73、亡国の皇子
他大陸(英語)の本を読んでいると、しばしばあちらとこちらは別の物語世界なのではという思いにとらわれる。
例によって信仰している神様は、私たち人間のとらえ方や表現方法が違うだけで同一だろう。
その神々が並べた箱庭のこちらが乙女ゲーム世界なら、あちらは戦記ものといったところ。
現に海には見えない境界線があって、商船が頻繁に行き来しているにもかかわらず、軍艦はそこから先へは進めなくなるらしい。
歴史的に考えれば珍しいことでもなんでもないのだけど。
向こうの大陸で一つの国が滅び、唯一生き延びた皇族が海を渡ってやってきた。
御年数えで三歳になる皇子を守るのは五人の騎士。
それに乳母が一人付いている。
はじめはカレエラ様の故郷である連合王国に入国し、次いで帝国、そしてわがハノース大公国へ。
続いて王国、首長国へと流れていくのは必至。
なぜかといえば彼らはいわゆる御家再興を目指していて、でもはっきり言ってそれは無理だから。
「旅の疲れもあろう。ゆるりと過ごすがよい」
公王陛下も謁見と数カ月の滞在は許したけれど、相手の求めにはいっさい応じなかった。
それでも破格の待遇なのだ。
それを証拠に先の二国で彼らが会えたのはよくて外相。
なにせいわゆるラストエンペラーの後ろ盾となり、海を越えて軍を派遣し…いえ、そもそも見えない境界線があるから軍を送れない。
現地で兵を募って戦争をし、ほぼほぼ新たに国を建てるなど現実的ではない。
しかもそこに自国とは縁もゆかりもない王を据えて、私たちに何の得が?
彼を傀儡にして植民地ばりに搾取しようにも、利益を出すまでかなりの時間が掛かる上、周辺国に速攻で乗っ取られそうだ。
くわえて幾多の国から恨みを買ってはデメリットしかないではないか。
連合王国も帝国も同意見だったようで、そもそも助けを求める彼らの態度がよくない。
実質二歳児が問題を起こすわけもないので、それを引き起こしたのはお付きの者たちに決まっている。
連合王国では決闘騒ぎ。
帝国では門番に手傷を負わせている。
相当に侮られ揶揄されただろうことは想像に難くないけれど、それに耐えるのも彼らの役目。
一人くらい文官がいればまた違ったのかもしれないけれど。
彼らはことごとく対応を誤った。
義に厚い風潮の連合王国では、辞を低くし情に訴えればよかった。
商取引の問題があるから協力はしないまでも、それなりに温かく迎えてくれたはずだ。
他国を下に見る帝国では、帝国風を装うのではなく、長い歴史とその中で独自に発展をとげた祖国の文化を前面に押し出すべきだった。
合理化の波に埋もれ消え去ろうとしている芸術のみ、帝国は珍重したに違いない。
そして我がハノース大公国では、利を示さなければならなかったのに、自らの正当性を声高に訴えるばかり。
近衛騎士ということは貴族であり、それなりの教育を受けているはずなのだけど。
厳選したメンバーで命からがら祖国を脱したというより、生き残ってしまった残りかすと言われても仕方がない。
身分が低く才ある者を前へ前へと押し出して戦うお国柄らしいから。
つまり意気地のない脳筋。
根回しどころか、事前調査も行っていないとは呆れるばかりだ。
子供に罪はなけれど。
そんなところへ皇子として生まれてしまったのが運の尽き。
同情心がまったくないわけではないけれど。
私自身や我が国、ひいては我が子たちの命運をかけてまで助けるほどではない。
私が彼らを茶会に招いたのは、たんなる興味にほかならない。
前世、遠い血筋の者と結婚すれば優秀な子が生まれると言われた。
血が近ければ遺伝子のコピーミス部分が重なる可能性が高くなるわけで、理屈的にもおかしくない。
自然界でいう生物的な優秀さと、人間社会における優秀さが一致するとは限らないけれど。
これには公王陛下も興味をお示しになり「可能であれば」「無理をしない程度に」と限定付きで許可をいただいた。
お茶会といっても日頃の休憩時と大差なく、芝生の上で王女や王子たちが小犬のように遊んでいる。
乳母に抱かれた亡国の皇子が興味を示して手を伸ばす。
いまはまだ薄ぼんやりした印象だけど、長じれば彫が深く色素の薄い大男になるらしい。
我が子たちを通して、こちらの乳母や侍女たちがもう一つの低いテーブルにつくよう促す。
黒子に徹したままこちらの意向をうかがう女。
乳母としては許可なく私と目を合わせることもできないけれど、皇子の影と考えれば失礼ではなく、そもそも遜ってばかりではなにもできない。
絶妙な匙加減に満足して、うなずいて見せる。
フレッシュジュースに手を伸ばし、新顔に勧めることも忘れないやさしいメリー。
私より二、三年上だろう乳母は膝を突いて、皇子が我が子たちと交流するに任せつつ、必ず御身のどこかにふれている。
互いに視界に入り、その言葉も聞こえる距離。
『遠路はるばる、ハノース大公国へようこそ』
英語で話しかけたことで、一瞬騎士たちの眉間の皺が薄れたけれど、内容はかなり嫌味だ。
『第四公妃殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。お招きいただきありがとうございます』
堅苦しいあいさつを交わす間に、武骨な体躯でもってこちらを威圧してくる。
服装やその自由度から、戯れていたのは臣下の子供たちだと判断。
そこに皇子をまぜるなどとんでもないということだ。
先程から何度も止めようするのを、こちらの護衛が位置取りだけで巧みに牽制している。
実際、ここにはご学友に相当する子供もいるけれど、むしろ王女が積極的に地面を転がっているなど思いもよらないらしい。
たしかに一般的な常識からは外れているけれど、私の教育方針や彼らの容姿は秘密でもなんでもない。
怠慢による情報不足。
認知力が低い上に、想像力もなく、思考もお粗末。
皇子が舐められないようにと気を張る気持ちはわかるけど、舐めるもなにもすでに彼は平民で、よけいなトラブルを起こすお付きの存在を加味すればそれ以下だ。
一応は歓迎のかたちをとっている国の王妃をにらみつけるのはどうだろう。
いかに軍籍とはいえ多くの同僚、王侯貴族たちの死に様を見て、なおかつ逃避行中。
平静でいられるはずもないのだけど。
彼らが彼らの目的を達しようとするならば装わなければならない。
茶器をあつかう所作に問題はない。
でもやはり軍人だからか、優美さよりも合理性を優先しているように見える。
彼らがいくら凄んでも、公王陛下がいらっしゃる時のような緊迫感は生まれない。
せっかく紅茶も菓子もよいものを出しているのに、それを味わう余裕もない相手にはもったいなかった。
鉄は熱いうちに打て。
彼らの年齢で再教育は無理があるから、遠回しの貴族しゃべりなどという無駄は省いて早々に釘を差す。
『老婆心から言いましょう。あなた方の忠心が彼を殺すということを自覚しなさい』
五人が五人ともムッとしたように顔をしかめる。
ちょっとした腹芸すらできないらしい。
わかっていたことだけれど、この人たちはいらないなぁ。
『国とは私たち人間が自然の脅威に対抗し、生き残るための仕組みでしかありません。つまり国のために人があるわけではないのです』
年嵩の騎士が口を開き掛けるが反論は許さない。
そもそも私が言い聞かせているのは彼らではないのだ。
『理解できないという顔ですね。
しかし、あなたたちがしようとしていることは現実的ではありません。
いまは亡き国を立て直す機会はいくらでもあったのに、徹底的に壊されてからどうこうしようなどいまさらです。
あなた方にできるのは、せいぜいが歴史ある血筋を後世に残すことくらい。
純血にこだわるなどもってのほかです。
先細りし易々と滅ぼされる様をその目で見たでしょう。
あなたたちは選ばなければなりません。
すでに亡き国に殉じるのか。彼を生かすことにのみ集中するか』
乳母がそっと皇子の手を取る。
『我が国は彼に伯爵位を授ける用意があります』
『殿下に臣下に下れと!?』
『ふざけるな!』
いきり立つ騎士たちを汚れ除けの結界ではねのけ押さえつける。
『礼儀がなっていませんね。伯爵位です。この意味がわかりませんか?』
唯一理解していると思しき乳母が静かに私を見つめる。
『決めるのはあなたですよ』
王家と婚姻を結べるぎりぎりの爵位だ。
我が国のあらたな制度をきちんと調べているならば、王配になる目があることはわかるはず。
仮に彼が駄目でもその子孫が、公王家と縁続きになる…かもしれない。
ここで大事なのは可能性を残すこと。
もし万が一、まかり間違って祖国で王政が復活した時、貴族であるとないとでは雲泥の差がある。
王族ならばなおよい。
他国の王の血筋に紛れることが、彼らにとって唯一で最高の勝利だと思うのだけど。
『このような侮辱は許し難い』
『失礼する!』
席を蹴り、皇子を抱えた乳母を引き立てるようにして騎士たちは去る。
『期限は彼の四歳の誕生日です。お忘れなきよう』
呼びかけに振り向いたのは乳母だけだ。
三つ子の魂百までというように、よけいな信念を植え付けられたあとではどうにも矯正のしようがない。
少なくとも王国、首長国とめぐって半年後くらいに再び現れると予想していたのだけど。
皇子を抱えた乳母が城門の前に立ったのは翌日のことだ。
『第四公妃殿下のお情けに縋りたく…』
賢く実行力もあるこの女はジョン・スミスたちと同種の人間だ。
そもそも長年、民を虐げてきた皇室を倒した簒奪者たちは、皇族たちを処刑しようとはしなかった。
彼らがかかげる理念は平等。
皇族でも貴族でもなくなることに耐えられない彼らが、勝手に自刃しただけのこと。
ただ身の安全を考えればふつうに平民としてくらすことは難しいので、出家させられる予定だったところ、自分たちの正義に突き動かされた近衛騎士たちに連れ出され、振り回された皇子殿下。
あちらの聖職者は結婚することも子をなすこともできる。
生涯監視はつくものの、人並みの幸せを手にすることもできたはず。
でも現実は遠い異国で、王女や王子と一緒くたに教育されることになった。
それが吉と出るか凶と出るか。
彼が国を出られたこと自体、どこかの誰かの気の迷い。
占いまがいの小さな賭けであったと想像する。
なんのことはない。
私に頭をたれた乳母に掛かっている見えない紐の先は、海外の簒奪者たちにつながっているのだ。
命懸けで皇子を守った近衛騎士たちの末路は推して知るべし。
彼女のことはジーナ・スミスとでも呼ぼう。
運を引き寄せる力などなくても、どうせサイコロを振るなら幸運を願うのは当たり前。
せっかく他大陸の新生連邦国とご縁ができたので、定期的に大量の花火を輸入することにした。
魔石や魔法陣を駆使して同様の現象を起こすことは可能だけれど、魔石を使い捨てにするのはもったいない。
あちらでは重火器の製造が盛んだったことから、はじめて聞く花火の開発もさほど難しいことではなかったようだ。
色の指定があることに驚き、多少の試行錯誤はしたようだけど。
長年の圧政でかなりの土地が荒廃しているらしいので、応援する意味合いもある。
ちなみにこちらでは火薬がつくれない。
火薬のままでは境界線を越えられないことも連合王国が実証済み。
「た~まや~!」
花火として作り、花火として運び、花火として使うのならば、世界の構造的にも問題ないようだ。




