72、カヴァネス
第五公妃カレエラ殿下は、無事に男の子を出産した。
立ち会いにかんしては、絶対に無理をすべきではないと何度も話したし、できるかぎり彼女の質問に答えた。
それでなくても不安な時に、考えることを増やしてしまって申し訳なかったけど。
「あなたがしたいようにするのがいちばんですよ」
最後は彼女を信頼してつきはなすかたちに。
公王陛下は遠慮がちに、でもはっきり断わられたと笑っていた。
そんなことで気を悪くされるような方ではないのだ。
男子の誕生をたいそう喜ばれていた。
私も彼女と赤子の無事を祝うと同時に、ほっとして力が抜けた。
これで我が国、ひいては私やメリーの身の上も安泰だ。
なぜなら帝国へのおさえとなり、また海外とも交流がある、連合王国とつながりの深い男子が次代の王になるのが、いちばん収まりがよいから。
半年ほど時間をおいて第四公妃である私も第二子を出産。
二重の意味で一姫二太郎だ。
他家ではあまりないことかもしれないけれど、母親同士「カレエラ様」「マリアンナ様」と呼び合って仲が良い。
侍女やメイドは張り合う部分もありながら、よい緊張感をもたらすレベルですんでいる。
なにしろメリーの乳母の一人が、出産のタイミングが合ったこともあって、いまはカレエラ様のお子の乳母をしているくらい。
乳離れを済ませたメリーも私たちの足元でコロコロ遊んでいて、見るからにひとつのファミリーだ。
当初、メリーが泥まみれになっても気にしない私に周囲は面食らっていたけれど。
毎朝ミーティングをして根気強く話すことで、いまは私の教育方針を大方飲み込んでくれている。
目の届く範囲にいる時は、あえて汚れ除けの結界を解除している私だ。
メリーにはじかに触れて感じて、学んでほしいことがたくさんある。
彼女が話し始めた時、感激する私以上に旦那様は狂喜して、すぐにカヴァネスを手配した。
悪気がないのはわかるのだけど、はっきり言って男は育児のなんたるかをわかっていない。
世間の評判だけを頼りに、犬のしつけならば得意だろう頭がコチコチのオールドミスを寄越すのだもの。
もちろん独身でもレディ・バイサールのような方ならば大歓迎だ。
あいさつをかわした時点でこの人とは合わないと直感したので、メリーに掛けてある汚れ除けの結界をより強固なものにする。
私を退出させようと言葉たくみに誘導してくるのに乗ったふり。
隣室からマジックミラー越しに監視する。
カヴァネスの質が良かろうが悪かろうが、遠望と音飛ばしの魔法陣を使って、公王陛下の執務室にリアルタイムの映像と音を届けることも忘れない。
こうしておけば仕事をしながらでも、メリーから目を離すはずがないもの。
数えで二歳の女児を文字通り椅子に縛り付けようとした女を、即座に汚れ除けの結界で包んで追い出す。
駆けつけた旦那様は、私がねちねち言うまでもなく大いに反省しているご様子。
前世でも不思議で仕方なかったのだけど。
とても有能な人が家庭では同じように能力を発揮できない。
男の脳の特徴とでも思うしかないようだ。
憑き物が落ちたように「世間の言う優秀さとはなんなのか」と疑問を呈し、静かに深く怒っておられる。
この分ではいかに遠縁といえどもあのカヴァネスは、再就職に必要な推薦状をもらえまい。
私は旦那様に教育係を手配するよりも、毎日どんなに短い時間でもメリーに会って抱き上げ、話しかけてくださるようにお願いした。
「ご自分の幼少期を思い出してください」
「…相わかった」
メリーには怖い思いをさせてしまったけれど、これで子育てにかんしても私の意見が通りやすくなった。
私が見るにメリーは学者タイプだ。
放っておけば一日中でも蟻の行列をながめて飽きることがない。
弟たちのことも静かに眺めて、おそるおそるちょいと触れる様がなんともいえず可愛らしい。
時々思い出したように赤ちゃん返りをして、翌日はまたけろりとしているところなど、少々間が抜けているようで面白い。
こんなふうに私が余裕を持って彼女を見られるのも、スタッフが充実しているおかげだ。
私が乳母や侍女たちに求めるのはどれも当たり前のこと。
メリーに早寝早起きをさせること。
たくさん話しかけること。
疲れすぎないていどに散歩や追いかけっこをすること。
楽しい雰囲気の中、味わって食べるように促すこと。
マナーは強制するのではなく、手本を示して自然と真似するように仕向けること。
そのために家族が同席できない時は、必ず一人はお仕着せではない格好をして、同じテーブルのすぐ近くの席に着くこと。
危険なことや人として間違ったことをしたら即座にきちんと叱ること。
がんばったらほめること。
王女としての自覚は促してもよいが、間違っても女王になる・なれ・なれるだろうなどとは言わないこと。
読み聞かせはすでにはじめているけれど、机の上の勉強などは六歳からで十分だと私は思っている。
甘やかしすぎてはいけない。
でも、身分やマナーのためにメリーに寂しい思いをさせる方がよほど問題だろう。




