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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
75/80

75、避難訓練


 今日は、本国初の避難訓練の日だ。

 ひと月前から告知をして、当日面会に訪れた貴族たちにも周知徹底。

 サイレンが鳴ったら作業は即中断すること。

 火の元のみ消火を確認し、ほかの者はすぐに避難行動に移ること。

 貴重品を取りに戻ったり、知り合いを探しに行ってはいけない。

 どれだけ口を酸っぱくしても、大人たちは舐めてかかるに決まっているので、事前に暗黒のドラゴンに協力を依頼した。

 城の上を低空飛行しつつ一声二声発してもらっただけで、大人たちはパニック状態に。

『これは訓練です。これは訓練です。最大級の災厄が飛来したと仮定した避難訓練です。皆さん落ち着いて、慌てず騒がす粛々と逃げてください。くり返します。これは訓練です』

 あきらかにサイレンも城内放送も聞こえていない。

「押さない、走らない、しゃべらない。おはしですよ」

 かねてからの言いつけを守る子供たちの方がよほど冷静に行動していた。

 さすがに騎士や兵士たちは顔をこわばらせながらも人々を誘導。

 腰の抜けた御婦人を担架で運んだり、足を挫いた同僚に肩を貸したりもしていた。

 ベンヤミン夫妻をはじめとする土魔法の使い手の協力を得て、城の地下に造り上げたダンジョンへの入口は五ヵ所。

 そのうち四ヵ所には、石をひとつ抜くと崩れて出入り不可能になる仕掛けがある。

 もちろん今回は使用しないけど。

 公王陛下と首脳陣は、独立した地下五層に専用の昇降機で避難する。

 前世でいうアメリカの大統領危機管理センター。

 その隣には王族専用エリアがある。

 一般エリアは一層目が畑と果樹園、二層目が牧場。

 こちらは日頃から利用しているので、使用人たちはここでだいぶ落ち着きを取り戻した様子。

 三層目は住居スペースだ。

 十棟のゲストハウスと百棟のログハウスが立ち並び、計算上はすべての使用人と来客が寝泊まりできるようになっている。

 入浴設備があるのはゲストハウスのみだけど、二カ所に銭湯を設置。

 替えの下着も用意してある。

 四層目は運動場および多目的広場。

 本日はここに石窯を設置して、お昼はピザパーティーだ。

 その前に秘密の通路を通ってお出ましになった公王陛下が、お立ち台の上で今回の避難訓練の総括をなさる。

「サイレンが鳴ってから全員の避難が完了するまで三十四分と五十秒。転倒による軽症者が十八名。前例のないことゆえ比べることはできないが、縮めるべき数字であることは確かだ」

 赤茶の瞳に睥睨(へいげい)されて縮みあがらない者の方が少ない。

 その数少ない子供たちに陛下が向ける眼差しはやさしい。

「慌てず騒がずすぐに逃げた子供たちよ、よくがんばった。誘導に尽力した騎士、兵士たちにも礼を言う。その他の者たちも、未曾有(みぞう)の事態、恐怖によく耐えた。ささやかではあるがそれに(むく)いたいと思う」

 すでに先程からよい匂いが漂っていて、焼き立ての最初の一枚が公王陛下に捧げられる。

「これはピザと言うそうだ。手で持ち直接にかぶりつくのが正式な食し方だそうだが、慣れぬ者は用意された食器を使ってかまわない。満足のゆくまで食すがよい。ではいただこう。この恵みに感謝を」

「「「「「「「「「「この恵みに感謝を」」」」」」」」」」

 急ぎ、従者の役目もになっている万能執事クルトが毒見をしたのだけど、わっと集った子供たちにすべて食べられてしまった。

 次々焼き上げられたうちの一皿を手に近付くと、待ってましたとばかりに手を伸ばす公王陛下。

「少々お待ちを」

 添えておいたフォークで三角部分を内側に折り、耳を二つ折りに手で持ってかぶり付く。

 貴婦人のそんな姿にさすがの公王陛下も目を見開くが、これが正式なピッツァの食べ方なのです。

「大丈夫です。どうぞ」

 日頃から毒対策も万全なのだけど、やはり念には念を入れたい。

「いただこう」

 公王陛下は私と同じようにしてかぶり付き、いま一度目を見開く。

「うまいな」

 微笑みうなずき合い、子供たちに負けじと次々と手を伸ばす。

 周囲を見渡せば、皆「あちち」と言いながら飲むように食べている。

 焼き上がりがいちばんおいしいとに気付いたらしい貴族が、自ら石窯の前に並んでいる。

 王族ですら立ち食い…いいえ、立食(りっしょく)状態なのだから、誰も遠慮する必要などないのだ。

 ワインやビール、フレッシュジュースも供されているけれど。

 私はレモン水を選んで口を(すす)ぐ。

「少々失礼して、本日の功労者にごあいさつをしてまいります」

「ああ、頼んだ」

 地上では三人の料理人が、三台の石窯で次々にピザを焼いていた。

 隣で別の三人が生地をのばし、またまた別の三人がトッピングをしてる。

 大汗をかいて少々腕が震えているのは、窯の熱さや重労働のせいばかりではないだろう。

「本日は無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございました」

『なに、大したことはしておらん。それにしてもこのピザとやら美味、美味。話を聞いた連中がうらやましがるであろう』

 城の中庭に器用におさまった巨大すぎるドラゴンが、爪の先で焼き上がったばかりのピザを摘まんで文字通り呑んでいる。

 カットする必要はない。

 仮にこのドラゴンを人間サイズに縮小したなら、Lサイズのピザも直径三ミリのアラザンくらいにしかならなそうだけど。

 味わってくれているならうれしい。

「また来年もお願いできますでしょうか」

『うむうむ。任せるがよい』

 快諾してくれたものの、大らかすぎるこのドラゴンはたぶん忘れてしまうので、直前になったらまたお願いしに行こう。

 まだまだ食べる気満々で、じーっと石窯を見つめる暗黒のドラゴン。

「では、どうぞ心行くまでご賞味ください」

『ああ、そうさせてもらおう』

 歩きながら念のため、汚れ除けの結界で油の跳びはねや臭いを除去。

 第二子を妊娠中のカレエラ様は大事をとって自室待機している。

 同じようなことが実際に起きれば、そんなことは言っていられないのだけど。

 あくまで訓練で何かあったら取り返しがつかないもの。

 一応、妊婦がいた場合のことを想定して、騎士に同じ背格好の侍女を背負子(しょいこ)で背負わせ、数人のガード付きで避難させていた。

「カレエラ様、騒がしくて落ち着きませんでしたでしょう。ご気分はどうですか?」

 チーズや油の匂いが駄目だというので、彼女にはデザートピザを用意。

「お気遣いありがとうございます、マリアンナ様。とても美味しくいただいています。ドラゴンにも、その…驚きました。恐ろしくもありますが、美しい生き物ですね」

 怯えを見せながらも、その目はキラキラしている。

 ショックで流産でもしたら事だと医師は先にダンジョンに避難しておくことを勧めたのだけど、彼女自身がドラゴンを見たがったのだ。

 一度、出産を経験していることもあるだろうけど。

 普段からおっとりのんびり構えているだけあって、誰より(きも)()わっているのかもしれない。

「それならばよろしゅうございました。なかなかない機会ですものね」

「ええ、本当に」

 昼食会はまだ一時間ほどは続く予定だけれど、使用人の半分ほどは自主的に持ち場に戻りはじめているようだ。

 勤勉でなにより。

 職種によっては、避難訓練があったからといって仕事が減るわけではないから、いまからできるだけ片付けておかないと残業するはめになるという側面もあるのだけど。

 私と私の専属侍女ターニャがここに残るというと、カレエラ様も一緒になって、付き添っていた医師やほかの侍女たちにピザパーティーに参加してくるように勧める。

 彼女たちは遠慮しながらも、うれしそうに退出。

 護衛は先程交代したそう。

 仲間思いで結構なことだ。

 ジョンス・スミスを潜ませていることは内緒だけれど。

 建物自体が物理攻撃にも魔法攻撃にも耐えられるようになっていて、さらにこの部屋には、ドラゴンブレスでも壊れない汚れ除けの結界が五重に張られていることは誰もが知っている。

 それでもカレエラ様の乳姉妹ハイネは、絶対にカレエラ様の側を離れない。

 さすがだ。

「あのような災厄に見舞われたら、私ごとき何もできないのですけどね」

 窓の外に目をやって苦笑していたけど。

 いくら事前に告知し、あのドラゴンがどんなに高く空を飛んだところで、それを目撃した国民は驚愕(きょうがく)したに違いない。

 もっとも今日は、国を挙げてのいっせい避難訓練の日。

 小さな村には小さなダンジョンを、大きな街には大きなダンジョンを備え済み。

 たとえ洪水が起こっても、設定次第で中に水はいっさい侵入しないのだからダンジョン様々だ。

 ただダンジョンが一定の大きさを超えると、最下層に問答無用で子ドラゴンが送り込まれてくるので、人口によっては二三の区画にわけてそれぞれに用意したところもある。

 後日あがってきた報告書によると、火事場泥棒的な犯罪が十五件。

 火の不始末による火災が三件。

 国全体からすれば少ないのかもしれないけれど、要対策の事案ではある。

 とりあえず国庫から、被害者全員にすべてをカバーできる額の見舞金が支給された。

 これがもとで人々が逃げ遅れるようになったら本末転倒だもの。

 いちばん記録の良かった村には金一封。

 石窯の作り方、ピザのレシピとチーズを提供して行わせたピザパーティーも好評で、巻き込まれた観光客や国民の多くが、来年の避難訓練を楽しみにしているらしい。



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