真っ白になってしまった。
それから数か月間。
ヘドロのようなものが足にへばりついて、何もできなくなってしまう。
そんななか父が、自分が出場するサッカーの試合に誘ってくれた。
嫌だったけど、あまりにしつこくて断れなかった。
試合当日。
一回りも、二回りも若い世代の男性に囲まれてフィールドに立つ父。
試合が始まると、父は前へ前へと攻めて行く。
10分ほどしてゴールを決めた。
まさか……まぐれだろう。
そんな風に思っていたら、少ししてまたもう一回。
あと一回ゴールしたらハットトリック。
でも……父は限界だった。
あの年齢では厳しいだろう。
それでも父はあきらめない。
転んで、泥だらけになって、へとへとになっても、ボールを追って走り続けた。
そして……試合終了間際にもう一点。
「うおおおおおおおおおお!」
両手を上げてフィールドを疾走する父の元へ、試合仲間たちが駆け寄ってくる。
そんな光景を見て、思わずほろりと涙をこぼす。
帰りの車の中で父は「俺も諦めなかったから、お前も諦めるな。人生は長いぞ」なんて言うもんだから、大声を上げて泣いてしまった。
それから……月日がたち、子供が大きくなってサッカーを始めた。
日曜になると父と一緒に所属するチームの所へ練習に向かう。
「おじいちゃんはね、ハットトリックをきめたんだよ」
チームの仲間に自慢げに話す孫を見て、照れくさそうに笑う父。
そんな彼を誇りに思う。