74、ハンドベル
貴族が使用人を呼びつけるために使う卓上ベル。
いま子供たちのよいおもちゃと化している。
対抗措置として、彼らには手の届かない棚やチェストの上に置くようにしたのだけど。
敵もさる者。
少し年嵩の乳兄弟や学友に取らせて鳴らす。
叱かれば「ごめんなさい」と言い、三日くらいは我慢をする。
手頃な大きさ、綺麗な音。それによって人が動くことが魅力的なのはわかるのだけど。
年長者たちは親にお灸を据えられて、この企みには協力しなくなった。
むしろ窘めるのだけど、小さくても王女や王子は自分たちが偉いとわかっている。
他大陸からやってきた元皇子も弟分あつかいで、遊びにも悪戯にも巻き込んでいる。
はらはらしながら見守る彼らの前で、自分用の小さな椅子を引きずってきて台にしたり、引き出しをひっぱりだして足場にしたり。
道具を使う動物としては、その進化を褒めたいところだけど。
オオカミ少年の話で散々脅しつけた後、私はメイド頭を呼び寄せた。
「この卓上ベルのことなのだけど。いつもきれいに整えておいてくれてありがとう。これが消耗品なのは承知しています。以前使用していたものをどうしているか教えてちょうだい」
「はい、マリアンナ殿下。汚れのひどいものや破損したものは処分しております。それ以外は予備として保管し、定期的に磨いております」
「見せていただける?」
「はい。ただいまお持ち致します」
「いいえ、どれが必要かは見てみないとわからないから、保管場所に案内してほしいの」
「は…はい。北西の倉庫までご足労願うことになりますが」
狼の真似をして両手を掲げるといまだびくつく子供たちを引き連れて煉瓦製の倉庫へ。
三棟並んでいるうちの一つ、鋼鉄製の扉に掛かる重そうな閂をメイド頭が外す。
「こちらになります」
不要品置き場とは思えないほど整頓され、塵ひとつ落ちていない。
「あなた方の働きには頭が下がります」
三桁にのぼるメイドたちを手足のように動かすのだ。
相当にキャリアを積まないとなれない職業だと聞く。
前世でいえば大病院の看護師長のようなものだろうか。
「もったいないお言葉です」
恐縮しつつも誇らしげだ。
ひとつひとつ布にくるまれ木箱におさめられた卓上ベルは、真鍮・陶器・ガラスと素材は様々。
装飾や絵付けもそれぞれ違い、凝っている。
使用者の好みや、置く部屋の雰囲気に合わせて特注しているからだ。
倉庫が見えてきたあたりから、わくわくした雰囲気を醸し出していた子供たちだけれど。
寓話の恐怖が残っているのか手を出そうとはしない。
棚の位置が高くて届かないというのもある。
気をきかせた侍女や年長者に抱きかかえられて、注意深く私の手元を見ている。
私はおしゃれ用の手袋をした手でベルを取り出す。
せっかく磨いてあるのに指紋をつけては申し訳ない。
音を聞き分けて八個選ぶ。それを三組。
「これをしばらくお借りするわね」
「はい、マリアンナ殿下」
あとで忘れず、きちんと返しにくるところまで子供たちに見せなくては。
中庭の木陰にテーブルを用意させ、小さな音楽教室の始まりだ。
ちょうど十二人いることだし、最後のシとドの音を出すベルを除けて、子供たちに好きなベルを選ばせる。
私の手元でドレミファソラシド順に並べたベルと対応するように、席順を入れ替える。
彼らは必死に私の手元を見て、私が取り上げるベルに合わせてベルを鳴らすという遊びに熱中した。
紅白旗上げゲームのように、時々フェイントをかけるのがコツ。
そして、ここからが本番。
「か~え~る~の~う~た~が~、聞~こ~え~て~く~る~よ~」
子供たちはけらけら笑いながら、あっという間に覚えてしまう。
的確にベルを鳴らしながら可愛い歌声を響かせる。
単純な歌なので数回くり返せば大人たちも覚えた。
「ぐわぁ~ぐわぁ~ぐわぁ~ぐわぁ~」
輪唱をこなすまでになり、いつの間にかいらしていた公王陛下から拍手とお褒めの言葉をいただいた。
「すごいな。楽しいな。よいものを聞かせてもらったぞ」
周囲を労いつつ、子供たちの頭を撫でる。
よい父親でもある。
「お父さま! お父さまもごいっしょにうたいましょう」
ああ。メリー…
珍しく情けなさそうに眉を下げる旦那様に助け船を出す。
「お風呂場でしたら音が反響して、かなり良いように聞こえますわ」
耳打ちすれば背筋が伸びる。
「すまないがメリー、これからしなければならない仕事があるのだ。でも、約束だ。一緒にお風呂に入ってそこで歌おう」
「はい! やくそくです」
一度はしょげた幼女の花のような笑顔。
ふつうは貴族が、家族といえども共に入浴するなどありえないのだけど。
うちは二十四時間いつでも温泉が湧いているし、プールかと見紛う大浴場すらある。
結局メリーは第二次成長期を迎えるまで、週に三度は父親と入浴するようになる。
エコーの掛かった旦那様の歌声は、なんとか聞けないこともないレベルにまで昇華され、本人もご満悦なのでよいことである。
公王陛下より十五組の卓上ベルを下賜されたので、それを引っさげて子供たちははじめての公務に臨んだ。
孤児院への慰問だ。
聖女の泉を取り囲むようにしてある教会の責任者は、言わずと知れたタニタ司教様。
これだけの規模の施設を任せられ、部下となる聖職者たちが二桁になっても彼の生活態度は変わらない。
そこがよくて、ぜひ子供たちを連れて行きたいと思っていた。
折にふれて城の礼拝所にお越しいただいたこともあり、子供たちも初体面ではないのだけど、何分にも幼かったし、さすがにタニタ司教様も余所行きの格好をされていたから。
「おお、よく来たなぁ」
観光客が訪れる前にと早めに出発したこともあり、祈祷の後とおぼしき礼拝所のベンチで寝ていたタニタ司教様はほんのりお酒臭い。
神像に卓上ベルを一組捧げてお祈りする時は、一緒に祈っていたけど。
かつて私がお世話になっていた所とは違って、資金は潤沢でスタッフもそろっている。
孤児院の子供たちはみな身ぎれいで、声を揃えてあいさつしてくれた。
日々の工夫とご近所さんの思いやりでしのいでいた、慎ましさと雑さを少しだけ懐かしく思う。
日頃から泥をこねたり、木登りに興じている我が子たちはすぐに馴染んだ。
私も今日は、ちょっと良いところの商人の奥さんくらいの格好をしている。
午前のおやつを兼ねた休憩をはさんで卓上ベルを配る。
子供たちの学習能力はすばらしい!
「こりゃ、観光客に聞かせてもよろこばれるかもな。もう少し複雑な曲にすれば金もとれるか?」
タニタ司教様の順応性もすばらしい。
「それでしたらもっとよく音が響くように、もう少しベルを大きくして、長い持ち手をつけたものを作ってお持ちしますね」
「お、おう。よくわからないが頼むよ」
あとはそちらで試行錯誤してくれればよい。
城のほかの使用人たちも興味を示しお伺いを立ててきたので、公王陛下にすぐに許可を出していただいた。
休憩時間に練習しているとみえて、ちりちりリンリンいたる所で音がして一週間ほど混乱もあったけど。
音飛ばしの魔法陣を小型化しスイッチをつけて、試験場でビジネスフォンを作らせたことで終息。
侍女が控えの間にいる時でもこのビジネスフォンでお茶を頼めば、侍女がそこから厨房に連絡をし、厨房に着くころにはお湯が沸いている。
手間が省けて時短にもなるとおおむね好評だ。
もっと小型化すれば携帯させることも可能だけれど、いつでもどこでも呼び出されるのはストレスだろう。
いまも休憩室には置かないようにしている。
どうしても必要な時は人をやって呼び出すからあまり意味はないかもしれないけれど、こういう気持ちの問題はけっこう大事だと思うのだ。
たいそう気に入り、生産に乗り出す公王陛下。
大きな商家などから順次導入されてゆき、いずれは輸出もされることだろう。




