69、箸
神様たちにとっては些事であり、気にもとめておられないだろうけど。
礼節の女神様にだけ特別な捧げものをしていないのが、ずっと気になっていた。
自国の林で漆を見付けることができたので、朱塗りの美しい箸を作らせお供えする。
これをスプーンやフォーク、ナイフと同等の新しい食事のマナーとしてもよいでしょうか?
例によって目を瞑っていた私は見ていないのだけど。
目撃者によれば二本の棒(箸)が輝いて消え、代わりに小さな置物が光を放ちながら現れた。
可愛らしい兎の箸置きをいただけたということは、箸文化を広めてよい、むしろ広めなさいということか。
すでに米、味噌、醤油がそろっているので望むところ。
茶碗や小鉢、いろいろな種類の皿を焼かせ、漆塗りの椀を作らせる。
まず箸の使い方を積極的に学んだのは、奇跡を目撃した聖職者たちだ。
当然のように公王陛下も興味を示し、次いで第三公妃がお祝いついでにやってきた。
「新しい食器と料理を考案されたのですってね?」
食道楽の彼女にとっては、第二子懐妊のお祝いの方がついでのよう。
箸の上げ下ろし、お膳の並べ方、味噌や醤油を使ったメニューを一通り仕入れると含み笑いをしながら帰っていった。
あとは放っておいても貴族社会をはじめ世間に広まるだろう。
でも、私は私でこの時を待っていたのだ。
姉妹同前の付き合いをしているカレエラ妃の母国には、棒鱈や鯨の干物があるという。
喜々として輸入したものの、やはり鰹節や昆布がほしくて、海系のダンジョンをつくってしまったくらいだもの。
試験場の研究員たちの成果がいまここに!
別件で面会にきた人に恥をかかせるのは本意ではないから、本人の意志を確認した上で、一品だけ食べやすいものを用意し体験してもらう。
だし巻き卵に大根おろしと醤油を添えて…個人的には鉄板の組み合わせだと思うし、相手の反応も悪くない。
特に商人たちの食いつきがよい。
貴婦人や令嬢を招いてのお茶会では、メンバーによってはすでに懐石をお出しするまでになっている。
もともとは公妃の仕事の一つであるお茶会。
コネクションを築いたり大事な情報交換の場ではあるけれど、ただお茶を飲んで話すだけではもったいないと思っていた。
ある時はドライフラワーや木の実、レースの端切れでリースを作らせ、またある時は治療院から医師を招いて予防医学について講演をさせる。
はじめは面食らっていた彼女たちもいいかげん慣れた様子。
よい気分転換になるし、勉強にもなると好評だ。
もっとも彼女たちは主催者である私に、いまいちだったなどとは口が裂けても言えない立場なのだけど。
面と向かって貶められることもなく、陰口も私の生い立ちに関することがせいぜいで、後者は予想の範囲内。
公妃としての第一の仕事、おなかの中で次代を育んでいる最中なので、ほかにできる仕事はこれくらいだ。
教会から与えられた荘園の方は代官に任せきり。
そこにある女性のための保護施設ワイルドフラワーガーデンも、影の代表者レディ・バイサールに丸投げで申し訳なく思っている。
だから向こうでは弾かれるばかりの抗議の使者くらいは、私が対応しなければならないと考えていたのだけれど。




