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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
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7、貴族のマナー


 もともと勉強するのは好きだった。

 父親から、もう大学の学費は出してやれないから地元に帰って結婚しなさいと言われた時、勉強を続けたいからと断ったのは本心からだったのだ。

 もちろんそれだけでもなくて、仮面をかぶることにうんざりしていたというのもある。

 家族からは確かに愛情を感じていたし、習い事やお小遣い、生活・学費もろもろけっこうな金額を注ぎ込んでもらっていて、感謝もしていたけれど。

 誰もが私を長浜家の娘として見る。

 それは事実だし、逃れようのないことだと思っていた。

 でも、義務感や諦念とは裏腹に、心も体も逃げよう、できるだけ遠くへ逃げようと都会に進学し、働くことを覚えたら、やっと自由になれた気がした。

 そこでも私は自分をさらけ出してはいなかったけれど。

 少なくとも地元で姫様扱いされ、家族には常に厳しい基準を守るよう求められることはなくなった。

 でも、それでも。

 いま、その時身につけたことが役に立っている。

 司祭様でも手を焼く、漢字まじりの文章をすらすら読み、マナー講師にはアドバイスされこそすれ、叱られることはほとんどない。

 人を不快にさせないのがマナーだから、最終的には同じような仕草に行き着くのだろう。

 お国によっては侮辱になるものもあるらしいから、そこは気を付けなければならないけれど。

 孤児院へ慰問に訪れた貴婦人。

 うろ覚えの知識で、しかもそれは異世界の歴史上のものだけれど、高貴な方にはこちらから声をかけてはいけないのよね?

 気付いてもらえるまでひたすら待つ覚悟だったのだけど。

 彼女は、子供たちがお茶菓子に夢中になるのを待って、すぐにこちらを向いてくれた。

「どうしましたか?」

「おくつろぎのところ失礼いたします、レディ・アーサー。私はマリアンナと申します。不躾で申し訳ありませんが、できましたら私に下級貴族のマナーを学ぶ機会をお与えいただけないでしょうか」

 駄目元でしたお願いに、彼女は一秒も迷わなかった。

「確かにあなたには必要でしょうね。よろしい。できることならば私が手ほどきしたいところですが、なかなか時間がとれそうにないので。得意な者を寄越します」

 レディ・アーサー。完全に偽名だけれど、優美な中にもキリリとした格好良さがあって、彼女にぴったりな呼び名だ。

「ありがとうございます」

 心からの感謝を伝えながら、やはりこの容姿は貴族につながるものだったのだなぁと、そちらはうれしくもない納得をする。

 ここまで放って置かれているうらみつらみは、あるようなないような。

 家族愛は求めていない。

 贅沢ができないからと怒っているわけでもない。

 でも、この頃、いくら栄養を与えてもなかなか成長しない体に、大人になっても私は、妊娠や出産は無理だろうとなんとなく悟っている。

 少しはふっくらしてきたのよ?

 レディ・アーサーをはじめとする幾人かの方々の支援もあって、孤児院では鶏を飼い始めたし、家庭菜園規模だった畑も、倍の広さになった。

 農具に金属の刃が付いているといないとでは、効率が段違い。

 ここまで違うとは思わなかった。

 おかげさまで私たちの食事環境は大いに改善されている。

 しかし私の場合は、母親が実父と切れたと思しき五歳以降からここにくるまでの栄養失調状態が響いている。

 結婚も出産もしてみたかったけど。出来ないものは仕方がない。

 貴族の女は次代を生むことがいちばんの仕事。

 それはこちらの世界でも変わらないらしいから。

 平民でも同じこと。

 となれば、独身であることをむしろ歓迎される教会内で、権力でも極めてみようか。

 それとも稀有なやり手の女商会主として、異世界知識チートでも目論む?

 本当はそう簡単には割り切れないのだけど。

 できないことと、できるけどしないことは違うから。

 一方で、あと数年でどこぞの男爵家あたりから迎えがくる、という妄想じみた予感が頭を離れない。

 レディ・アーサーにも肯定されてしまったことだ。

 誰が見ても上流貴族と思える彼女はどこまで見当を付けているのだろう。

 すでに家自体を特定し、現在進行形で起こっている騒動まで把握していそうだ。

 できる女の情報網はすさまじいものがあるからなぁ。



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