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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
70/80

70、ハーレムの女たち


 地図を見ると聖女(私)の墓がある荘園は、ハノース大公国から突き出た小さな(こぶ)のようだ。

 財政的な規模でいうと前世の町くらい。

 そんな教会の荘園は国をまたいでかなりの数、点在しているのだけど。

 もともと夫が仕えていた王国内にその領地と接するかたちであったものを与えてくれたのは、教会の思惑であり思いやりで、いまでもありがたく思っている。

 ワイルドフラワーガーデンについても文句を言うどころか、各教会で対象者の保護に協力する姿勢を見せている。

 一方で、他国からの抗議に対して知らぬふりをするのは当然だ。

 代表者たる私が現地に行ければよいのだけど、身重の体なので文句があるならハノース大公国まで来てもらわなければならない。

 保護した女性の家族や知人から抗議されることはめずらしくもないのだけど。

 一国の代表からというのは初めてだ。

 まず教皇猊下に、次いで公王陛下に抗議文が届いた。

 どちらも我の関するところではない、見当違いの抗議をするなと逆に抗議文を送ったそうだ。

 その後、私のところへも()()()が届いたのだけど、誘拐だ監禁だと一方的に決めつけるばかりで話にならない。

 ここは一つ公王陛下のお言葉に甘えよう。

「必要とあらば離縁してくださいませ」

 もとはといえば自分のなしたことが原因だ。

 覚悟を決めて申し上げれば、公王陛下は傷付いたといわんばかりの顔をなさる。

 もちろん離縁されたところで縁を切る気などないのだけど。

「その必要はない。此度(こたび)()の国への対応はそなたに任せる。好きにしてよい」

 大層な信頼をよせられてもいるようで一安心。

 聖女としても国のためにそれなりに活動してきたけれど、相応のバックアップを受けてもいる。

 返事を出さないのが返事だなどと強気な態度をとれるのも、公妃の地位と汚れ除けの魔法陣があってこそ。

 あちらが実力行使とばかりに軍を並べたところで、間に位置する王国がそれを通すわけがない。

 彼の国でやっとそれなりの使者が立てられたのが、ワイルドフラワーガーデンでとある一団が受付を済ませた二か月後。

 それまでにかなりのことができて、こちらにとっては好都合なのだけど、ずいぶんとのん気な話だ。

 汚れ除けの結界はもしもの時の備えとして、関所を守る聖騎士たちのがんばりが大きかった。

 荘園に入ることもできなかった使者は、ハノース大公国の公都まで出張ることになる。

 距離的には大して差はないのだけど、そうさせられたことにかなりご立腹の様子。

 私が女というだけで(あなど)る態度を隠そうともしないので、悪いなどという気持ちは微塵(みじん)もわいてこない。

 この使者の出どころは王国の向こう側、内陸に位置する砂漠の国。

 彼の首長国にはハーレムがあり、そこに所属する女たちは原則的に死ぬまで外に出られない。

 例外は功績をあげた家臣に下賜される時と、一生に一度の聖地巡礼。

 あちらは一神教なのだけど獅子頭の男神を信仰していることからも、聖地がこちらの宗教のものと(かぶ)る理由はお察しである。

 現に私たちが聖女の丘と呼ぶ場所は、その首長国にあったりする。

 作物の育ちにくい土地ながら、純度の高い宝石が多く採れるかなり裕福な国。

 我が国産の高性能馬車を一括(いっかつ)で百台購入してくれたお得意様でもある。

 それを連ねて妃と侍女と護衛が聖地を巡るさまは壮観だったと聞く。

 聖女の谷(ドラゴンの巣)はさすがに大回りによけて通ったらしいけど。

 隣国の王都では高級品を爆買いするのがお約束らしく、我がハノース大公国の温泉施設や高級ホテルにも気前よくお金を落して行ってくれた。

 でもそれはそれ。

 ブルカをまとった三百人強の女たちがワイルドフラワーガーデンを見学。

 その半数がそこに残った。

 護衛をつとめる男たちは猛反発したそうだけど、そもそも彼らは施設内には入れない。

 自国に戻る妃たちに護衛を命じられて、しぶしぶ引き下がったのだとか。

 レディ・バイサールの報告によると、残った妃とその侍女たちは完全に国を捨てた。

 どんなに身分が高くて見目が良くても、彼の国の女たちは簡単な計算も文字の読み書きもできない。

 芸能や体を使って王を喜ばせることだけが彼女たちの存在意義なのだという。

 王子を産んでも無教養な女に教育は任せられないとばかりに取り上げられる。

 政略結婚に利用できる王女は、第一夫人のもとに集められ、そもそも自分の子と思ってはいけない。

 生み落とした時点で二度と会うことは叶わないと未練は断ち切るそうだ。

 いま彼女たちは熱心に勉強しているけれど。

 すでに大人になっているせいで習得に時間がかかる上、覚え使いこなせる範囲は狭くなるだろうとレディ・バイサールは冷静に判断している。

 (かご)の鳥だったところから他国に亡命するくらいだから自立心は旺盛。

 ならばと彼女たちの強みを生かすよう提案する。

 彼女たちはブロンズの肌に彫の深いエキゾチックな顔立ち、加えてしなやかなスタイルをしている。

 王の目にとまるため、それらを磨きに磨いてきた。

 食事のバランスや運動方法、使う香油や薬草、それをもちいる手技は侍女たちが心得ている。

 元妃たちは美の看板、エステティックサロンの経営者として、経理ができる者をつけてやれば十分やって行けるのではなかろうか。

 試しにその手技を実体験してもらったレディ・バイサールの文字は珍しく踊っていた。

 我が国の高級ホテルや温泉施設に併設するのはもちろん、隣国の王都や帝都に進出するのもありだ。

 良さそうな物件は当然高いのでまず私が買い、分割でその金額を払い終わったら彼女たちのものになるという契約を交わす。

 砂漠の国のハーレム仕込みと銘打ったところ、貴族の夫人や令嬢のみならず、裕福な商家のご婦人方の間でも評判になり、通いつめる者が続出した。

 私としては、捨てたはずの母国に情報を流されはしないかと警戒していたのだけど。

 むしろ彼女たちは私に恩義を感じて、小さなことも大きなことも報告してくる。

 過酷な女社会で生き残ってきた彼女たちには、身も心もリラックスした婦女子から情報を吸い上げることなどお手のもの。

 学びの機会がなかっただけで、伝統の音楽やダンスには精通しているし、色彩感覚など抜群によく、記憶力もよければ頭の回転も速い。

 多少の努力は必要ながら、血筋なども考慮すれば母国へ向かわせる大使にもなれそうだ。

 もっともあちらがそれを受け入れるには長い年月がかかりそうだけど。

 そうすれば子供に会う機会もあるかもしれないと理解しつつも、彼女たちは二度と戻りたくないと首を振る。

 血の正当性を確保するため、また政治的な問題を考慮に入れると、まさか公王陛下にお勧めするわけにはいかないけれど。

 貴族の後妻や愛妾におさまったり、エキゾチックな芸能集団として生きていくこともできただろう。

 でもハーレムを()んだ彼女たちは、服飾に関することならばともかく、色事を連想させるものを極力避けた。

 彼女たちが美容関係の仕事に就くことをすんなり受け入れた背景には、レディ・バイサールの貢献がある。

 親身になって面倒を見てくれている気品ある老女が、自分たちの手によって美しさを取り戻し無邪気によろこんだ。

 その様を見て彼女たちは十分な手応えを感じ、自信を得たのだ。

 学問一筋に生きてきたレディ・バイサールからは、異性に対する(こび)がいっさい感じられなかったのもよかったらしい。

「あんなふうに女たちが生き生きと、日々すごしていけるお手伝いができればと思いました」

 のちに元妃の一人が語っていた。

 彼女たちは各部族長の娘たちだ。

 親に逆らうことは許されず、男に意見するなど考えたこともなかった。

 そんな彼女たちのもとにもワイルドフラワーガーデンの(うわさ)は届いた。

 はじめは信じられなかったという。

 それでも話題にしない日はなかった。

 ハーレムは一見華やかだが日々気が抜けず、時には命の危険さえある。

 抜け出せるものならば抜け出したい。

 まったく違う世界を見て見たい。

 もちろん(うわさ)だけを頼りに一生を決めてしまうのは怖い。

 自分の目で見て納得が行かなければ帰るつもりだった。

 実際、残ったのは半数だけだ。

 それが良いか悪いかさえも自分たちで決める。

 自分たちで稼ぎ、行きたい時に行きたいところへ行く。

 そんな体制があらかた整った後で使者がきて、彼女たちを返せというのだから馬鹿々々しすぎて笑ってしまう。

「使者殿。何度でも言いますが、彼女たちは自由です。

 私が閉じ込めているわけでも、命令して従わせているわけでもありません。

 返さないのであれば相応の賠償をというお話でしたが、むしろそちらが支払うべきでは? 私は助けを求める者を保護し、仮の住み家と食事を与え、さらに職を得る手助けをしたのですから。

 礼を言われこそすれ責められる筋合いはありませんよ」

 彼の首長国では女は男と対等に話すことすら許されないと聞く。

 でもここはハノース大公国。郷に入っては郷に従え。

 どこまでいっても話が平行線なのはわかりきったことなので、会話が二巡目に入る前に使者を汚れ除けの結界で固めて、用意しておいた魔法陣に乗せる。

 聖女の丘行き、出発進行!

 お土産は聖女印のスライム肥料、取説付きだ。

 栄養豊富で保水力も抜群。

 砂漠の緑化に大活躍すること間違いなし。

 むこうも妃たちを取り戻せないのは承知の上で、ようは面目(めんぼく)が立つかどうかという話なのだ。

 なにしろハーレムは金がかかる。

 いくら裕福な国とはいえ無限に宝石が湧いて出るわけではないし、供給量を誤れば値が下がる。

 縮小させたいと考える者がいて、内々の暗闘で死にたくないと願う者がいて、王の寵愛を独占したいと思う者がいて、それぞれの思惑がからみあって今回の比較的穏便な脱出劇につながったというわけだ。

 女たちに逃げられたのは男として不名誉なことだけれど。

 それ以上に、現王が砂漠で農作物を育てることに成功したら、それは途轍(とてつ)もない成果になる。

 花魁(おいらん)を同じ重さの金で身請(みう)けするのになぞらえて、元妃や侍女たちと同じ容量を送ったから、畳百五十畳ほどの畑ができるはず。

 翌々日、疲労困憊(ひろうこんぱい)といった風情の使者殿が魔法陣に乗って舞い戻り、スライム肥料購入の年間契約をしていった。

 自国で販売する三割増しのお値段だけど、彼らにとっては激安らしい。

 近頃、人口および観光客や出稼ぎ労働者が増えて、スライム肥料は供給過剰になりはじめていた。

 まさにグッドタイミング。

 公王陛下からもお褒めの言葉をいただいた。



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