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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
77/80

77、魔乳


 私が粉ミルクの開発に着手したのは、まだ長男に授乳していた頃だ。

 帝王切開の手技を身につけた医師から、次は赤子の生存率を上げたいと相談を受けた。

 乳母を二人もあてがわれている王の子には縁のない話だけれど。

 一般的に乳幼児の生存率はまだまだ低い。

 原因は風邪や生まれつきの疾患、事故など様々だけど。

 たいていは根底に栄養失調がある。

 出産時に母親が亡くなったり、産後の肥立(ひだ)ちが悪かったり、望まれぬ境遇ゆえに捨てられた赤ん坊は、よほどの幸運に恵まれなければ育ちようがない。

 もらい乳をするにも限界がある。

 つまり代用品が必要だ。

 どうせならばとおいしい牛乳を求め既存の牛を掛け合わせるのと平行して、魔物の乳なども調べさせる。

 離乳後の子供や大人の健康を促進することにもなるだろう。

「魔物は子育てどころか子を成すこともしませんよ」

 自信満々に言ってのけた魔物学者が後日、流れるようなフォームで土下座したのにはさすがに驚いたけど。

 研究資金を(えさ)にしつつ、試みもせずに決めつけるなど研究者の風上にもおけないと発破(はっぱ)をかけたかいがあるというもの。

 ベビーモスというこの魔物は、前世スペインで闘牛に使われていたものを二回り大きくしたような見た目をしている。

 人と見れば問答無用で襲い掛かってくるのに草食。

 もっとも牧草がないと健康を維持できない牛と比べて相当に悪食で(いばら)(こけ)(きのこ)、木の葉なども食べる。

 毒草や毒茸(どくきのこ)を口にしても平気で、どうやら体内で毒素を分解できるらしい。

 弱点は大きく湾曲した角。

 切り落とせば途端に大人しくなるのだとか。

 ただ左右の角を同時に落とすよう注意しなければならない。

 片側だけ傷付けたがために、凶暴化したベビーモスに再起不能にされたり、命を落とす冒険者が後を絶たない。

 物の本によれば、魔物は魔力だまりやダンジョンから生まれるという。

 魔物の子など見た者がいなかったこともその認識に拍車をかけた。

 でも生き物が環境によって生態を変えることは前世では常識だったし、人間と共存する猫ですら子育てが難しいと判断すれば子猫を喰ってしまう。

 では安全に出産・子育てできる状況になればどうか?

 失敗するにしても、とりあえず試してみなければ何もわからない。

 ベビーモスの肉はおいしくほかの魔物に狙われたりもするそうなので、家畜同様、柵で囲って見張りを立て外敵に襲われない環境をつくる。

 雄と雌を同数そろえ飼料を十分に与えていたら、三月後には出産し子育てをはじめた。

 この乳を人が口にしても問題がないことを何重にも確認。

 まず脂肪を抜いて、なるべく母乳に近い成分に調整させる。

 もっともいまは、輸血の際に合う合わないをやっと判別できるようになったくらい。

 成分分析という概念(がいねん)すらなく、従って技術もないのだけれど。

 味を近付ければ、成分も近付くのでは?

 我ながら乱暴ではあるが、必ずしも間違っているとは言えないはずだ。

 乾燥させるのも、お湯に溶けやすいように顆粒状にするのも、すべて技術者まかせの私は報告書に目を通し、完成品を舐めてうなずくだけ。

 計量スプーンや哺乳瓶(ほにゅうびん)の開発ではかなり口を出したけど。

 捨て子ばかりを集めた乳児院で最終チェック。

 ようは人体実験で、気分は悪いがやらざるを得ない。

 自分の子供を使わなければなどという犠牲的精神もない。

 体調を崩す赤ん坊がいれば即対応できるように一週間連続で詰めていたけれど、幸い治癒魔法の出番はなかった。

「魔物の乳なんてと倦厭(けんえん)されると思いますか?」

「どうでしょう。魔物の肉はふつうに食べておりますが」

 魔物博士や技術屋に市場予測をさせるなど土台無理な話だった。

 魔物の利点は病気知らずで非常に速く成長すること。

 つまり楽に増やせる。

 できあがった粉ミルクをまず医師や産婆に処方させ、次いで食料品店でも買えるようにする。

 すると見事に住み分けがなされた。

 金銭に余裕のある家庭では牛由来の粉ミルクを買い求め、貧困層は魔物由来の粉ミルクを買う。

 なにせ値段が十分の一だもの。

 治療院および産婆を通して行わせた調査では、赤ん坊の健康状態および発育が格段によくなり、結果、生存率も上がった。

 治療院はがめついところもあるけれど、赤ん坊版孤児院である乳児院を併設したり、手洗いや煮沸消毒の指導をするなど良いことも行っている。

 国からの補助金とは別に、毎月必要分の粉ミルクを寄付することを約束する。

 せっせと作ってせっせと売っているのだけど。

 調子にのって増やした魔物の乳が供給過多になってしまった。

 新種の牛の方は、新たにはじめさせた牛乳配達事業でちょうどよく回っている。

「乳製品をつくりましょう」

 バターはもともとあった。

 飲むヨーグルトはあった。

 チーズもあったけれどけっこうなお値段だ。

 風呂桶(ふろおけ)いっぱいの生乳からほんの一塊しかできないのだもの。

 もっともそれなりに高価とはいえ、私のいまの身分であればそれくらいの贅沢(ぜいたく)は許される。

 どちらかといえばもったいない精神でチーズづくりに(はげ)む私。

 手頃な大きさでそれなりに価値があるというのもよい。

 また魔物の乳から作られたチーズは、風味といい味といい一味違う。

 秘蔵のワインに合うと公王陛下にも好評だ。

 ハノース大公国の新たな名物の誕生!

 熟成室に整然と並ぶ塊をながめて満足した私。

 いまはジャイアントケロッグと呼ばれる(かえる)によく似た魔物を増やしている。

 観光果樹園で行う果物狩りは観光客はもちろん、うちの子供たちにも人気だ。

 林檎(りんご)葡萄(ぶどう)とくれば次は農業用ハウスをつくりたくなる。

 王城をはじめ、金回りのよい高位貴族の邸宅にはガラスの温室があるのだけど。

 建設費用が掛かりすぎて一般に普及させるには不向きだ。

 そこで目を付けたのがジャイアントケロッグの皮。

 腹側の白い皮を引き延ばすと、ほとんど透明と言ってよいくらいになる。

 まず目撃情報のある沼地を刑務所ばりの塀で囲った。

 そして捕食者と思われる蛇の魔物ウソボロスを駆逐。

 (えさ)となる虫系の魔物の卵を吸収してしまうスライムをよそに移動させると面白いように増えた。

 一度に千個から卵を産むのだから当然だ。

 ちなみに成体の大きさはバランスボールくらい。

 引き延ばした皮は一畳ほどになる。

 鋼製のアーチパイプと合わせれば、前世のビニールハウス同様それなりの費用は掛かるものの、総ガラス張りの温室に比べればずっとずっと安い。

 分割払いを認め、さらに補助金を出し、それでも栽培品目によっては燃料(魔石)代がかさむとあって出足はゆっくり。

 出荷時期をずらすだけで野菜や果物、花が高く売れることがわかると、あっという間に広まった。

 子供たちと一生懸命考えたサンハウスという商品名は定着せず。

 (ちまた)ではフロッグハウスと呼ばれているらしい。

 念願の赤くて大きくて甘い(いちご)が食べられるようになったのはもちろん、年間を通して新鮮な野菜や果物が手に入るのがうれしい。

 一方で味や栄養、文化、歴史を考えれば保存食も大事にしたい。

 第三公妃を巻き込んで、それらを活用することを条件とした料理コンテストを定期的に開催することに。

 はじめはピクルスあたりがよいだろう。

 豚肉を脂で煮て保存するリエットならまだしも、前世で世界一臭いと言われていたシュールストレミングを思わせる川魚の塩漬けは難易度が高い。



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